落ち着け落ち着け、信じられないほど落ち着いてみせるんだっちゃ軋識。

お前は大人だ、そして男だ、落ち着けるはずだ、動かざる事何たらだ、落ち着け、心を静めるんだっちゃ。



「ひーとしーきくぅーんっ」



………ッ…、いや、落ち着け。落ち着くんだ。

妹が兄に甘ったるい声を出したから何だって言うんだっちゃ、ただそれだけのことだ。

俺はガキか?今更青臭い青春でもしようってのか?違うだろ、そう、違うんだ。落ち着いてよく考えてみるんだっちゃ。



「おにーちゃーん」


ブチ

……ッ

………ッ!、ッ待て、待て。まだ、キレるのは早い。

ここまできたら次のアイツの言葉は予想できるだろう。そう、この二人を呼んだという事は次は俺の…



「だーいすきですよー」



ブチンッ!!



「落ち着けるかー!!!!」

桜色モノポライズ

最初は、我慢できた。

兄妹なんだし、年齢的にも、境遇にしたっても、甘えたい盛りなのかもしれない、と考えれば、心は落ち着きを取り戻した。


だがふとした疑問。

…なぜ、俺じゃなく、レンや人識なんだ…と。


甘えたいなら甘えたら良い。

今しかできない事があるように、人に甘えて支えられてなんて生活は幼い時にしかできない事だ。


問題は、どうしてその甘えを俺に実行してこないんだ、と。



「お兄ちゃーん、ハグですよハグー!」



後ろでそんな声と、どこか覚束無い、とととと という足音。


ぎゅうと抱き締めたらしい。

俺ではない、双識を。



「あいたたたっ、伊織ちゃ、力つよ、いたたた」

「痛みを伴う愛ですよー」



そりゃー、と奇声を発して、痛がっている双識を楽しむように舞織は腰に回した腕の力を強くしていた。

チラと眺めて、すぐさま湯飲みへと視線を戻す。



……

何やってるんだっちゃ…!

あれじゃ、当たるだろ、胸が。


…いや、違う。問題はそこじゃあないっちゃ。



ああやって抱擁を交わすのは…勿論、家賊でだって無い事も………無いはずだ…

そうだ、あれは家賊の、愛だ。

俺に向ける、特別なものとは…違う。



「ひっとしきくん!一口くださいなー」



ぐったりとして動かなくなってしまった双識に気付いて、舞織は意識を別に向けたらしい。

どさ、という音が聞こえ、それからまた、とととと、と。



「あ、てめ、ふざけんな、殺すぞ!」

「お口が悪いですねー」



テレビを見ながら ―…ああ、あれは確か長蛇の列が出来ると有名なアイス屋の一番人気…だったか…― を食べている人識を見遣る。

いつだったかあの方の命令で五時間ほど並んだのをボンヤリと思い出す。


人識も散々並んだのか、テイクアウトしてきたソレを、もうかれこれ30分かけて味わっているようだった。



「ああああ俺のアイスがああああ」



そんな悲鳴。

舞織が、その人識の手を取って…、恐らく食べていただろう齧り掛けの場所を、思い切り…



「……」



いや、待て。待つんだ。

回し飲みという言葉がある、だろうが。

それの食べ物版だ、特に、何かいやらしい下心があって、か、かか、間接キスを…



「……っ」



ガタガタとテーブルが揺れ出した。

湯飲みの中のちゃがゆらゆらと波紋を作る。


地震でも起きているのか、いやそんな事どうだって良い。


舞織は無邪気だから、そんな下心とは無縁だろう。

ならば人識は…いや、今にも違う意味で襲い掛からんばかりに睨み付けているので、有り得ないだろう。

あいつの食べ物、特に甘い物への恨みは恐ろしい、経験済みだ。


舞織は掌に付いたアイスを舐め取りながら ―これだから無邪気は困るんだっちゃ!― 漸く意識を戻した双識の元へとしゃがみ込んだ。

っ、おまえ!そのままじゃパンツが…!



「ひーとしーきくぅーんっ」



「おにーちゃーん」



「だーいすきですよー」



そうして今に至る。






ガシャアアアン



「うな!?」

「な、なんだ!?」

「ア、アス…?」



ガラスが割れた音がいくつもして、飛び散った破片が光に反射してキラキラと輝いている。

そんな美しさをぶち壊すような木材が床に打ち付けられたような音が、五つ。テーブルと椅子四つ分の音だ。


頭を鈍器で殴られたような衝撃、ハッと我に返った。



「な、何だっちゃこれは!地震でもきたっちゃか!?」

「………たいしょ、たいしょ」

「あん?」

「そのギャグは笑えねー」

「ですね、お方付け」

「しておいてね」

「……はい」



身に覚えがない。

とりあえず引っ繰り返ったテーブルの端を掴んでいたので、そのまま元の形へと起こす。

床が凹んでいたが、それは見なかった事にする。


いや、撤回。身に覚えはある。

怒りに我を忘れてちゃぶ台返し宜しくテーブルを引っ繰り返したんだっちゃ、俺が。

地震などではなかった。


そうだそうだと倒れた椅子を順番に起こしていく。

途中、カチ とガラスを踏んだような音がしたが痛みは無かったので片付け続行。



「はぁ…」



思わず出てしまった溜息。

気付かれただろうかとソッと後ろを振り返れば、何事も無かったかのように二人は談笑していた。

家賊甲斐の無いヤツら…ん、二人?一人足りない。

俺がテーブルを引っ繰り返しに至った原因が…



「はい、箒と塵取りですよ」



上から声がして、見上げれば、玄関から持ってきたのだろう箒と塵取りを持った舞織が立っていた。

…パンツが見えない……レンは絶対見たっちゃのに……



「…あ」

「あ?」

「ありがとう、っちゃ」

「よし」



にこ、と笑顔を振りまいて、舞織は軋識の隣にしゃがみ込んだ。



「手伝いますよ」

「…悪ィ」

「そう思うなら癇癪なんて起こさないで下さい、良い年こいて」

「お前のせいだっちゃ」

「責任転嫁反対ですよう」



うなうなと奇声を歌に、舞織はガラスの破片を、その細い手で一枚一枚集めていく。

自分のお気に入りのマグカップの破片も、大して気にした様子も無く、集めては塵取りの上へとばら撒いた。



「どうしてあんなに怒ってたんですか?」

「え?」

「すっごい苛々してましたよねー、今にも髪が逆立ちそうな禍々しい雰囲気でした」

「……はああぁ」

「?」



一枚。

大きなガラスの破片を手に取って、物凄い虚脱感に襲われた。


俺は、こんなまあ素人同然の女にまで伝わってしまうほど、感情を露出していたのか…

ああ、情けないにも程がある。


…素人に伝わったのならば後ろでそ知らぬふりしている二人などは…

そう考えて更なる脱力。


身を閉じ込めるようにしゃがみ込んだ膝の間の顔を埋めて、覆うように掌を頭へ。



このまま、こいつらが今日を忘れるその日まで引き篭もってしまおうか…

そこまで考えた時



「サボっちゃダメですよー」



それ、危ないからください と舞織が言うが早いか、頭の上に置いていた手に触れ…

ドキリとする間も無く、離れていった。


目を向ければ、これ と先程まで手に持っていたガラスの破片を示された。


ああ、もう…こいつは……


またしょうもない感情が浮き上がって、そのもやもやを抱えたまま、また、ガラス集めの作業を開始した。



「…っう」



カシャ と音がして、また破片が増えた。

隣に目を向ければ、指を押さえている舞織。



「切ったっちゃか、見せてみろ」

「へ、平気です」

「いいから」

「やですよー、いやー」



なぜか嫌がる舞織を無視して力任せにその腕を引っ張る。



「うなっ」



力なんて無いんじゃないかと思うほど呆気無くこちらに引き寄せる事ができた。

むしろ強過ぎた力のせいで、舞織は腕どころか体ごと軋識に預ける事になってしまう。



「…ガラスは、入ってないみたいだっちゃな」

「だ、から平気だっ…て……」

「血は出てる、洗って絆創膏だな」

「分かり、ました、から。離し、て」



指をまじまじと見られて恥ずかしかったのだろうか、舞織は自分の腕の中で小さく赤くなっていた。

そうやって結局、いつだって何をしたって俺を振り回すんだ。

怒りにせよ喜びにせよ情欲にせよ、どんな時だってそれらを与えるのは舞織だった。



「舞織」

「はい?、んぶ」

「好きだっちゃ」

「!!!?」



背を丸めて距離を縮めて、離される前にと背中に手を添えて、触れるだけの口付けを。


したら、変な奇声を出されてしまった。



「ぶはっ」

「うな!」

「色気ないっちゃなあ」



きひひと笑えば舞織は更に顔を赤くした。ちょっと涙ぐんでるし。


もうダメだ、それは反則だっちゃ。


なぜだか無性に悔しくて、頭突きをするように額に自分のソレをぶつけた。

ぴゃ と小さな悲鳴、それから忘れない抗議。



「きっ、軋識さんが急に、…っ、してくるから…で」

「なにを?」

「なっ、なにって…それは…」

「事前予告すればえっちな声出してくれるっちゃか?」

「!!!!?」



これ以上言ったら本当に泣き出すだろう。

わなわなぶるぶると震えながら、涙目で、真っ赤で膨れている舞織をギュウと抱き締めた。



「こんな事されたくなかったら、もう他のヤツに甘えたりするなっちゃ」

「……やきもちですか」

「さあな」

「ですか」

「分かったのか?分からなかったのか?」

「……りょうかいです」



ぎゅうと回されたその細くて弱い力を感じながら、軋識は漸く心が静まっていく気がした。




三周年企画。やきもきしちゃって大人げない軋識さんリクでした。
これのシリアス版もあります。