「んじゃ、いただきます!っとな」

「ます」

Honey Bunny Baby

「……ほれ、こっちも結構イケるぜ」

「あ、どうもです」



……ザアアアァァァァ―――――



「あー、降ってきやがったか…早めに動いといて良かったな…」

「……雨」



食器同士の擦れ合う音、時計が秒針を刻む音、ちょっとした衣擦れ。

そんな些細な物音が聞こえるこの広い部屋に、雨の音は余りに煩過ぎた。



ザアザアザアザアザアザア














ザアアアァァァァ―――――



「ごほ ゲホゲホッ……ぐっ…」



ぽたぽた と零れているのは 何なんだろう…?

舞織は霧掛かった思考で、ぼんやりと思った。



どこもかしこも、もう限界で。

痛くて痛くて堪らない。



「ごほっ」



ぱしゃ

ぼんやりと見ていた地面が、ゆるりゆるり と赤く染まる。


赤く 紅く 目が眩むような 目が霞むような あかいろ。




ああ…

ぽたぽた と零れているのは

わたしの涙と 血と 雨だ





ドカアアアアアァァァァァンンンンッ





地が唸るような揺らぐような叫ぶような轟音は、きっと人識くんとあの赤い人。




ただ立っているその姿に憧れた。

笑顔だって、ゾッ とするぐらいに美しかった。


ゾクリ と震える体に叱咤を打って、頼りない足で何とかと立ち上がった。



「…い、かなくちゃ」





「これで最後だぜ、人間失格」

「…ぐ…ぅ……っ」

「お前の好きなナイフで殺してやるよ」



覚束無い足取りで漸く開けた視界に飛び込んできたのは、仰向けに倒れた人識と、それを見下ろす哀川の姿だった。

人識の苦痛に歪んだその顔は血に染まり、哀川の擦り傷とは比べ物にならない。



ぱしゃ



ふ と地に堪った水面に、キラリ と反射するソレを哀川の手の内に発見する。



ばしゃ



ソレを発見する前に、もう、わたしの足は既に動き出していたのだけれど。



ばしゃ



傷だらけだけど、力も殆ど残ってないけど、お願いだから



ばしゃ



前へ 前へ。



ばしゃ



死なせたくない お願い 死なないで 置いていかないで わたしを一人にしないで



ばしゃ



哀川の手の内の刃物が、キラリ と半弧を描いて振り上げられる。



ばしゃ



「じゃあ…」



ぱしゃ



「兄貴によろしく言っとけよ」



ばしゃん…っ



「……ッ!?」



最後は倒れ込むように、人識の上に折り重なるようにして覆い被さった。

その衝撃に体は耐え切れず、ごほ とまた口から血が零れて、人識の服を赤色にしてしまう。


朧だった意識が浮上してきたのか、人識は地に着いていた体を少しだけ起こした。



「…っ まい……おり…?」

「……ッ」



声にならない声は、悲しく胸の内を絶叫する。

首を左右に振れば、髪の雫も涙の雫も、キラキラ と宙を舞った。



「……舞織…どけ」

「…ひっ うぐっ…うっ」



覆い被さって退こうとしない舞織を見兼ねて、人識が舞織の体を、グイ と突き放した。


もう殆ど力の残っていな舞織は、その力に堪え切れるはずもなく、バシャン と水を跳ねさせて仰向けに地に伏した。



「……………だ…」



カッ とヒールの音がした。


霞みゆく意識を叩き起こして、何とか目だけをそちらに向けた。

振り上げられた刃物はその動きを止めていた。



「そういうのは駄目だ」



信じられない と疑うよりは、あんまりだ と嘆くように歪んだ顔。



一歩、また一歩。

哀川は、恐れるように、否定するように後退った。



「それは…」



あんまりだ

あんまりにあんまりで あんまりだよ…



カランカラン と手の中の刃物が地面に落ちた。



「それは反則だ、それはずるい、卑怯だ、そういうことをされると あたしは何もできなくなるじゃないか―――」



意識が途切れる寸前に見た哀川のその表情は、雨粒だったのかも知れないけれど、泣いているように見えた。








ちらほら、原作から潤さんの台詞を抜粋。(P196、197)