コツコツとノック 「ヨーンサッ」 返事する間も与えずにノックと共にくぐもった声。 「なに、ユ…ン…って、ちょっと!」 何の許可なしに、ガラリとドアが開けられてしまった。 輪郭 「何でもう脱いでるのさ」 「えへ」 「えへ、じゃないでしょ」 はぁと溜息を一つ。 ぴちゃりと水滴が髪を伝って、湯船へと跳ねた。 額に張り付いた前髪を、英士は眉を顰め、ウザったそうにして掻き揚げた。 「……いつまでそこにいるのさ寒いからとっとと閉めて欲しいんだけど」 「え、あ…うん…入っても良いの?」 「…入る気だったんじゃないの?」 「イヤ…入る気だったけどさ…」 「入りたくないなら早く出て。風邪引くよ」 「ああ、入りますっ入りますっ」 斯くして何の衝突も無くして、逆に訝しんでしまうほどすんなりと浴室入室許可が下りた潤慶は、現在、髪を洗っている。 シャンプーが目に入らないように閉じていた瞳を、そろりと開ける。 そうして気付かれない程度に、英士の顔を覗き見れば確かに…あまり顔色が良くなかった。 「…ヨン」 「潤慶」 「うん?」 「…昔、さ……」 「昔?いつ頃の事?」 「…あ、…イヤ……何でもない…」 「そう」 「ユンは?…なに?」 「…えっ、…あー……いや、うん…僕も、…大した用じゃないから」 気にしないでといつもなら消え入る小さな呟きも、浴室では反響されて大きく響いた。 再び、シャンプーの泡立てに入った潤慶を眺めながら、英士は呼吸ほどの小さな溜息を付いた。 自分は一体何を言おうというのだ。 今更、覚えているかも分からないのに、わざわざ愚かだった頃を掘り起こして、何をしようと… 英士は眉を顰め、落ちてきた前髪を乱雑に掻き揚げた。 「髪」 「…え?」 「髪、そんな風な顔するなら切れば良いのに」 「別に、それほどじゃないから、いい」 「あっそう」 こちらを見遣り、目を細めて笑う潤慶に、反応が遅れる。 いつから見ていたのだとか、そんな顔するなとか…英士は、ふいと顔を背けた。 「…はぁ…」 「…?何か言ったー?」 「何も!」 シャワーのコックを勢いよく捻り出す。 排水溝へと流れていく泡とお湯をぼんやりと眺めていると、不意にソレがブレて見えた。 頭を振って、目を細めてもう一度。 今度ははっきりと、見えた。 のぼせたのかなと英士が思案していると、縁に置かれている手を叩かれた。 「なに」 「入っても良い?」 「好きにすれば」 「アリガトー」 溢れ零れていくお湯を見ていると、グイと引っ張られた。 「ユン…」 「ヨンサさぁ」 いつもならすんなりとやめてくれる、その咎める声も、どうしてか今だけは受け入れられそうにない。 息苦しいのは、酸素が足りないからなのかのぼせてしまったからなのか、抱き締められているからなのか… 「ちゃんとご飯食べてる?」 「………は?」 「睡眠も、とってる?」 「…ちょっと、ユン?」 「お母さんが、心配してるよ」 「………大丈夫だよ。食べてるし、ちゃんと寝てるよ」 唐突の質問に、母の顔がほんやりと浮かんできた。 落胆している自分を吐き出すように、大きく溜息を付いた。 「どうせ頼まれたんでしょ。大丈夫だよ」 「大丈夫じゃないよ」 「ッ、ちょ…っ」 「顔色だって、よくない」 体を反転させられ、英士のストップの声も空しく、向かい合うような体勢にさせられてしまう。 両手で頬をがっちりと押さえられ、顔を覗き込まれる。 近づいてくるその自分によく似た顔に、思わず目を瞑れば、コツリと額が合わさった。 「………」 「…ヨンサ…?……あ、まさか」 動かなくなってしまった英士に、潤慶は首を傾げ、それから思いついたように微笑んだ。 ちゅう 「…こういうの、期待しちゃった?」 無防備なその唇に、自分のソレを軽く重ねて、覗き込めば、みるみるうちに、顔が赤くなった。 「ッ、な、……っ違うっ!離せ、ユン…っう、んっ」 振り払おうとするその手を掴んで壁に押し付けて、逃れようと振る顔にも構わず、潤慶は、英士の唇を深く深く貪る。 苦しさに開かれたところに、舌を挿し入れて、口内を余すところなく、堪能した。 「泣かないで、ヨンサ」 「…触るな、バカ」 唇を離せば、生理的なものなのか感情的なものなのか、ほろほろと涙が零れた。 指で拭って、舌を這わせて。 頬を撫でれば、悔しげに睨まれてしまう。 「そんな顔してもダメだよー。寧ろ逆効果」 「…どんな顔だよ…もう、いい。出るから…離して…」 どんな顔って…そりゃあ… 涙に潤んだ瞳で、 熱さからか恥ずかしさから赤く染まった頬で、 口から漏れるのは苦しげな呼吸と掠れた声で 触れるものは、きめ細かに色白とほっそりした柔肌で… そうこうと羅列している間に、ざばぁと音を立てて、英士は湯船から体を上げた。 「ヨンサー、尻が丸見え」 「ああもう、うるさ…っ……っと」 「ッ大丈夫?」 「だから、触るな」 支える手を弱い力で払い除けて、英士はふらふらと覚束ない足取りで浴室を出た。 「……ああ、もう!」 どうしてそう意地っぱりなんだと潤慶はガシガシと頭を掻いて、英士の後を追って風呂場を後にした。 |