輪郭 2
夢を見ていた
輪郭
あの頃の、幼かった日の鮮明なほどの記憶。



「っこんなもの…っ」

「あ!」

「――ッユンなんか、もう…っ、さっさと帰れば良いんだ!!」

「……ヨンサ…」

「そしてもう…二度と来るな!!!」



無知で、愚鈍で、今思えば、なんて愚かな…



「…ごめん、ヨンサ……僕は、もう…」



浮かれていた、勘違いをしていた思い違いをしていた。



「…ずっといるって、言ったくせに…」



幼かった俺は、何も知らなかった。何も分からなかった。

分かろうともしなかったし、分かりたくもなかった。


だから、幼いながらの絶対が壊された時、自分の中で何かが崩れ落ちたんだ。



「ごめん。…っでも…また来るよ!絶対に…」

「信じないよ…嘘吐きの言う事なんて…」

「ヨンサ…」




無知で、愚鈍で、今思えば、本当に…なんて愚かな…



『これはヨンサが持っていて』

『…なにこれ?』

『僕の大切なもの。ヨンサにあげる』

『……ありがとう、ユン』




チャリとポケットで小さな金属音。

小さな手で、更に小さなソレを握り締めて


「っこんなもの…っ」

「あ!」

「――ッユンなんか、もう…っ、さっさと帰れば良いんだ!!」

「……ヨンサ…」

「そしてもう…二度と来るな!!!」




泣いて喚いて、アレを捨てた。

子供の腕力に風は力を貸し、運命が手を出した。


キラキラと光るアレは、ぽちゃり
と音を立てて川の中へと落ちていった。



そうしてから…



「ヨーンサッ、着いたよー。
ヨンサー?」



頬に温かみを感じて目を開ける。

困ったように笑う潤慶が英士を覗いていて、無意識に手が伸びた。



「……ユン…」

「おわっ!ヨ、ヨンサ…ッ?」



懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込んで抱き締めると、抱き返される事なく困った声が聞こえてきた。



「ユン…ごめん、…俺…あんなつもりじゃ…っ」



英士は、ごめん…ごめんと何度も繰り返し、侘びの言葉を口にした。

そうして言葉が増える毎に、ぎゅうと潤慶の首に縋った力が強さを増した。



「…ヨンサ……すいません、これお代…お釣りはいらないです」

「はいよ。またどうぞ」

「ありがとう」



しがみついたままの英士をタクシーから降ろして、なんとか立たせる。

それでもしっかと腕は回ったまま。


近所の人には車酔いでと微笑んで、玄関をくぐる。



「どうしたのー、ヨンサ?」

「…」

「何がごめんなの?僕へ、何に対して?」

「……」



潤慶は玄関のドアに寄り掛かって、俯いたままの英士の顎に手を添えた。

かち合う瞳の奥が、不安と艶美に揺らめいて、くらりくらりと誘惑される。



「可愛いなあ、もう」

「ふざけ…ん、う…っ…って…ば…んっんっ」



抗うことなくソレに従い、口付ける。

それだけじゃ物足りなくて、苦しくなるまで口付けて、息継ぎに開かれた口内へと舌を差し入れる。


幾度と絡めたソレは、幾度絡めても狂おしいほどに愛おしい。

涙に睫を濡らして、縋るように服の裾を握られる。


後頭部に手を回して、殊更深く…と思った矢先、遠くの方でスリッパの音がした。



「あら、潤慶。着いてたの?」

「…あは、お久しぶりです」

「久しぶりねえ…ん?うちの子どうかしちゃったの?」



そんなの、僕が聞きたいと潤慶は笑みを深めて心の中でそう呟いた。



「ああ、タクシーの中の独特の臭いに酔っちゃったみたいで…」

「そうなの?まぁ、二人とも、二階で休んでいて。今何か持って行くわ」

「ありがとう、お母さん」



潤慶にお母さんって言われると何だか照れるわと、英士の母はころころと笑ってまた、キッチンへと戻って行った。



「ヨンサ…一人で歩ける?」

「ん、…触るな」

「ヨンサぁ…」



凭れ掛かっていたのを突っ撥ねて、ふらふらと玄関先に座り込む。

靴を脱いで、壁伝いに階段を上っていく英士の後を、潤慶は溜息を小さく吐いて追った。