潤滑油 3
「でも、俺…やり方なんて知らないよ」

『当たり前でしょ!知ってたら僕泣くよ!』

「泣くなよ、良い年して見っとも無い」



ドクドクと心臓が高鳴るのは、背徳的なモノだからなのか、未知なるモノだからなのか…

それとも…



『ただ、僕を想っててくれれば良いよ』

「……うん」
潤滑油
『傍にティッシュとか、置いた方が良いかもね』

「分かってるよ。改めて言うな、恥ずかしい」

『あはは。何なら僕の写真を目の前に置いてくれても良いよ。あ、でも顔射は勘弁してね』

「……」

『ごめん、冗談』

「…ハァ……で、どうすれば良いの」



月夜を背後に、ベッドの上。

背徳的な秘め事に、何もしていないのに、下腹部が熱を持ち始める。



『うん、じゃあ…ヨンサの指を、僕の指だと思って…』

「…うん」

『僕がいつもやるように、してみて』

「…そんなの……」



まるで自慰…だなんて、そんな言葉は言えるはずもなく。



『目を閉じて』

「?…うん」

『僕を思い出して』

「…急に言われても…」

『僕はすぐに浮かんでくるよ』

「ああもう……浮かんだ、浮かべたよ。次は?」



ヤケになってる声が聞こえて、潤慶は小さく笑みを零した。

可愛いんだからなぁ、もう…



『服の上からでも良いから…触って』

「……どこを」

『?ちく』

「ッ分かった!いい、言わなくて良い!!!」



わざわざ言葉に出すような、羞恥プレイなど、そんな事をされたら俺は…


英士は苦虫を噛み潰したように眉を顰めた。



震える手を、ゆっくりと自分の胸板へ。


こんな自分見ていたくないと目を瞑って、必死に潤慶を思い浮かべた。



『いつも僕は、どうやってヨンサを喜ばせてあげてたか、言った方が良い?』

「…殴られたいなら、どうぞ」

『素直じゃないなぁ』



くすくすと笑う声が耳に響いて、鼓膜に焼き付く。

どんな表情で笑っていたか、浮かんでくるぐらいには思い出してきたらしい。


いつも…していたように…


最初は…触れるだけ…

それから、意地悪く摘んだり指の間に挟んで押し潰したり、俺の顔を伺い見ながら、片方を口に含んでそっと噛んだり…



「ッユ、ン…ッ」

『っな、なに?』

「…俺、…ッ」



手が操られているように、段々と自由が利かなくなる。

肩をビクリビクリと跳ねさせて、焦れる快感に、おかしくなっていく自分に、一筋の涙が零れた。



『苦しい?』

「…う…ん、ッ…ぁ…ッ」



小さな衣擦れに交じって、小さな喘ぎが聞こえてきた。



…無理かなと思ってたんだけどな…

案外自分は愛されているのかもしれない…


潤慶は、口元をだらしなく緩めて、そんな事を思って微笑んだ。



『じゃあ、ズボン下ろして』

「……っん…」

『下着も、ある程度まで』

「分かって、る…から!」

『うん』



いつも潤慶が自分にするように、ゆるりゆるりとズボンを、そして下着を下ろしていく。

熱を持ち、熱く聳り立っている己を見て、なんとなく、空しい気持ちになる。


と、そこに、小さな、吐息。



「ユン?」

『…ッん?ああ、ごめんね』

「…うん」

『そしたら、握って、扱いて…』

「…言わなくていいよ」

『ははっ、そうだよね』



そんな笑いと、小さな呻き。

その声に促されるように、そっと自分の怒張したソレに手を伸ばす。



「ッ…ぁ」



言われたように、ゆっくりと上下に摩擦を起こす。



「…ユ、ンッ」



とろりとろりと亀頭の先から、ぬるりぬるりとした液体が、溢れ、零れ、手を汚す。



『ヨンサ、…ッ』

「…ぁ、…っ、潤慶…!」



ソレが、潤滑油のように、滑りをよくして、手がいう事を利かない。

膨れ上がる雄に、押さえ切れない嬌声、止め処なく溢れる潤滑油、鼓膜を刺激する卑猥な水音。


浮かぶ潤慶の、婀娜めかしい、笑み。



「…ッ、イ、く…っああぁっ、ユンッ!」

『うん、…ヨンサッ、…名前、もっと呼んで…っ』

「ユ、ンッ、ッう…あっ…ユンッ!!…っ、んんんん―――っっっ!!」

『…く、ぁっ……ぅ…っ!!』



オルガズムを感じて、思い切り扱けば、ドクドクと脈打った。


瞑った目の、瞼の裏、潤慶が、苦しげに……





『…ヨンサ!…ヨンサ!?』

「……ん…」

『ヨンサ!?』

「…ユン…?」



ぱちりと目を開けると、そこには、小さな液晶画面。

11桁の番号と、李潤慶の名前。


英士はハッとして携帯を手に取った。



「ユン、ごめん…俺……」

『うん、気絶しちゃったみたい…大丈夫?』

「俺は別になんとも…」

『そうじゃなくて…』

「………あ…」



ふと辺りに目を配ると、再び意識を手放しそうになる。


ベッドの上に飛び散った、白濁とした液体。

惜しげもなく晒されている自分の裸体。



「…大丈夫じゃない」

『だよね』

「ユンは?…平気なの?」

『うん、僕は平気』



ベッドのシーツを抜き取って、ドアの方へ投げる。

散らばった衣服も掻き集めて、とりあえず着てみた。






「…お風呂、入ってくるから。<切るね」



自分の体の、ベタつき…というよりはガビガビとした感覚に、英士は不快そうに眉を顰めた。



『ヨンサ』

「なに」

『ごめんね』

「……何謝ってるのさ」

『…うん。何だか僕…自分の事ばっかりだなあって…』



だから、ごめんねと言葉が零れ落ちた。

変に我を通すくせに、時折、潤慶はこうして侘びをする。


自分ばかりを、悪者に…



「ユン!」

『なに?』

「…別に、…お前ばっかりが、したかった、わけじゃ……」

『ごめん、よく聞こえない』

「だから!」



大きく吸って、大きく吐いて



「気持ち良かったから…いい」

『……ヨンサ』

「じゃあもう切るよ」

『ちょ、ヨン』



ブツッ



電話を切って、ぼふんとベッドに落とした。


英士は一つ、小さな溜息を吐いて、ドアに放られたシーツを持って部屋を出た。





ピリリリリ…ピリリリリ…ピリリリリ…ピリリリリ…ピリリリリ…

プツッ



『こちらは留守番電話サービス……ピーッとなったら、お名前とご用件を…』



携帯のランプが、赤、緑、黄、青…とカラフルに点滅する。



『もしもし、ヨンサ。僕ね、やっぱり今度そっちに行くよ。何だか、ヨンサの顔、見たくなっちゃった。
 そしたら今度はちゃんと、僕の手でいかせてあげるからね。あはは、嫌そうな顔するのが、目に浮かぶなぁ……………ねぇ、ヨンサ………愛してるよ』



そうして、プツリと切れた電話の後、10分後。


一人、呆れつつも苦笑いをする英士の姿があった。