潤滑油 2
『うん、そう。電話エッチなら、君も僕も幸せになれるじゃない?』

「……」
潤滑油
「一体…何考えてるのさ、ユンー…」

『え?何って、そんなのもう!言わせないでよー』



コロコロと笑う潤慶に対し、英士は目に見えてぐったりとテンションがダウンしてきていた。

いつもの事ながらの唐突な申し入れに、もう怒る気も失せた。



『何って、ヨンサの事に決まってるデショー』

「…」



言わせないでよ、と言っておいて、結局勝手に言うし…


何だかこのまま気絶できそうだ。



『…静かにならないでよ〜。あ、もしかして照れ…』

「てないよ」

『意地っ張りー』

「ソレも違う」

『……もしかして、ヨンサ怒ってる?』

「さぁ…どうだろう」



暫しの、気まずい沈黙。

不意に、はぁ…と溜息が聞こえた。



『会いたいなぁ…』

「何を突然…」

『だって、電話越しじゃ、声は聞けても顔は見れない』

「そりゃね」

『だから今、ヨンサが何をしてどんな表情で僕と話をしているのか、分からない』

「…どうしたの、急に」

『…別に、急にってわけじゃないんだよ』



会いたいという言葉に酷く動揺して、英士は声を返すのが遅くなる。


会いたい

それは、何もお前だけが思ってる、事じゃない…


思う事が言葉になって声に出せれば良いのに、損な性格だと英士は一人自嘲した。



『ずっと思ってる事だよ』

「ユン…」

『何をしててもヨンサの顔が浮かんでくるんだ。美味しいものを食べてれば、ヨンサにも食べさせてあげたいなって思うし、
 辛い事があってもヨンサの笑顔を思い出せば頑張れるし、面白い話を聞けば、ヨンサも笑うかなって思う……いつも考えてるよ、ヨンサの事』

「…ユンでも辛い事があるんだね」

『ちょっとー、僕、今すっごい良い事言ったと思うんだけど』



そこは無視なの?と笑う声。

無視じゃないけど…と言葉を詰まらせつつも、口調は先程に比べて幾分と柔らかい。


こうやって穏やかな気持ちになるのも、こんなにも一喜一憂させられるのも、お前と話してる時だけだよ…と英士は心の中で呟いた。



「俺は、お前みたいに暇人じゃないから、ずっとなんて考えてないけど」

『?…うん』

「でも、たまには、思い出してるよ」

『たとえば?』

「雪が降ればあの試合の日の事を…雨が降れば雨宿りした軒先での事を月を見れば、去年の今を思い出すよ」

『そうなんだ』

「…うん」

『へへっ、何か良いね…こういうの』

「うん」



同じ時間を、同じ事を考えて、相手の事を思って、距離は遠いけど、いつも近くにいるような…


「ユン…」

『ん?』

「さっき…」

『…さっき?』

「さっきの……」



言葉が濁ってしまうのは、そこに躊躇いや戸惑いがあるから。

けれど、拒否や否定ではなく、言葉に、声にして出すことへの羞恥に対して、である。



「電話…」

『ああ、電話えっち?それがどうしたの?』

「しても、良いよ…」

『………』

「…ユン?」

『周りに一馬や結人がいるの?』

「バカ、いないよ」

『じゃあ…寝惚けてるの?そ、それとも熱でもあるの?!あ、もしかして酔っ払って…』

「ユン!」



慌てふためく様が、おかしいのと、言葉に出してしまった事での心拍数の上昇。


大きく深呼吸。



「お前が、さっき良いねって言っただろ?」

『う、うん』

「だから、俺も、たまには、良いかな…って、思っただけ、………やっぱりいい。嫌ならそれで」

『ま、待って!嫌じゃないよ!しよう!電話えっち!!』

「そんな意気込まないでよ」



たまには良いかななんて、思っただけなんだ。

お前がそんなにも俺の事を想ってくれていて、そんな言葉だけでもプレゼントになっていて…


感謝の言葉なんて、柄じゃないから、だから…お前が望む事を…と。