潤滑油 1
ピリリリリリリ…


亥の刻。


けたたましく鳴る携帯。
潤滑油
「…もしもし」

『やっほー、お誕生日おめでとー、ヨンサー!』



やっぱり無視して、はたまた電源を切って眠るべきだった。

英士は激しい後悔の念に駆られつつ、耳元に聞こえてくるやたら明るいその声に、眉を顰めた。



「ありがとう。じゃあ、おやすみ」

『えっ!?ちょちょちょっと!待ってよー』



電話越しに聞こえてる、珍しく焦った声に、思わず口元が綻んだ。



「去年と同じパターンで祝わないでくれる?」



ごろりと寝返りを打って、仰向けに。

壁に掛かった時計は、今が11時30分なのだと英士に教えてくれた。



『会えないんだから仕方ないデショー』

「それにしたって電話する時間を考えて欲しいんだけど?」

『うーん、ゴメンネー』

「…全くもう…」



悪びれずに、えへへと笑う潤慶を、どうしたっても自分は憎めずにいる。


これがもし、惚れた弱みというやつならば、何とか克服したい。

英士は冴えてきた頭でそんな事をぼんやりと思った。



「あのさ、寝てから30分後に起きると目が冴えちゃうって知ってる?」

『ううん、知らない』

「ああそう、じゃあ覚えておいて。ちなみに俺は寝てから今が大体30分経ったところなんだけど」

『うわー、グッドタイミングだね!』

「ユン…」



何がグットタイミングだ。活動し出した頭をどうしてくれるんだよ…


こうして話をしているから、段々と頭が冴え、視界もハッキリしてきている事に英士は大きく大きく溜息を吐いた。



「あのさ、潤慶」

『なぁに、ヨンサ』

「俺、疲れてるんだ…明日は折角の休みだし、ゆっくり寝たいん」

『ますますナイスタイミングだね!』

「……は?」



この時間だし、おばさんたちも、もう寝てるよね?

と問う潤慶の質問に、英士は眉を顰めるという返答を返す。



「何なの、潤慶。誕生日を祝うために電話してきたんじゃないの?」

『うん、だからね、僕、考えたんだ』

「何を」



まぁ、焦らないで聞いてよという声がやけにウキウキと楽しそうで、英士はゾクリと悪寒を覚えた。


眠気はとうの昔に吹っ飛んでしまった。

残っているのは、段々と感じてくる空気の寒さと、嫌な予感。



『ヨンサ、去年と同じ祝い方で芸がナイって言ったじゃない?』

「そこまでは言ってないよ」

『僕もそう思って今回はちゃんとヨンサへのプレゼントを用意したんだ』

「……」

『愛を囁くのも良いプレゼントだけどさ、ちゃんとヨンサにも喜んで欲しくてねー、だから…』

「ユン!だから何なのさ?」

『うん。だから電話えっちしよう!』

「……はぁ?」



何だかもう、このまま電源切ってやりたい気分だった。

…そしてソレをできない自分が、酷く恨めしい。