01:入学
『ごめんなさ〜い、今日のビリはさそり座さん。何かトラブルに巻き込まれそうな予感です。でも安心して!運命の人が貴方を助けてくれます』



ブラウン管を通して聞こえてきたそんな声を、俺は玄関でローファーを履きつつ聞いていた。



ハァ…。



「…そんな目で見なくても言いたい事は分かっています」

「長期休暇には必ず帰って来なさい」



ジロリと睨まれて、俺は肩を竦めた。

引っ手繰るように母親の手から鞄をもぎ取って家を出た。
01:入学
ああ、どうして朝の電車ってこうなんだろう。



ラッシュアワーを体験するのはコレで2度目。

ウンザリしながら俺は車内の一番端を確保してそこに体を預けた。



近くの窓から外の景色を眺める事で、あと1時間くらい時間を潰さなくてはならない。

音楽を演奏するものにとって致命傷となりかねないMDを流しながら、俺はぼんやりと外を見た。



それから1時間して、俺はその電車を降りて、流れに乗って時に小走りに、時にゆっくり歩かされ、電車を乗り換え乗り換え、漸く目的の駅へ着く。


ここから少し歩く事を思い出して、またウンザリ。


と、そこで、ずるり、と嫌な音がした。


これはただの擬音語だけど、音がしたとしたらきっとこんな音。


俺は反射的に歩みを止める。

そしてこれから迫り来るであろう激痛に、涙が出そうだった。



また、災難とは立て続けに起こるものだった。



ドン…ッ!



「…ぅわっ!?」

「ってぇなぁ!ぁあ?」



不良にぶつかって転ぶ俺。



「ごめんなさい」

「どこに目ェつけてんだよ、あ?」

「……」



青筋立てて顔を近づけてくる不良に俺は思わず後退る。


道の真ん中で立ち止まってた俺が悪いと思うけどさ…。


何で許してくれないの?

転んだの俺だよ?



「ッケホッ」



襟首持たれて無理矢理立たされる。

息苦しさに堰が出た。



「今俺ァ最ッ悪に気分が悪ィんだよ、一発殴らせろや!!」

「………ッッ!!」



目の前で振り翳される拳。

近くで聞こえる女性の悲鳴。

俺はこれから来る痛みに思わず目を瞑った。



ッパアァ…ンッ!!



だが、いつまで経っても現れない痛みに、恐る恐る目を開ける。


俺の目の前に立つ、その人。

不良の拳を、片手で受け止めていた。


その人はそのまま不良をドンと後ろへ押した。

不意を衝かれた不良はバランスを取れずに転倒する。



「何してんだ、逃げんぞ!立って走れ!!!」



そう言ってとこちらを振り向いたその顔は整っていて、どちらというまでもなく美形に入る顔だった。

俺がボンヤリと見惚れているとその人は眉を吊り上げた。



「立てっつってんのが聞こえねぇのか、ああ?!」

「っ、えっ!?は、はい!」



ドスをきかせて怒鳴るその人に、俺は肩を竦ませ、飛び上がるように立ち上がった。

瞬間手を掴まれる。



「行くぞ!」

「っはい」



『…安心して!運命の人が貴方を助けてくれます』



頭の中でエンドレスにリピートする言葉に首を振る。


チラリと気付かれないように見上げれば、その人は、かなり怒っていた。





「お前、武蔵森の生徒だろ」

「え、何でそれ…」

「見て分かんねぇ?」

「…あ、同じ制服」

「ぷっ、鈍いヤツ」



息切れも治まる頃、その人は突然話しかけてきた。

怒っているとばっかり思っていた俺は、それが地なのだと今更ながらに気付く。


スッと手が出された。


一瞬何なのか分からずに首を傾げた。

が、それからすぐに、握手だと気付いて、手を握り返した。



「俺、三上亮な。お前は?」

「笠井、竹巳です」

「ん、笠井ね」



笠井笠井、と反復している三上、…先輩、…かな?



「あ、はい……先輩、で良いですよね」

「ああ、そういや今日から2年だ」

「じゃあ三上先輩と呼ばせて下さい」

「仕方ないから呼ばさせてやるよ」



偉そうに踏ん反り返る先輩に思わず吹き出す。

ハッと失礼だと気付いて恐る恐る先輩を見遣ると、先輩は面白くなさそうに眉を寄せて一言



「笑ってんな、あほ」



と呟いた。

俺は、また、あははと笑ってしまった。