絶対!絶対、約束ですよっ 細い小指を差し出して、ふふと笑う彼女が息が詰まるほど愛おしくて あの日はいたいけな少女の制止さえも聞くことができずに、強く強く抱き締めてしまった。 Fate's smile 夜を夜と思わせない、町のイルミネーションは決戦の日へ向かって、どんどんと盛大になっていった。 町中にサンタやトナカイが溢れ、豪勢なデコレーションをされたケーキやクリスマスツリーが、人々の急く足を止める。 どこへ行っても何時になっても、色とりどりの電球がチカチカと光って闇夜を眩しく照らし、 街を歩く人々の目は幸せと期待にキラキラと輝いていた。 人々が慌ただしく行き交う商店街の一角、笹塚はそんな人々からは浮いた存在のように、ぼんやりと立ち尽くしていた。 別に意味もなくたっているわけではない。 一応これも、れっきとした仕事である。…まあ、テキトーな見回りというサボりに近いが。 笹塚は、胸ポケットからくしゃくしゃになった煙草ケースを取り出し、口に一本銜えた。 身を刺すような風から防ぐように手で口元に壁を作り、取り出したライターで火をつける。 二度、三度擦って赤く揺らめく炎が飛び出て、煙草の先端をじりりと燃やす。 肺いっぱいに吸い込んで広がる苦みに、漸く一息ついた気分だと笹塚は後ろのポールに身を預け、ごった返す人混みを見渡した。 異宗教なのによくここまで盛り上がるようになったもんだな… 活気づく街並みに比例するように事件も増えていく。 疲労を呼び込む、ポケットの中での緩い振動を無視して、笹塚は熱くなった目頭を押さえた。 書類、事件、呼び出し、捜査、聞き込み、始末書、仮眠、事件、捜査… そんな風にいつまで経っても終わらないローテーションに、丈夫な体も流石に滅入ってきてしまっているようで。 石のように重い体、熱があるかのように浮かされる意識、悴んでもう痺れすら起こさない肌。 あと一ヶ月はこの状態が続くんだと思うと、罪のない賑やかさが急に疎ましくなって。 「笹塚さん?」 ああでも、でも、あの子はこういう行事とか…好きそうだよなあ、と不意に浮かんだ少女を瞼の裏に浮かべる。 折れてしまいそうな細い体に、耐え切れないほどの悲しみが襲っても、屈託なく笑う少女。 痛ましくもあり、いっそ愛しくさえもある。 大丈夫ですよと掲げたガッツポーズはあまりに脆くて、伸ばした手を止める事なく抱き締めたあの日。 「さーさづーかさーん?」 なぜ急にあの子が浮かんだのか、重くて上がらない瞼の裏の真っ暗闇で思考する。 声が聞こえたからだ。 特に意味のない、自分の名字を、あの子が呼ぶと特別なものに聞こえてきてしまうから不思議で。 幻聴はサンタからの一足早いクリスマスプレゼントだろうか… この声であと一か月乗り切れとでも言うのか。 ぴたりと額に、冷たい感触。 ゆるりと開けた視界の先に映ったのは、小さな小さな少女。 「こんなとこで寝ると風邪引いちゃいますよ」 「風邪引いたら、看病しに来てくれるかい?」 「はい、もちろんっ」 額に触れた細い手首を掴んで引き寄せて、自分のロングコートの中へと招き入れる。 うぶっと潰れたようなくぐもった声に小さく笑んで、幼い体に回した手を緩めた。 崩した体勢を起こして、ちょっと口を尖らせてから破顔した少女、弥子は白いコートに身を包んで、細い脚をブーツで隠していた。 長く細い脚を露出しているが、いつもの服とは違う。見慣れない、私服というやつだった。 「こんな日もお仕事で大変ですね」 「刑事なんてそんなもんだよ」 「見回りと言ったきり帰ってこないで呼び出しにも出ない人を刑事と呼べるんでしょうか」 「………石垣か」 「個人情報は厳守ですので、内緒です」 唇に人差し指を当て、ふふと笑うその笑みは実年齢より若干幼くて、庇護欲を駆られる。 身に余る衝動を抑えるので手一杯の余裕のなさに情けなさを感じながら、笹塚は弥子の小さな頭をくしゃりと撫でた。 「弥子ちゃんはこんなとこで何してんの?友達と買い物?」 「はい、っていってもさっきバイバイしたので帰宅途中ですけど」 「そっか、引き止めちゃったかな」 「ううん、平気です。笹塚さんに用があったから。会えて良かった」 この年頃は、よく物を考えずに言葉を口に出すから手に負えない。 若気の至り、言葉に深い意味はない。そう言い聞かせて、何の用? と笹塚は問うた。 弥子は鞄から、手のひらより少し大きめの紙袋を取り出し、はいと差し出した。 「本当はクリスマスプレゼントにって思ったんですけど、忙しそうだし、何より今すぐ使ってほしいから。あげます」 「……ありがとう」 開けた紙袋の中から出てきたのは、厚手の手袋で。 シックな色合いと暖かそうな手触りに、値段を知らされるようで、笹塚は苦笑いを零した。 この年なら欲しいものは星の数ほどあるだろう、それこそバイトしたって手に入らないものや手を伸ばしても届かないものなんかも。 そんな中でこんな、俺みたいなおっさんに渡すプレゼントを買うだなんて… 健気というかいっそ損してるような少女に何かお礼はないものかと思案するが、いかんせん、若い子、ましてや女子高生の欲しいものなど分かるはずもなく。 下手してセクハラになってはいけないしと口を開いた。 「弥子ちゃん、何か欲しいもんある?」 「え?…あ、やだ、そんなつもりであげたわけじゃ…!」 「いいから。俺が礼、したいだけだから。遠慮しないで何でも言って」 笹塚の言葉に慌てふためいて、でも何でも良いんですか…、と躊躇いながらも、何か欲しいものがあったことにホッとする。 食欲以外に、何か残るものだといいけど、と淡く色づいた唇から紡がれる言葉を待った。 「じゃ、あ…、クリスマスの…空いてる時間を、わたしにください」 「え?」 「十分、…五分でも、いいんです…わたしに、笹塚さんの時間をもらえませんか?」 忙しいのは分かってます、折角のクリスマスを…仕事かもしれないしほんの少しの休みなら一人でいたいかもしれない。 でも、それでも… 振り絞った勇気を弥子は瞳に込めて、笹塚を見遣る。 笹塚は、あー、とか、んー、とか呻いて、がしがしと頭を掻いた。 「参ったな…」 「…やっぱり駄目ですか」 「いや、いいけど」 「え!?ほ、ほんとですか!?」 「そんな事で良いの?」 「はいっ!」 わあ、うれしいなあ、服買いに、ケーキも、それからあれも…とブツブツ呟く弥子を見ながら、笹塚は先程よりも強い眩暈に襲われていた。 若気の至り、深い意味はない、という言葉さえももうどこかへ消え去ってしまっていた。 と、空気を読まない携帯が、またバイブ音を鳴らし始める。 「あ!ほら、鳴ってますよ」 「ん、ああ。ちゃんと出るよ」 「そうですよっお仕事終わらせて、クリスマスはいっぱい時間空けておいて下さいねっ」 「ああ」 「じゃ、私はこれで!」 淡いピンク色したスカートを揺らめかせ、弥子は笹塚の腕をするりと抜けて、手を振った。 「っ、弥子ちゃん !」 「はい?、っ」 消えた温もりに慌てて手を掴んで、殆ど無意識に唇を合わせた。 ひやりと冷たいのははたしてどちらの体温か、抱き締めて合わせた唇を、ゆっくりゆっくりと、離した。 弥子の頬が赤いのは、恐らく寒さのせいではない、だろう。 「クリスマスは、一日中空けておくよ」 密やかな約束事に、弥子は嬉しそうに微笑んだ。 「絶対!絶対、約束ですよっ」 |