恋の奴 前
例えば、どうしてコイツなんだろう とか 不意に思う事がある
恋の奴
怒りよりも呆れが強い、そして疲れ切った表情で、笠井は三上を見つめた。



「…人の部屋で何してんですか」



見つめられた当の本人、三上は涼しい顔で、ニヤリ と笑んで、手に持っていた雑誌を、ひらり と見せる。



「見りゃ分かんだろ、本読んでんだよ」

「んな事ぁ聞いませんよ、俺のベッドで何寛いでるんですかって聞いてるんです」

「んー、タクミちゃんの匂いが恋しくて………って、ンな見つめるなよ、照れるだろ」

「……はぁ…」



もういい と笠井は肩に掛けた荷物を床に下ろした。

小さなダッフルバッグ一つ、しかもまだ随分と余裕のありそうなそのバッグを、笠井は藤代のベッドまで引き摺っていく。



「随分軽そうだな」

「ソレ、誠二にも言われました、でも栞に明記されてたモノはちゃんと全部入ってるんですよ?」

「ふぅん」



じいぃ とチャックを開けて、笠井は中の荷物を取り出していく。

衣服の類、洗顔セット、しおり等々…と、最小限の物しか入っていなさそうだった。



「バカ代は?」

「渋沢先輩のところです、って…誠二に会ってないって事は…いつからいたんですか?」



あれ と訝しむ笠井に三上は静かに笑った。

しまった という雰囲気は微塵も出さずに。



「さぁな。タクミちゃんに一刻も早く会いたかったんだよ」

「……アリガトウゴザイマス…?」

「何で疑問系なんだよ」

「複雑な気分だからです」

「はぁ?ンで…」

「これが目当てだったんでしょう?」



ちゃんと買ってきましたよ と笠井はバッグの奥から箱を取り出して、三上に差し出した。



「そんなにお土産が待ち切れない人も珍しいですよね」

「………っ……っお前なぁ―――…」



生八橋 と達筆に書かれた箱に、三上はガクリと項垂れた。



「どんだけ天然なん…」

「嘘ですよ。俺だって会いたかった」

「え?!」

「嘘です」

「ッてめぇ…!」

「あははっ」



さっきの先輩の顔、おかしー と笠井はコロコロと笑う。

その鈴が鳴るような笑い声に、三上は、ふっ と表情を緩めた。



「…っ、な、…なんですか」

「ん?何が?」

「その気色悪い笑顔ですよ、何企んでんですか」

「失礼なヤツだな」



つっても と、三上は笠井の腕を掴んだ。


振り解く前に、思い切り引き寄せる。




「っうぁ!?」

「企んでなくはないな」



膝の上に座らせて片方の足を反対側に動かして、跨ぐように座らせた。

頬を撫でようとすれば、ふい と笠井はソレを避けた。



「とっても嫌な予感がします」

「良い予感の間違いだろ」

「っちが…ん……っ」



今度は逃がさないよう、両の手で、頬を包む。

噛み付くように口付けて、ソッとうなじを撫でた。



「ぁ、う…っ」



ソレに敏感に反応する笠井にほくそ笑んで、額を合わせた。


苦しそうに酸素を吸い込むその息が触れて、くすぐったかった。



「ホントは」

「…ぇ?」

「会いたかったよ」

「…」

「すっ……げー…会いたかった」

「……」

「死ぬほど会いたかった」

「…たった、四日間、なのに?」



目を細めて、三上の発言に、笠井は小さく笑う。



「ああ、何年も会ってない気がした」

「大袈裟」

「お前は?」

「……」



なぁ? と甘えるように擦り寄られて、笠井はまた小さく息を吐いた。



「実は俺も」



会いたかったですよ と首に腕が回った。



「笠井…」



ぎゅう と抱き締めて、長い長い 夜が始まる。