安心
コンコン



「あの、…笠井です。……三上先輩、起きてますか?」



躊躇いがちに、ドア越しに聞こえた小さな声は確かに愛しい人の声で、睡魔はあっという間に遠退いた。

俺が急いでドアを開ければ、ぺこりと礼儀正しく他人行儀に頭を下げる笠井が立っていた。



「こんばんは」



少し不安げな申し訳なさそうに揺らぐ瞳と目が合って、安心させるように微笑んで中に招き入れた。
安心
くるくると椅子を回転させる。

笠井は俺のベッドの上に座り込んでいて、渋沢は先程から台所で何かしている。


笠井から聞かされた言葉を間違いの無いよう頭の中で一つ一つ反復して。

俺は盛大に溜息を付いた。



「アホらしー」

「うぅ…だ、だって、あんなに怖いなんて聞いてなくて…」



ふるふると肩を震わせる笠井に、呆れるの半分、ときめくの半分… ―や、ホント、可愛いんだって― 俺は、小さく溜息を零して椅子から体を起こした。


笠井の隣に座って頭を撫でてやると、より一層、体を震わせた。


そこへ渋沢が手にマグカップを持って帰って来る。



様子は?

無理。完璧参ってる。

藤代の様子も気になるし、今晩は部屋は交換という事で

だな



と、目で会話を交わして、俺と渋沢は静かに頷いた。



「要はホラー映画が怖くて眠れなくなってしまったんだろう。体は眠たがってるはずだから緊張を解いてやればすぐに眠くなるさ」

「……はい…」

「あーあー。あーほーらーしー。夜這いかと思って期待しちまったじゃ…あだっ!渋沢テメッ!」

「ほら、これでも飲んで。少しは落ち着くはずだから」

「…渋沢先輩。……ありがとうございます」



笠井がカップを受取ったのを確認してから、渋沢はちらりともう一度、俺に目配せをする。



「じゃあ、俺は行くから」

「ん」

「…っあ、ごめんなさい、俺が…っ」

「良いよ。また明日な。笠井、三上」



そう言って渋沢が去った後、いつまでも申し訳なさそうな瞳でドアを見つめている笠井の髪をくしゃりと撫ぜた。



「っわ…」

「さっさとソレ飲んで寝ちまおうぜ」

「はい…」



ふぅ…と、息を吹きかけて、幸せそうな顔してホットココア飲む笠井の横顔をボンヤリと見つめてると、視線に気付いたのか、笠井が俺を見上げた。



「先輩も飲みたい?」



そう言ってカップを差し出される。



「……ん、じゃあもらう」

「はい、……って、え…、…ぇ、?」



差し出されたマグカップはそのままテーブル行きで。

そのまま腕を引っ張って、唇を合わせた。



何度も、何度も、角度を変えて、深く、深く。



「…っ、んんっ、ぁ、ふ、うっ」



ちゅと、音を立てて唇を離せば、余裕が無いのも、息が荒いのもお互い様で。

切羽詰ってて情けないけど、いっぱいいっぱいで、キスの合間に了承を得ようと言葉を探した。



「…なぁ…今日」

「……ん、や…、…ら、らめ…っ…」



口の端から唾液零してるくせに、涙流して、頬染めてるくせに、ダメも満足に言えないくせに。

ふるふると首を振って拒否を示す笠井に、暫しキスして粘ってみたものの、ダメなものはダメらしく。


仕方なく俺はマグカップを台所に置きに立った。



「んな目で俺を責めるな。折角諦めたのに無理矢理にでも襲いたくなる」

「やめて下さい」

「ばぁか、嘘だっつの」



あーあー、あほらしい…盛大に息を吐いて、ベッドに寝転んだ。


笠井が、困った風に俺を見る。

どうしたら良いのか…といった顔つきである。


くしゃくしゃと髪を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。



「どーした?」

「添い寝も、してくれない?」

「…して欲しい?」

「……して欲しい」



困った風に弱った風に、俺を上目遣いに見遣って、ご機嫌を伺うように不安げに瞳が揺れる。



「だからそんな目で俺を見るな」

「襲わないで下さい」

「襲わねぇよ。…でも、」

「…でも…?」

「添い寝はしてやるよ」

「ホント?」

「ん、来いよ」

「…は、はい」



ゆっくりと手を差し伸べてやれば、笠井は安心したように頬を染めた。


手を、指を、絡めて、そっと胸に顔を埋める笠井の髪を撫でる。

近い息が笠井にはくすぐったいらしく、その動きで揺れる髪が俺にはくすぐったくて。


それでも、離れないように、優しく強く抱き締めた。



先輩、ありがとう


大好き…


そんな言葉が、小さく聞こえて、俺は抱き締める力を少しだけ強めた。