マイフェアレディ
最近、ソフィーが変だった。


どこかがというよりは全体的に。心も足も浮きだってどこか落ち着かない。

ちょっと突付けば大げさに驚いて、慌てて取り繕う様は見て取れるほどに挙動不審で。


今度は何をしでかして僕を楽しませてくれるのかな、なんて緩む口元を手で隠して。


ここ最近一番の落ち着きの無さに、今日が決行の日なんだな なんて僕は素知らぬ顔をした。
マイフェアレディ
「ハーウルッ」



ここ最近、ハウルに穴が開くほど見つめられる日々が続いていた。

言うなれば日常茶飯事の事だったけれど、今回のはいつもと何かが違う。


楽しそうに細める瞳は全てを見透かしているようだったし、弧に歪む口は今にも私の計画を暴いてしまいそうだった。


実際のところ、きっとハウルにはもう筒抜け状態なのだろう。

私は物事を隠したりが苦手だし、何よりハウルは魔法使いなのだから。


けれど私は、一度決めた事も、魔法使いにだって屈したりしない。

それは、驚かせたいから、喜んで欲しいからに他ならない。


他ならないのだけれど。



けれど、ハウルの名を呼んだ時、いよいよなの? という瞳で見つめられてしまうとどうもたじろいでしまう。

バレバレの事をバレていないと決め込んでやるのは、いささか恥ずかしい気もする。



「……これ、あげる」



そんな気恥ずかしさを含んだ心情は、ソフィーに突っ慳貪な態度を取らせた。


椅子に座るハウルの眼前、ズイと差し出された、というよりも突き出されたその箱に、ハウルは少し身を仰け反らせて、「これ、何?」と問うた。



「開けてみれば分かるでしょ」



言いながら、ソフィーは自分の中で自分が自分の頭をバシバシ叩いていた。


違う違う、私はこんな事をしたかったんじゃない。

一生懸命作ったんだよ、魔法なんかじゃ込められない心を込めてあなたのために…


そんな顔から火が出そうな台詞も、今となっては言えずじまい。


はぁ と自分の愚かさに溜息を一つ、心の内で零す。

零しながら、今となってはどうしようもないと丁寧に大切に施されたラッピングをしげしげと興味深そうに眺めるハウルに背を向ける。

そして、既に手を差し出して待ち構えているマルクルに近寄った。



「マルクルにも、はい」

「ありがとう!ソフィー」



ソフィーが持っていた箱のうちの一つをマルクルに手渡す。

受け取ったマルクルの天真爛漫、お日様が笑ったような優しい笑みに、ソフィーはチクチクと尖った心が丸くなってゆくのを感じた。



「魔法では込められない心を込めて作ったの。大事に食べてね」

「うん!」



ハウルに言えなかった言葉をマルクルに反復して、フと目線を上げた。

自分の上に、影ができたからだ。



「…ど、どうしたの、ハウル」

「……ちょっときて、ソフィー」

「えっ?えっ?」



ほんの少し口が尖っているような、眉間に皺ができているような、空気がピリピリしているような気がするのは、気のせい?


ソフィーは、ハウルに腕を引かれるままにぼんやりとそんな事に思考を巡らせた。

片手には、まだあと四つもの箱が抱えられている。



「ハウル、あまり強く引かないで。零れてしまうわ」

「ソフィー!」

「は、はい!」



ちょっとここに座って とハウルが腰掛けた向かいの椅子を指差される。


何だろう、何か…マズかっただろうか…


どうしたものかとオロオロするソフィーを横目で見、まるで分かっていないとハウルは静かに息を吐いた。



妬けるなぁ



「…ハウル、何か言った?」

「ん?ああ、どうしてさっきの言葉を僕にも言ってくれなかったのかなと思って」

「えっ?」



尖らせた口も寄った皺もあまりよくない空気も、どうやら間違いではなかったらしい。

机に頬杖ついて、ハウルは手の内の箱からチョコを一粒摘んで口に放り込んだ。



「ソレ」

「え?」

「誰にあげるの?」



ハウルが美しい動作でソレと指差した先、先にはソフィーの膝の上、先程手の内に抱えていた箱が置いてあった。

ソフィーはハウルの指の先を追って、箱に目がいく。


コレの事?と目で訴えれば、そうだよと目で返された。



「えっと、カルシファーとヒンとおばあちゃんとカブよ」

「…はぁ、聞いたか、マルクル。ソフィーはひどいと思わないか?」

「ソフィー、すっごく美味しい!」

「…薄情者…」



いかにも自分は被害者であると突然嘆き出したハウルに、ソフィーは目を瞬かせた。

もう何が何やら、ソフィーの思考は現状に中々追いついていけなかった。



「だってハウルさん。ハウルさん、それってただのヤキモチでしょう?」

「ただのって言うな」

「…ヤキモチ」



うんうん、と口周りいっぱいにチョコを付けたマルクルが大きく頷いた。


マルクルに言ってハウルに言わなかった言葉

ハウルに渡して他の人にも渡すといったコレ

そして口を尖らせ眉を顰めて空気が怒気を含んでいる



「バッカねぇ、ハウルったら」

「あ、ソフィーまで!」



合点がいったソフィーは盛大な溜息を吐いた。

その言葉にハウルはこれ以上ないほどに傷ついた表情をし、それから今度は口を一文字に結んで眉をハの字に下げた。

今にも泣き出しそうなハウルに、ソフィーは呆れて肩を竦めた。



「そもそもハウルが悪いんじゃない。意地悪するからよっ」

「…それは逆恨みだよソフィー」

「意味が違うわ、ハウル」

「違わない、マルクルに言って僕には言ってくれなかった。僕がこんなに愛してるのにソフィーはちっとも愛してくれない…」

「っそれは違うわハウル」



ああ…と言ってどんどん落ちていくハウルに、ソフィーは慌てた。

慌てて椅子から立ち上がり、膝から転がり落ちる箱には目もくれず、ハウルに近寄った。


「元はと言えばハウルが意地悪するから悪いのよ。…でも、私も大人げなかったわ。ハウルが意地悪な事…ちゃんと知ってたはずなのに…」

「ソフィーは僕を励ましてるの?落ち込ませようとしてるの?」

「励ましてるじゃない」



この人は偉大な魔法使いだった。

誰も敵わない凄腕の魔法使い。


けれど、いつだかに自身で呟いた事があった。

自分は酷く臆病なのだと。


この人は誰よりも強い。だからこそ不安定で脆い。

強いのは自分の弱さを隠すため、自信があるのは崩れそうになる心を守るため。


酷く愛おしい、そんな己を守る術しか持たないハウルの事を、自分は失念していた。

ソフィーは自分を心の内で叱咤し、目を閉じて深く深呼吸した。



「ハウル…」

「……」

「…愛してるわ、ハウル…嘘なんかじゃない、本当よ」



ソフィーは至極優しく語りかける。

どうか私の思いが伝わりますようにと、ソッと肩に手を置く。



「…本当?」

「ええ、さっきは言えなかったけど…作ったチョコには……ハウルに作ったチョコには、心の他に、もう一つ、込めてあるのよ」



言葉の最後の方は、誰にも聞かれないようにと、ソフィーがソッとハウルに耳打ちした。

ハウルはその言葉に、漸く俯けていた顔を上げ、ソフィーと目を合わせた。



「なに?」

「愛を込めたわ」



ふふ、と恥ずかしさを隠すように悪戯っぽく笑うソフィーに、ハウルは心の中でじわじわと込み上げる何かを感じた。


それは抑えられない感情だった。



「…ソフィー…」

「愛してるわ、ハウル。本当よ」

「―――っソフィーッ!」



ガタン と椅子が倒れて、マルクルは驚いてそちらに目を向けた。

が、特に変わった様子も無く、いつもの日常。


ハウルがソフィーを抱き締めるその様子に、マルクルは目を細めて微笑んで、口元を洋服で拭った。