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桜舞い散る俺の卒業式は貞操の…いや、どっちかっつたら、操の卒業式でもあった、なんつって。


大学なんて、先生もいないし面白くもないし、エスカレーターだから新鮮さも皆無で期待なんてしてなかったけど。

入ってみればまあそれなりで、ずるずる研究に沈み込むうちに五ヶ月が過ぎていた。


その五ヶ月が長い期間だと思い知らされたのは、一通のメール着信。


生きてるか


たった五文字に込められた想いに ―何も込められてないのかも知んないけど― 俺はいても立ってもいられなかった。

現金なもんだと思った、五ヶ月も放っておきながら不意にやってきたメールに心が一気に高校時代に引き戻されるなんて。



先生も、そんな俺は、嫌なんじゃないかな…なんて思ってしまうほど。

けれど、会ってみれば言葉も思いもなくて。


ただただ、泣きたくなった。





「………っ!…ッつ…あっ…!」



そういや、五ヶ月前のあの日は、俺が下だったなあ。

そんなことをぼんやり思った。



「…………んん?…んんん?」

「………」



ガキみたいに切羽詰まっていたのはお互いのはずなのに、触れて、それから挿れて間もなく、俺の手を汚したのは意外や意外相手の方だった。

俺は、見て分かる現状を、聞かずにはいられない。



「……康哉ってばもういっちゃったの?」

「………」

「何だよその顔〜、照れてんの?柄にもなく?めずらし…うぶっ!」



枕を投げつけられた。


触って舐めて濡らして挿れて抜いて出して。

俺ってタチだったんだっけ。と横で肩で息する先生を眺めながら首を傾げた。



「先生、あのさ」

「…な、何も言うな…」

「……」



先生には先生のプライドがあるらしかった。


卒業式の時のは、あれはあれでよかったけれど。うん、何だかこっちの方が合ってる感じ。

そんなことを思った。



「…お前」

「ん?」

「お前、初めてじゃ…ないだろ」

「…………あー…」



そんなことない、と言おうとして、もう沈黙が応と答えていることに気付く。

先生には、隠し事したくないし。



「ん、うん」



そう、あれは…うん、ちょうど、高校の進学がもうすぐの頃だった気がする、つまり先生に会う前だ。

相手は、今となってはお互い黒歴史だが………俺の一番近いところにいる肇である。










「なー」

「んだよ」

「お前、告白されたんだって?」



肇は幼い頃にこの家にやってきて、それ以来俺や、弟の面倒を見ている。

俺はあの頃はまだ家にいて、親が嘆くのを見て見ぬふりして好き勝手していた。



「……どこで聞いたんだ?」



肇は、首を振りむけ、ベッドに寝転ぶ俺に目をやった。

今とは違う、まだ幼さの残る顔立ち。俺や弟が言われる可愛いという部類ではなく、かっこいい枠に収まるだろうことが予想できる幼さである。



「俺の情報網舐めてもらっちゃ困るね、殊お前に関しちゃ、お前以上に知ってるっつーの」

「人権侵害だ、やめろ」

「で?」

「まあ…確かに告白されたけど。何かお前に関係あんのか?」

「いや、ないけどさー、ただねー」

「ただ、何だよ」



俺のぼかし方が気に食わなかったのか、肇は腰をベッドにあげ、俺に詰め寄った。

脇で積み上げられた雑誌が、沈んだベッドによりばらばらと音をたてて床に落ちた。



「そうムキになるなっつの。ただ付き合うのかなーって思っただけだよ」

「……別にムキになんて……それに、付き合ったりしねーよ」

「どうして」

「どうしてって…そりゃ、俺にはすることがあるし…」

「俺らの面倒、とか?…俺たちを理由にすんなよ」

「……はあ…別に、知らない組のやつだったし、好みじゃなかったからだよ」

「ふーん」



この頃、俺たちは所謂ところの多感なお年頃というやつだった。

誰がどこのクラスのやつと付き合って、キスして、その先まで…なんて話が持ち上がろうものなら騒がずにはいられない。

俺も多聞に洩れずその中の一人だったけれど、それ以上に。



「やっぱさ、女の方が気持ちいいのかな」

「…は?」



元いた場所に戻って、雑誌を整え出した肇は、訝しんだ顔をこちらに向けた。

俺は、身を乗り出し、始めの整った唇に口を押しつけた。



「……なっ!!?」

「うーん…キスは女子とが良いかもな、男のはガッサガサだわ」



はは、と笑う俺と対照的に、触れた唇をおさえ顔面蒼白の肇。その顔はクールな彼からはかけ離れていて、また俺の笑いを誘う。



「な、な、なななにやって…!」

「だーからさ」



でもちゃんと説明しないことには、殴られかねない。

笑いをこらえ、体を起こした。



「俺、ぶっちゃけると、そういうの、興味あんだよね」

「…そ、そういうのって…なんだよ」

「鈍いなあ〜、これだっからいつまで経っても童貞なんだよ」

「……お前もだろうがよ」

「そう、俺もだよ」



だからさ、と俺は肇の、着こまれたブラウスに手を伸ばす。



「興味あんだよ、気持ちいいことに、さ」

「何を言い出すかと思えばお前というやつは……勘弁してくれ」

「んだよ、お前だって興味あんだろー?」

「…な」

「ないとは言わせねえ、和のこと、そういう目で見てんだろうがよ」

「…っ」



弟の名前を出すと一気に大人しくなった肇につけこんで、俺はやつを床へと押し倒した。

戸惑いの色が濃い瞳が、どうしてか下腹部を熱くする。



「弟に手ぇ出すのは許さないけど、俺にならいいぜ?」

「……お前、もっと自分を大事にしたらどうだ」

「ふっ親より親らしいこと言ってんなよ」

「俺はお前を心配して…!」

「俺は俺の人生を生きる」



俺の家系は、誰も彼もが頑固で負けず嫌いなところがある。

割と穏やかな弟も、怒らせたら中々どうして恐ろしいところがあるし、父親に至っては言わずもがな。


そんな俺らと長いこと付き合ってきた肇には、分かるのだろう。

盛大な溜息が諦めのように聞こえてきた。



「じゃあせめて、女の子にしろよ」

「は?なんでさ」

「お前が言ったことだろ……お、女の方が…良いって。それに、相手なら…いくらでも…」

「ああ、キスはね。他は分かんねーじゃん。知ってる体な分、やりやすいかも。同姓にしたってお前以外となんて無理だよ、分かってんだろ?」

「〜〜〜んっとに、お前は…っ!」



ブラウスのボタンを取り払った先には、女にも引けを取らない白いからだ。

俺だって白い方だけど、肇とはいい勝負かもしれない。


長いことそばにいたのに、知らないことばかりだなと思った。



「あ」

「は?…ひっ!」

「ほくろ、発見」



意地の悪い笑みを浮かべているだろう俺は、始めの濡れた目に映る。

首筋をおさえた肇の手をどかし、もう一度口付ける。



「…んっ!」



舌を入れても、まあ気持ち悪くはない。

ただ、唇は乾燥して荒れている。



「って…俺は下は嫌だっつの!」

「はあ!?俺だってごめんだね!」

「ふざっけ…」

「大人しく抱かれてろおおお!」

「ちょ、あんま騒ぐな。和利さまが起き…っんむうっ!」

「はっ…ぜってー俺が上だっ…っあっ…」










「……………はあああぁあぁぁあああぁ」

「…なんだ、急に」



勝手にプレイバックを始めた頭に、思い出したくもない歴史が蘇り、何もかもが自己嫌悪。

若かったで済ませていいはずなのに、傷はどうしたっても癒えない。


隣で驚いた顔をしている先生に目をやる。


何だか、先生にまで申し訳ない気持ちになってきちゃったじゃねーか…肇の野郎…



「……で、相手は誰なんだ?」

「へっ!?」

「まさか、俺が知ってるやつか?」

「えーとえーと………って、先生だって先生だって初めてじゃないだろ!?俺ばっかり質問されんのずりーよ」

「は?」



卒業式のあの日の先生の言葉、あれは誰かとそういったことをしていると取れるものだった。

なのに返ってきた先生の反応は…―――



「初めてじゃないなんて、俺は言ったか?」

「へ?…だ、だって…え?前…」

「…俺は、こういうことをするのは、性別関係なく、お前が初めてだよ」



明かされた驚愕の事実。


先生、その年で童貞ってどうなんだよ。いや、もう童貞じゃないけどさ。

しかも初めてが生徒なんて…先生どんだけ変態ちっくなんだよ。



「何か言ったか?」

「イーエ。つかまじで?え、……えー……何か……何か、すっげー嬉しいかも」



ずっと好きだった先生、その先生の初めてが自分なんて、これほど幸せなことはないんじゃないだろうか。

初恋の相手の最初が全て自分で、なんて少女漫画思考はないけれど、けれどそれでも。



「…こっちは嬉しくないがな」

「あ…」



そして俺と同じような思考を持っているらしい先生は、どうやらお気に召さないようだった。

それって焼いてるの、かな。なんて。



「…って、え、ちょっ?ちょっと先生!?」



やきもち?と問おうとした言葉は戸惑いに変わる。

体勢が息のしづらい、ああ、これは卒業式の時に味わった…―――って、ええええ!?



「まだまだこちら側は譲れないな」

「待って待って!お、俺、俺さ…あ!先生が気持ちよさそうな顔見るの好きなんだって…!」

「俺はいつも憎たらしいお前が縋ってくるのが好きだ……と言ったらどうする?」

「!!」



にやりと皮肉っぽい笑みなんて珍しい。

って、そうじゃないそうじゃない。


うっかりぼうっとしかけた頭を元に戻してももう遅い。

大きな体に押し付けられて、俺は…