シンデレラ
少女が、ふ と笑った。



「貴方の願いを……叶えます――」
シンデレラ
ぱち と目を開ける。



「…?」



ガクは、薄暗い闇の中、ゆっくりと体を起こした。

辺りを見回し、ここがうたかた荘である事を認識する。


そして、窓辺に姫乃が座っている事にも気付く。



「…あ、起きた?もー、ガクリンてば、ギリギリだよー」



大声出して起こそうかなって思ってたところだよ と窓辺で笑う姫乃の後ろに、キラ と星が光る。

焦点を定めずに、ぼんやりと見つめていると、姫乃が、ひょい と覗き込んできた。



「まだ寝惚けてるの?」

「ううん、覚めました」

「そっかそっか。じゃあ時間も時間だし言おうかな」



何を と言う代わりに首を傾げれば、姫乃が、ふふ と笑う。



「お誕生日おめでとう、ガクリン」

「…………」

「…ガクリーン。お め で と う」

「あ、…ありがとう、ひめのん」



ポカン と口を開けたままだったガクに、姫乃はもう一度、ゆっくり言ってみせる。

ハッ として礼を述べるガクに、姫乃は満足気に笑った。


その天使のような微笑みは、段々と含み笑いになってくる。

どうしたのかと問おうとしたら、先に姫乃が口を開いた。



「そんなお誕生日なガクリンに、私からプレゼントです」

「…ホントに?」

「うん。動かないで、瞬きもしちゃだめだよ」

「?…分かった」

「触れられないけど、想いはたくさん込めるからね」



切なげに笑う姫乃の顔が、す と近くなる。

何がプレゼントなのか、ここまでくれば流石にガクも気付く。









ちゅ





「…………………ふぇ…?」



そんな可愛らしい音が聞こえて、それから間の抜けた声がくぐもって聞こえる。


目を白黒させている姫乃に、ガクの方から体を離した。



「…ひめのんの唇は、温かいね」

「………だっ…だよねぇ!?、いいいいま、さ、さわれ……た……?」



ぽつり と零したガクの言葉に、姫乃は声を思い切り裏返しながら叫ぶ。

がくが小さく頷くと同時に、姫乃の目からは、ぶわっ と大粒の涙が零れ出す。



「泣かないで、ひめのん」

「…うあ…ガクリ、ン、……私に、さわ…れ…っ」



溢れる涙に構いもせずに身動きしない姫乃を、ガクが支えて、その涙を拭ってみせる。

透けずに、ぺた と触れるその感触にか冷たさにか、姫乃は、ビク と体を竦ませる。



「ホントだ」

「ど、しよ…、私……明神さ、ん…呼んだら、いい?」



ボロボロ と涙を零す姫乃をどれだけ美しいと思った事か知れやしない。

そして、どれだけ、その涙を拭ってやれたら…と。


次から次へと頬を伝う涙を、ガクは何度も何度も拭ってやる。

温度のない自分に、ジン… と伝わってくる温もりに痺れるような甘さを感じて、ぎゅう と姫乃を抱き締めた。



「…どうしてアイツを呼ぶの?」

「だって…今までこんな事…病気だったらどうしよ…じょ、うぶつ…の前、ぶれ  だ、ったら…」



言葉にする事で実感する恐怖もある。

姫乃は、ハッ と口元を押さえて、ブンブン と首を振った。



「大丈夫だよ、ひめのん。成仏はしない」

「……っ」

「本当だ、しない」

「じゃあ……どうして急に…っ」



ガタガタ と震える姫乃を、ぎゅう と抱き締めて、ガクは視野に入った空を眺めて思い出す。



「…ひめのん」

「……」

「…ねぇ、ひめのん、………さっき…夢を見たんだ」

「……?」

「オレは眩しい光の中に立っていて、ひめのんそっくりな女の子がいるんだ」

「…うん」

「少女は、言った……貴方の願いを…叶えます…って」



そこまで言って姫乃に目を向けると、姫乃も、ハッ と窓の方へと目をやった。



「そっか…」

「うん」

「…この間、お願い、…したもんね」

「うん」

「触れますようにって、…たくさん…たくさん…っ」

「うん」



星が 願いを叶えてくれたんだね… と掠れて消える声は姫乃が泣き崩れてしまったからか、顔を覆ってしまったからか…

ガクは、姫乃の手を退けて、額を合わせた。



「時間が勿体無いよ、ひめのん」

「うん?」

「いつ、また触れられなくなるか」

「…っそんな事、言わないでよ」

「ずっとこのままだったら良いけど…分からないよ」

「…うん」



だから と耳を擽るようにガクが姫乃の耳に触れる。

柔らかな髪を弄って



「たくさん、愛し合おう」

「………もお…っ」



ガクリンてば… と、呆れた風に笑いが零れる。



「…ガクリン…ッ」



ぎゅう と抱き付いて





さァ…


星に願いを

月に祈りを

貴方に愛を…