真っ直ぐなこと
オレの姿が見え 触れられる唯一の…


そんな言葉までは分からなかったけど

彼女に送られた一瞬だけの熱い視線を見逃す事もできずに
真っ直ぐなこと
「おかしい…」



ぽつり と上から言葉が降ってきた。

ツキタケは首を傾げているガクを見上げた。



「何がおかしいんですか?アニキ」



突然振られた話題には慣れたものだ。

降ってきた言葉に動じる事無く、ツキタケは言葉を返す。



「ひめのんが…」

「ねーちゃんが…?」



その話題の主、姫乃はガクが真っ直ぐに熱い視線を送っている先にいた。

何か考え事でもしているのか、上を見上げたまま動かない姫乃を見てツキタケが眉を寄せる。



「…うーん、確かにボーっとしてますけど」



それはいつもの事じゃ… という続きを知ってか知らずか、ガクが首を振る。



「そうじゃない」

「…じゃあ、何が変なんで?」

「………今日はひめのんと一回も目が合ってない」

「一回も?」

「一回も」



こっくり と頷いて、それから段々悲しそうに眉が顰められていく。

思い込みの激しいガクだけれど、いつも、ボーッ としてる姫乃だけれど、何だか今日は様子が違うようで。


そんな二人を見兼ねて、やれやれ と。

ツキタケは、ぴょん と一歩前に出た。



「オイラが聞いてきますよ」

「え?」

「アニキ、ここで待ってて下さいね!」

「っ、ツキタ……ケ…」



伸ばした腕は宙を掻く。

行っちゃった ボソリ とガクが呟く。


ふ と隣に気配を感じて横を見れば、アズミが笑っていた。



「……なにか?」

「あそんで!」



にぱ と天真爛漫の笑みを浮かべてアズミは絵本をガクの前に突き出した。

自分のところに来るなんて珍しい などとぼんやり考えつつも、どんどんと落ちていく思考に任せるよりは気が紛れるだろうとその本を受け取った。



「ねーぇちゃんっ」

「……」



椅子に座って空を眺める姫乃の横に立って、ツキタケが声を掛ける。

が、返答はなく、仕方なく空を隠すように眼前へと足を踏み出した。



「ねーちゃんっ!」

「わ!…ど、どうしたの?」



突然現れたツキタケに姫乃は目を瞬かせる。

平静を装うように笑う姫乃に首を傾げつつ、直球な質問をぶつける。



「アニキと何かあった?」

「へ?!」



平静は一気に崩れ、姫乃は顔を引き攣らせた。

それはそれはもう、どう言い訳してくるか楽しみなほど動揺してくれた。


アニキもねーちゃんも似てるなぁ なんてツキタケは内心笑みを零す。

素直で隠し事ができない、真っ直ぐな二人だと。



「喧嘩?」

「ちっ、違うよ!喧嘩なんて……ただ…」

「ただ?」

「うん…ただ……ね…」



何と言ったら良いのか、言いにくい事なのか、姫乃は眉に皺を寄せて言葉を濁らせる。

その視線の先にはガクと膝に乗ったアズミの二人。


と、ガクがこちらの視線に気付いたのか顔を上げる。

それと同時に姫乃は、ぐるっ とツキタケの方を向いた。



「うおっ!?」



突然向けられた顔にツキタケが半身を仰け反らせる。

ごめん と苦笑いを零す姫乃。


と、そちらの方で声が聞こえてくる。

見れば一人増えていた。



アズミ、本読んでもらってたのかー?あんたもこんなの読んでやるのか

こんどよんでね!

あははっ私はこういうの苦手なんだ、明神にでも頼みな



休憩にでも入ったのか、澪が外から戻ってきて、ガクとアズミと談笑していた。

というより、ガクは相変わらず姫乃の方を注視していたので、正確には澪とアズミが、なのだが。


ぎゅ と音がして、ツキタケがそちらを見遣れば、姫乃は顔を伏せて膝の上で拳を握り締めていた。


そして澪はアズミに手を振って、また外へと出て行った。



「…ねーちゃん」

「……あはっ!バレ、ちゃった…かな?」

「…っ」



何と声を掛けたら良いのか、名前を呼べば姫乃は逆にバレバレなほどの気丈さで笑ってみせる。

が、声は震え、顔はちっとも笑っていない。


ツキタケが映るその瞳からは今にも、ぼろり と落ちそうな…



「…ヤな…やつだって、思って良いよ?」

「そ、そんな事は…!」

「私が、そう思ってるから…」

「――っねーちゃんっ!」

「は、はい!?」

「アニキはねーちゃんだけだよ!ねーちゃんしか見てないよ!見えてない!だから…だから…っ!」

「うん、知ってるよ」



なんて、自惚れてるみたいだなぁ と姫乃が頭を掻く。

だからね とさっきより声が震えてきている。



「だからこそ、ガクリンに…もうしわ け…なくて…」

「…え?」

「ガクリンは一途だって知ってるのに…私は嫉妬なんかしちゃって…何もないって分かってるのに信じてあげれなくて…」

「ねーちゃん…」

「ん?」

「ねーちゃんには泣いて欲しくない」

「ツキタケくん?」

「でも…そんな笑い方は、もっとして欲しくないよ!」

「っツキタケくん…!」



こんな事、この子にする話じゃない

ハッ として姫乃がツキタケに手を伸ばす。

触れられないのが分かっていても、伸ばさずにはいられなかった。


その手は空を掻く。


もうそこにツキタケの姿はなかった。



私そんな酷い顔…

ぺた と頬を触りながら、ごめんね と零す。


それから静かに目を閉じる。



「よし!」



パン と頬を叩く。

ヒリヒリ とした痛みが心の霧を晴らしていくようだった。


未だに感じるその視線を見返せば、真っ直ぐな目とぶつかった。



「ガクリン」



そちらに歩いていって、隣に腰掛ける。

微笑み掛けてくるアズミに笑顔を返して、ガクを見上げる。



「なに?」



その淡々とした返事とは裏腹な赤く染まったガクの頬に、姫乃は笑みを零さずにいられない。



「お話しようか」



へへ と笑うと、ガクも口を弧に歪めて笑った。



「……うん」



小さな誤解だった、みっともない嫉妬だった


真っ直ぐな想い故の

真っ直ぐな 真っ直ぐな…



視界の端で、ツキタケが嬉しそうに微笑んでいた。