小話

以前のぱちとか突発短編とか祝休祭ネタとか意味不明のとか、そんなカンジで。




最終UP…12/25




零崎 = 短編

双舞 = 前ぱち NEW 短編 祝・休・祭

人舞 = 前ぱち 短編

軋舞 = 前ぱち 短編 祝・休・祭

僕友 = 日記



突発短編 in 零崎








双+人+舞 05.06.18



「ただいまぁ」



いつものように、まるで同じ事の繰り返し。

僅かな刺激すら無いこの日常は既に非日常。



「…ん?」



それでも



「こんな所で寝ると風邪引くっていつも言ってるのにねえ」



君達がいるこの非日常を、愛しく思う。



「…はよ」

「お帰りなさいー」

「ただいま」



君達がいるこの非日常を、守りたく思う。





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零崎 05.05.21



「今日は小満だっちゃ」

「…ひょうはん?」

「ちゃんと飲み込んでから言え。」

「で、『しょうまん』ってのは何なんだい?」



今日は比較的涼しい。

ふわりと、風がカーテンを揺らした。



「小さく満たすと書いて小満、二十四節気の1つだっちゃ」

「「ふぅん」」

「…もっとこう…軋識さん物知り!とか、それ具体的にはどんな事なんだ?とか無いっちゃ?」

「興味ない」「ですよー」

「あ、舞織、テメッそりゃ俺の団子だ」

「お団子さんが私に食べて欲しいって言ったんですー。」

「ざけんな!」

「…」



一瞬横に置いてあった釘バットに手が行きかけたが、そこでハッとした。

まだ、最後の砦がある、と。

昔からの付き合いで良き理解者でもある彼の方を向く。



「…ッレン!レンはきょう…み………無いっちゃね」



最後の砦の心は今何処。


にこにこ頬杖をついて、仲良しな弟妹を見るその自分の良き理解者の姿は、端から見れば良き長兄。

だが、目を凝らすまでも無くして、その彼は、片手にビデオを構えていた。


バレないようにテーブルからギリギリに顔を覗かせてあるビデオカメラは

ジー と無機質な音を立てている。


ああもうどうでもいい…


ハァ、と諦めの溜息を小さく吐いて、テーブルに置かれた最後の団子を口にすれば。

今まで血みどろの喧嘩をしていた妹弟が、殺気を剥き出しにしてこちらを睨み付けたかと思えば、
意気投合コンビを組んで襲い掛かって来たのは、言うまでもなく。


悔し紛れに、最後の力を振り絞って、良き理解者、兼、妹弟を溺愛する彼を指差せば。

ビデオカメラがバレるのは一目瞭然の事で。

レンにも襲いかかる彼女らを見て、今日も平和だと、神を恨んだ。





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前ぱち in 双舞








07.02.18-?



後ろでペタペタと音がして、いつもこの音をさせて歩くその主の顔を浮かべた。



「おにーいちゃんっ」



その愛らしい声は、持ち主に持ってして相応しい。

鼓膜を優しく震わせ、すんなりと心に馴染んでいくその声に、半ば陶酔しながら双識は振り返った。



「何だい?伊織ちゃん」

「うふふ、お兄ちゃんにお願いがあるんです」



常に笑顔を絶やさぬ双識に負けず劣らず、眩しい笑顔を見せて伊織は両手を合わせた。

にっこりと微笑まれて、双識もそのまま笑みを返す。



「いいとも、伊織ちゃんのお願いなら喜んで」

「わあ、ありがとうございます」



そう言って至極嬉しそうにする伊織に、この笑顔が見られるなら何だってするよと双識は微笑んだ。

勇気を出して良かったと伊織はいそいそと双識の背後を取った。



「…い、伊織ちゃん?」

「そのまま前向いてて下さいねー」



ソファに座る双識の背後に立った伊織は、双識の不安そうな声などどこ吹く風。

嬉しそうに楽しそうに歌を口ずさむ。


双識は嫌な予感を背中に覚えながら、恐る恐る口を開いた。



「ち、ちなみに…何をするの、かな?」

「うふ」



可愛らしい声ではぐらかされてしまった。


伊織は、その細い左腕を突き出して、双識の首へ蛇のようにするりと回し、掌を双識の肩へと置いた。

これによって、伊織の体が双識へと密着してしまい、双識はゆるゆると緩む口元を引き締める事に神経を注いだ。



「じゃ、いっちょいきます」

「…え?うん?」



双識の首へ回された腕は、ちょうど肘のところに双識の顎を乗せた。


アレ、これってもしかして…もしかすると…



「い、伊織ちゃん…」



伊織は相も変わらず鼻歌混じりに、今度は右腕を伸ばして、その手を肩に置かれた掌の反対側の頭部へと添える。

肩に置かれた手はいつの間にか、自身の右の二の腕へと置かれていた。

頭部へ添えられた頭をグイーと押され、双識は体が前のめりを強制させられる。


これは…間違いない…


ぞわりと背中を冷たい汗が伝う。



「裸絞めです」

「!!伊織ちゃん、ちょっ、待っ…」

「えいっ」



伊織は、可愛らしく声を上げた。

まるで魔法少女がステッキを振るように愛らしく、まるで後ろから人を突き落とすように残酷に。


あれ、失敗しちゃった


双識は一気に落ちる意識の中、そんな声を聞いた。





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06.08.07-06.10.10



上からは灼熱の太陽が照り付けて

下からはコンクリートがその暑さを発散できずに熱くなって


ゆらゆらゆらゆら と陽炎

ぐらぐらぐらぐら とわたし


ああ…暑い…



『…今日の最高気温は三十三度、記録的猛暑となり…』



朝聞いたお天気お姉さんの声が上から降ってきて、伊織は太陽の眩しさに目を細めながら上を見上げた。



「ああ!目がやられる…!!」



ぐあ と小さく呻いて手で目を覆った。


太陽を直視三秒で失明 なんて話をどこかで聞いた事がある。

けれど安心して、三秒も見ていられないから。



「おや?」



ゆらゆらゆら と陽炎

ぐらぐらぐら と遂に蜃気楼…?



「?」



五十メートルほど向こう、何か…黒い物体が見えた。

黒い黒い黒い黒い、真っ黒な、何か


伊織は小首傾げて、どうせ向かう方向はそちらだと、止めた足を再び動かし始める。



きゃははは と楽しそうな声が二、三聞こえて。

伊織は右を向いた。



「……よく、あんな元気に…」



公園 の前の字は確認できない。

目がやられたのか、それとも確認できないほどの汚れなのか、はたまたそれほどの暑さなのか…


とにかく、その何たら公園の中では、小さな子供が、一、二、三、四……いっぱい遊んでいた。


どこもかしこも汗だくになって、炎天下の中を全力疾走で鬼ごっこ。

楽しそうに楽しそうに楽しそうに、笑って。



「何て…」



何て…純粋で無邪気で眩しくて…

それでいて酷く滑稽な、まるで今のわたしのような…



「…で、結局これは人なわけですね、よくもなぁこんな真夏に黒一色でいられますね」



その黒い物体を見下ろして、伊織は暑そうに眉を顰めた。


黒いスーツは上下とも漆黒の黒さでもって、肩より少し長い髪もこれまた黒。

といっても、この真夏に、長袖のセーラー服に身を包んで、ニット帽を被っているわたしが言えた台詞ではないけれど。



「……そういえば、先生も…」



真っ黒だったなぁ…


今日は暑いね 無桐さん。


汗一つかかずに服一つ乱さずに、爽やかににこやかに何を言うか と伊織は思った。

きゅん とさせるなこの野郎 とも思った。



いつまでもわたしを捕らえて離さないあなた



いい加減に解放して欲しい と思った。

わたしにはもう時間がない。苦しいまま、想いを引き摺ったまま卒業なんてごめんだ とも思った。


相反するように思う。


傍にいたい と思った。

わたしを見て欲しい とも思った。



こんなに苦しいのは誰のせいなんだろう…



いっそ死ねたらどんなに楽か

死んだらあの人は悲しんでくれるだろうか、わたしを忘れてしまうだろうか。

ていうか死んだら、もう二度と会えないじゃないか。



「…………それは、よくないですね」



と、この倒れている人の事を忘れてトリップしてしまっていた。


このまま放って置いたら死んでしまうかも知れない。

大好きな人に苦しめられて、大好きな人に悲しまれて、大好きな人に忘れられてしまうかも知れない。



「もしもーし、しっかりして下さーいっ!」



そう声を出して、伊織は慌てて膝を曲げてしゃがみ込んだ。



「死んだら貴方の大切な人が悲しい思いしますよー、貴方自身も忘れられちゃいますよーっ、と…………」



鞄を自分に立て掛けるようにして置いて、暑いだろうコンクリートに突っ伏していたその体を仰向けにする。



「……ぜ…!」



ゆらゆらゆら と陽炎

ぐらぐらぐら と蜃気楼



倒れていたのは

幻でなければ 零崎双識

幻であっても 零崎双識



わたしの思い人

わたしの心を掴んだまま離してくれない人

わたしの高校時代をその存在で埋め尽くしてくれちゃった人

苦しめて苦しめて、悲しくて悲しくて、恋しくて恋しくて、どうしようもない人

ていうか世界史担当



ああ、違う違う。

落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け



…よし、落ち着いた。


何ていうか

夏万歳






無桐伊織 三年生    生徒
零崎双識 世界史担当 教師





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06.03.12-06.06.18



パチン パチン



「センセイ、芯が無くなっちゃいました」

「ああ、新しいのはそこの引き出しに入ってるよ」

「はぁい」



夕暮れ時

空も雲も地面も顔も、全部全部、眩しいオレンジ色。


けれど、もう少ししたら、夜が全てを侵食してしまう。


時が経つのは早いから、もっとゆっくり と願えば願うほど、あっという間に…



「ごめんね、無桐さん。手伝わせてしまって…」

「いいえ、わたしが自分から申し出た事なんですから」



パチン パチン



「それに…」



パチン



「一秒でも長く、先生の傍にいられて、わたしは…」



『ポーン…零崎先生、お電話です。至急職員室へお戻り下さい』



「…」

「行って来て下さい。もうあと三冊ですし、わたし一人でできます」

「…でも」

「終わったら職員室に持って行きますね」

「…済まないね」

「いいえ。先生のお役に立てて嬉しいです」



パチン パチン


タッ

段々遠ざかる足音


パチン パチン



「一秒でも長く、先生の傍にいられて、わたしは…」



パチン パチン



「幸せです」



パチン



「なんて…真正面きって、言えるはずもなく…」



椅子を引いて、立ち上がって、トントン とプリントを束ねて、教室を出る。



ドアの向こうで、零崎先生が聞いている事も知らずに

わたしは…






やっぱり一人でやらせるわけにはいかないと、戻ってきたんです、双識先生。

無桐伊織 三年生    生徒
零崎双識 世界史担当 教師





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06.02.04-06.03.12



涙なんて、当の昔に枯れてしまった





「好き」


プツッ


「嫌い」


プツッ


「好き」


プツッ


「嫌い」


プツッ



花壇を囲うレンガに向かい合って、しゃがんで、何やらしている生徒。

その後姿に見覚えがあって、双識は思わず足を止めた。



「好き」


プツッ


「嫌い」


プツッ


「好き」


プツッ



「…花占いかな?」



ピクリ と手が止まる。

千切られようとしていた花が、安堵の息を漏らしたように見えた。



「……零崎先生」

「やっぱり無桐さんだったね」



顔だけ上げると、太陽を背に、微笑んでいる先生。

世界史担当の、零崎双識先生。



年齢不詳、身長体重不詳、趣味特技不詳、何もかも不詳

けれど好みの女性、理事長先生 というのは、とても有名



「無桐さんは誰か好きな人でも?」

「います」



います

います


わたしの目の前に



「思いは告げないの?」

「…困られてしまうと、わたしも困りますから」

「無桐さんなら誰だって二つ返事で頷くと思うのだけれど」



誰だって?



「…先生も?」

「……え?」

「…ほら、困ってる。というよりは驚いてるってかんじですね」

「あ…私は…」

「うふふ、ごめんなさい。からかってみただけです」

「無桐さ…」



キーンコーン カーンコーン


チャイムの音、会話の終了


立ち上がる ひらめくスカート 泣きそうな笑顔



「じゃ、わたしは教室に戻ります」

「あ、ああ」

「先生も。次は2-Aで授業ですよね。四階です、もう行かないと間に合いませんよ」

「…え?…ど、うしてそれを…」

「それじゃ」



ぽとり

手の内から落とされた、花。



ソッと拾い上げる。

花びらは、残すところ、あと一枚。



「好き」


プツッ


「嫌い」


プツッ


「好き」


プツッ



「…好きの次が嫌いだとは限らないんだよ、無桐さん」



静かに呟いて、花びらに口付けを…





涙なんて、当の昔に枯れてしまった

けれど、貴方への思いは一向に、枯れてくれる気配がありません。






無桐伊織 高校三年  生徒
零崎双識 世界史担当 教師
哀川潤   理事長

な、設定でした。





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05.10.13〜10.30



「おーにぃちゃんっ」
「いーおりちゃんっ」

「「trick or treat!」」

「うふふ、ハモちゃいましたねー」

「そうだね」

「ところでお兄ちゃん」

「何だい伊織ちゃん」

「私、お菓子持ってないんです」

「偶然だね、私も持っていないんだよ」

「一緒に作りませんか?」

「食べ合わせっこもしようじゃないか!」

「…それはちょっと」

「え!」





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05.07.17〜08.18



「や、だからですね、こっちがコショウなんですよ」

「あ、もう塩入っちゃったー」

「ちょ、双識さん!それにしたって入れ過ぎですよう!!」

「そうかなあ」

「これは砂糖を入れて中和させる他ありませんね!」

「そうだね!さっき塩がこれだけだったからー」

「こんなモンですかね」

「うわあ、ちょ、入れ過ぎ!伊織ちゃん、それは明らかに入れ過ぎ!!」

「えへ、手が滑っちゃいました!」

「それじゃ仕方無いね。さて、これどうしようか。甘くなっちゃったけど」

「じゃあ、目には目を歯には歯を説法でいきましょう!!」

「つまり?」

「こうです!!」

「あーあー、そんなに砂糖入れちゃって…」

「良いんですよ!これを食べるのも砂糖を買いに行くのも人識くんと軋識さんですから!」

「そうだね」

「うふふー」

「うふふ」


「なぁ、大将。確か、腹痛止めの薬、この間使い切らなかったっけ?」

「……ああ…舞織が大量に服用してたっちゃ」

「逃げたい」

「オレだって…」


「晩ご飯ができたですよう」

「ほら、二人とも。運ぶの手伝って」

「「………はーい」」





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05.06.25〜07.17



「そっうしぃきさんっ」

「ん、何だい伊織ちゃん」



リズミカルに、楽しそうに、にこりと笑う舞織に、思わず顔が綻ぶ。



「ぎゅってしてもらっても、良いですか?」

「良いけれど…どうしたんだい?」



笑顔は突如、寂しそうな顔へと一変した。


今にも泣き出しそうに顔を歪めて、ゆるゆると、背中に腕が回る。


小さく、安堵の息が首筋にかかる。

さらさらと、短い髪が頬を擽った。



「……どうもしません」



そう言い切って、どこにそんな力があるのか、細い腕で痛いほどに抱き締められた。


暫し思考してから、よしよしと、背中を、頭を優しく撫でてあげれば

ぽたぽたと雫が服を濡らす音が小さくした。



「伊織ちゃん?」



体を離そうにも、首を横に振って嫌がる。

離れたくない離すものかと、更に腕の力が強まる。



「仕様のない子だね」



苦笑と共にそんな言葉を吐き出せば、赤くなった目でじろりと睨まれて。

肩を竦めて見せてから、もう一度ぎゅうと抱き締めた。





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05.06.08〜06.25



「これ、似合いますか?」

「うん、とぉっても似合うよ!」



可愛い可愛い、と撫でられて。

嬉しくて嬉しくて、しゃがむよう促して同じように髪を撫で返せば、優しく愛しく微笑まれた。



「……やってらんねー」





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突発短編 in 双舞








05.09.25



「愛してください」

「誰を?」

「わたしを」

「愚問だね」

「そして自分を」

「うーん…難しいね」

「じゃあわたしは双識さんを愛せません」

「えぇ!どうして!」

「好きじゃない自分を人に好きになってもらおうだなんて、それは虫の良いお話です」

「…分かった、愛するよ」

「双識さん」

「何だい?」

「愛してます」

「私もだよ」





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05.09.25



「お兄ちゃん、笑って笑ってー」

「いや、カメラはどうも苦手でね…」

「苦手で構いませんから。…ほら、笑顔笑顔ー。」

「私の意見はスルーの方向なのかい」

「勿論。お兄ちゃんに拒否権は無いんです。さぁ笑って」

「意味も無く笑うなんて無理だよ、伊織ちゃん。…それに一体全体どうして私を撮ろうとしているんだい?」

「…教えたら撮らせてくれますか?」

「理由によりけりさ」

「お兄ちゃんの写真を持ち歩きたいからです」

「伊織ちゃん!!」

「その笑顔イタダキ!!」

「うわ!もろ見ちゃった!目が痛い…」

「ご協力感謝です。じゃあ次、人識くーん」

「ええぇー!」





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祝・休・祭 in 双舞








新聞少年の日 05.10.16 ※微えろ



今、何時だろう…



伊織は霧掛かった思考で、ぼんやりとそんな事を思った。

焦点の合わない瞳を懸命に巡らせて、漸く時計を見つける。



「ああ、ぁっ!」



時計の針を読み取ろうとしたところで、ぐちゅ、と卑猥な水音をさせて、更に奥深くへと貫かれた。



「伊織ちゃん…よそ見してると、気を失っちゃうよ」

「っ や、…も やめ っ」



双識は、弱々しく首を振る伊織の額、汗で張りついた前髪をそっとどけてやる。



「おねが い、おにいちゃん」

「…ねぇ、伊織ちゃん…」



にこ、と普段見せる優し気な笑顔に、漸く開放されるのかとホッと胸を撫で下ろした時だった。



「伊織ちゃんは今日が何の日か知っているかい?」

「…え?」



唐突なその質問に首を傾げる伊織に、双識は教え諭す口調で続けた。



「いくつかあるんだけれどね、今日は新聞少年の日なんだよ」

「……そう、なんですか?」

「まぁ…16日というよりも、10月の第三日曜日が、なんだけどね」



一体何なんだろう。

首を傾げるばかりのその不毛な会話は、情事後に話される眠りを誘う優しいものに酷似している。

けれど、生憎、双識の雄は未だに伊織の中に挿れられたままである。



「簡単に言うと、新聞配達の人達に激励を送る日の事をいうんだよ」

「へ、へぇ…」

「だからね」



うふふ、と、声に出して笑う双識につられて、伊織も苦笑いに似た笑みを浮かべる。



「新聞配達の人が来るまで頑張ろうね」

「…………は?」

「ほら、3時過ぎにいつもバイクの音がするだろ?

それが新聞配達の人の音だから、その音が聞こえるまで頑張ろうね」

「…意味が、分からないです」



ぽかんと、眉を顰めて、首を傾げる伊織の額に、触れるだけのキスをして、双識は言った。



「その新聞配達の人に、頑張って下さいねー って言ってあげなくちゃ。

母の日に母親に対して有り難うと言うようにね」



漸く、脳内にその言葉が伝達されたかのようだった。

いや、伝達はされていたけれど、理解できなかったのだ。



「ちょっと待って下さいよ、おにいちゃ んあっ!」

「もし孕んだら、その子には新聞配達のバイトをさせてあげようね」

「…え、…それはおかしいんじゃ…っひっ うあっ ぁあっ」

「のんびり突っ込みなんかできる余裕があるならお兄ちゃん本領発揮しちゃおうかなあ」

「うなああぁぁ!!」





そうして本領発揮をさせられた挙句、伊織が解放されたのは当の3時を過ぎてお昼頃だったとか。





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前ぱち in 人舞








06.08.07-06.10.10



「ありがとうございましたー」



そんな声を背中で聞きながら、袋を一つぶら提げて、人識はコンビニの自動ドアの前に立った。

ガーッ とドアが開いたと同時に入り込んできた熱風に、人識は目を瞑った。



「暑っ!何これ、暑っ!!」



背中で、そよそよ と涼しさを仰がれながら、前は、ジリジリ とした暑さに早くも、ベトリ と汗が滲み出てきた。

もう一度コンビニの中へ戻りたい気持ちを堪えて、外へと足を一歩踏み出した。



「カップ麺もいい加減飽きたなー」



じりじり と照り付けてくる太陽を気にしないようにして、人識は溜息を吐いた。

返事をするように、ガサリ と音を立てた袋の中身はインスタント麺だったりする。ちなみに今日は塩味。


未成年の俺を一人残して海外旅行へ行ってしまった両親のせいで、インスタントな日々がもうかれこれ二週間続いている。


手料理は材料費が勿体無い云々以前に、面倒くさい。

こんな暑い中、わざわざ進んで汗をかくぐらいなら、コンビニでまとめて調達した方が早い。



にしても だ。



じーわじーわじーわじーわ



「あっ…ちぃ……!」



ミーンミンミンミンミーンミンミンミン



「んでもってうるせぇ……!」



殆ど八つ当たりに近いが、蝉の鳴き声が気温を上げているように思えてならない。


べたべた と肌に服が張り付く上に、汗が額を頬を背中を伝って気持ちが悪い。

そんな苛々する中を、ミンミンと鳴かれたら誰だってこうなる。



「センセー…」



家は目前、人識は足を止めて地面を見つめた。


不意に出た言葉は、声に出す事で余計リアルになっていく。


先生に会いたい

甘い匂いがするその体を思い切り抱き締めて、困ったように笑うその顔に口付けて、雪のように白い素肌に触れたい。



「はぁーあ…」



だがしかし、ソレは叶わない。

愛しの先生は現在、実家に帰省中だった。



「もうどんだけ会ってないんだろ…」



ぺたぺた とサンダルの音を立てながら、指折り日付けを数えていく。


最後に会ったのは、七月末。

遠く遠く離れたお祭りの時が最後、か?


ここなら堂々と手を繋げるね と嬉しそうに笑うソレが酷く愛しくて、一目も憚らずにギュウと抱き締めた。



「センセー…」

「…はーい」

「かはっ、幻聴が聞こえやがる…」



よっぽど会いたいんだな とちょっと情けなくなりつつ、二、三ある段を上って、自動ドアをくぐる。


ポストの中身を確かめて、それから部屋の番号を押す。

部屋に誰もいないので、べっとり と汗をかいた手を服で乱暴に拭って、指紋認証板に手を置いた。



「…あの、人識くん?」

「あー、もう!そんな風に声だけ聞こえると余計会いたくな…!」



いい加減にしろと声のする方を振り返る。

どうせ誰もいない、惨めな思いをするだけだと半ばやけになりながら。


振り返った先に、ビックリした顔の先生が



「いた…」

「…あの…、…えと、」



ピピッ と指紋を読み込んだ音が聞こえ、ガーッ と自動ドアが開いた音がした。


そんな音を後ろで聞いて、どさ という手から滑り落ちた袋の音も後ろで聞いて


「先生…!」



情けないぐらい、いっぱいいっぱいの声で呼んだ。



「…はい」



困ったように笑うその顔は、会いたくて堪らなかったその人だった。






舞織 数学担当 教師
人識 二年生  生徒





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06.03.12-06.06.18



「…ん、まぁまぁの出来ですね」



コトリ と最後のお皿をテーブルに置いて、舞織は満足そうに微笑んだ。

エプロンを外して、壁に掛かった時計に目をやる。


もうじきかな

今家を出たばかりかな

まだかかるかな


年甲斐もなくそわそわとしてしまう自分に舞織は苦笑した。



ピーンポーン



「ッはーい!」



心が弾む 声が弾む

チャイムの音と同時に立ち上がって、玄関へ小走りに。


途中、鏡の前に立って手櫛で髪を整えてから、舞織はドアノブに手を掛けた。



「いらっしゃい、零崎くっ んっ」

「センセイッ」



ドアが開くと同時に、素早い身のこなしで黒い影が舞織を抱き締めた。

息付く間も無く唇を奪われて、舞織は苦しさに眉を顰めた。



「っ、零崎君っ、苦し…っ」

「だって俺、すっげー会いたくて…っ」

「っ、わ、わたしもだけど…っ、」



荒々しく何度も何度も口付けられては、成す術なく舞織は人識の服を、ギュウ と掴んだ。


ちゅっ ちゅ とそこかしこに唇が降ってきて、漸く離れた頃には、もう ぐったり と。



「センセー、お疲れのトコ悪いけど、立てる?」

「…ぇ?」



外灯を背に、人識は申し訳なさそうに笑った。



「ご飯食べてからにしようって決めてたんだけどさ」

「?」

「今しよう」

「…は?」

「えっちな事」



かはっ と独特な笑い声を一つ。


舞織が驚きに目をパチクリさせているのを良い事に、勝手知ったる何とやら。

人識は舞織を軽々と抱き上げて、寝室へと小走りに足を進めた。



「っわ、ぷ」



ベッドに放られて、舞織は顔からベッドにダイブした。


ベッドから顔を離して起き上がろうとすれば、時既に遅し。

人識が舞織に覆い被さっていた。



「零崎くーん」

「ごめんね」

「謝っても駄目ですー、ねぇ、折角作ったご飯が冷めちゃうよ」



迫る人識のその後ろ、愛を込めて作ったその手料理が温かな湯気を上げているのが見えた。



「俺、センセイの事、好き過ぎるよ」

「…零崎君」

「困った顔もそそられるからダメだなー」



ちゅ と頬に唇を押し当てられて。

ごめん ともう一度だけ呟かれれば、折れるのは舞織だった。



「…はぁ。明日いっぱい宿題出してあげますからね」

「…じゃ、学校来れないようにするか」

「!!」

「大好きだぜー、舞織ーっ」

「……もう」



子供の顔して、大人の愛を注ぐ貴方に、わたしの方が、いつだって、いつだって…






舞織 数学担当 教師
人識 二年生  生徒

な、設定でした。





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06.02.04-06.03.12



「舞織センセー!」



名前を呼ばれて振り返る。

可愛い可愛い、教え子。



「どうしたんですか零崎くん」

「ちょっと、分からないところがあって…教えてもらえませんか?」



苦しげに息を切らして、けれど、にこり と可愛らしく微笑んで。



「うふふ、手ぶらで何を教わる気なの?」

「……ちょっとこっち来て」

「ちょ…零崎君?!」



中学生とはこんなにも力が強いのだろうか…

逆らえない強さで、グイグイと引っ張られる。


階段を上りに上って、人通りのない、かび臭い踊り場へ。



「センセー」



と、声が、先程の明るい少年ではなく、甘えたれの声に変わる。


舞織が、マズイ と思った頃には時既に遅し。

後ろから、ぎゅう と抱き締められた。



「……ここ、学校」

「知ってる」

「…約束」

「覚えてる」

「…じゃあ離して」

「……キスしてくれたら離す」



ぺろり と首筋を、這う何か。



「…人識くん…」

「分かってる…ごめん」



でも、ちょっとだけ

そんな言葉が聞こえたか聞こえないか…小さくぽつりと呟いて。

何? と聞く前に体がくるりと反転。


気付けば唇が塞がれている始末。



「ん、…ッう…」



ぬるりと入り込んでくる舌に、膝がガクンと落ちる。



「……ごっそさん」

「……」

「立てます?センセー」



クスクス と笑われて、眉を顰めて見上げれば、差し出される手。



「誰がこんな風にしたと…」

「俺だよな?」

「…え?」

「俺以外だったら怒る」

「…ぷっ」

「?なに」

「ううん、何でもない」



どんなにキスが上手くても、どんなに端正な顔立ちでも、中学生は中学生。

可愛くて愛しい、教え子兼カレシに、たまには甘やかしてあげますか…


舞織は、服に付いた埃を払って、人識に目を向けた。



「今晩、わたしの家に来ますか?」

「…行って良いの?」

「たまにはね」

「い、行く!」

「じゃあ、人識くんの好物作って待ってます」

「あ、ありがとう!」



キーンコーン…



「ほら、授業行った行った」

「絶対な!嘘とかなしだからな!」

「うん」



バタバタ と念に念を押して去っていく人識に手を振って。


舞織も遅れて、階段を降りていく。

今日の晩御飯のメニューを考えながら…






舞織 数学担当 教師
人識 中学二年 生徒

な、設定でした。





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05.10.13〜10.30



「まーいおりっ」

「なんれふふぁー?」

「うお!何そんなに詰め込んでやがる!」

「お菓子ですよう、人識くんもどうぞー」

「お、おお…サンキュ」

「で、何用ですか?」

「…いや、別に……何でもない…」





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05.07.17〜08.18



「ふっふっふ〜」

「………」

「無視しないで下さいよ、人識くん」

「ダメっすか」

「ダメっす」

「で?どうしたんだよ」

「うん、実はですね、わたし、今とぉ〜っても暇なんです」

「は?」

「だからぁ…」

「あ、待て。今急に思い出した事なんだけど、俺はこれから――」

「遊ぼう!!人識くん!」

「人の話、聞けよ」

「10パーは聞いてましたよ」

「残りの90パーはどうした」

「右から左へスルーです」

「………ハァ…、で、何して遊ぶんだよ」

「それは人識くんが決めて下さい」

「はぁ?誘った本人が考えるのが筋ってモンだろうが」

「人識くーん」

「…なに」

「他力本願はダメですよー」

「…………」





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05.06.08〜06.25



「うぅ…重たい…っ」

「んー」

「うぅ…腕、引き千切れそう…っ」

「偽手はそんな脆くないだろー」

「う…っ……とにかく重いよー」

「…ハァ」

「持ってくれるんですか持ってくれるんですねああやっぱり持つべき物はお兄ちゃんですねはいどうぞ」

「……」





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05.04.10〜05.26



ポタリ と、血が地面に染みを作った。



「あーあーあーあー、舞織ー、制服、汚れてんぜー?」

「…凄く不快」



眉を顰めて、一人愚痴る。



「何に対して」



人識くんが、ヒュンッ と空気を切って、ナイフに付いた血を払った。



「全て」

「かははっ、じゃあ何故生きてる」



人識くんは、胸ポケットにしまっていたサングラスをかけて

死にたいなら殺してやるぜ? と、胸にナイフを突き付けてきた。


チャキ と、右手に持った鋏を見る。



「…お兄ちゃん達がいるから」

「あ、そう」

「わたしを必要と、してる。…少なくとも 双識さんは」



制服の端っこを引っ張って、鋏に付いた拭った血を拭う。

鋏をポケットに仕舞い込んで、その代わりにサングラスを取り出した。



「俺も、必要としてるぜ。つい最近の今日この頃」

「…そうなんですか?初耳です」

「兄貴の飯は、あんま美味くないからな」

「ふふ、軋識さんのは最高に不味いですしね」



二人でニヤリと、ほくそ笑んだ。



「早く帰ろうぜ、服が血生臭ぇよ」

「お兄ちゃんに電話してお風呂を沸かしておいてもらいましょう」

「ああ、そうしといてくれ。それと、」

「…わ、…え?え?」

「貸しといてやんよ。」



ふわり、と自分の体を覆ったのは人識が着ていたコートで。


寒さを防ぐためなのか、制服に付いた血を隠すためなのか…


前者だったら良いなぁ…と、温もり残るコートに袖を通して人識の後を追った。





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突発短編 in 人舞








※微えろ 05.09.25



「ぁっ あっ!…っも…ぅっ」

「イく?」

「んっんぁっ…イ…っちゃ…っ」

「もう少し頑張れ」

「そ、…っなぁ!…あっ、…くぅ…っい、意地悪しないで!!」

「じゃあ早く」

「…ぇ?…っああぁっ、んっ」

「早くイかせて下さいって、言ってみ」

「…言えるわけな…あっぁっ!そこばっ、か…っひあっ!!い、言う!!からぁ!」

「うん、イイコ」





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前ぱち in 軋舞








06.08.07-06.10.10



スッ と手を差し出された。



「手」

「……て?」



軋識さんは生徒会のお仕事の帰り、わたしは図書委員会のお仕事の帰り。

偶然に偶然が重なった運命のような日。


手を差し出された舞織は、きょとん と首を傾げる。



「手、貸せっちゃ」

「え?」



まだ分からない風に眉を顰める舞織に、ああもう と軋識は強引に舞織の手を取った。

そのまま指を絡めて、すたすた と歩き出してしまう。



「わたし、汗かいてべっとりですよー?」

「ああ」

「…軋識さんもべっとりですねー」

「………嫌、っちゃか」

「まっさかー」



べたべた大好きっ と舞織は歩幅を半歩大きく出て軋識の隣へと並ぶ。

隣で小さく笑いを漏らす声が聞こえて、舞織も、うふふ と微笑んだ。


あちらこちらで蝉の鳴き声が聞こえて、それに混じってどこかの家の風鈴の音も聞こえる。



「夏ですねぇ…」

「ああ」

「引き継ぎ…いつなんですか?」

「来週だっちゃ」

「寂しいですね」

「ああ」



夏もちーかづく はーちじゅう…



「…もう夏だっちゃ」

「もー、人が折角歌ってるのにー」



じりじり と照り付ける太陽の下、人々は暑さと仕事に追われるように、せかせか と歩く。

ちらほら見える学生服の人々は、暑さにやられるように、だらだら と歩いていた。



「舞織」

「何ですかー?」

「……」

「軋識さん?」

「………悪かったっちゃな

「へ?」

「あ、アイスでも食っていくか?」

「え?ちょ、ちょっと軋識さん!?」



ぽつりと零したその言葉の意味は何だったんだろう。


するり と離されたその手に残る熱さを感じながら、舞織は、ぼうっ とその掌を見つめた。



「舞織ー!」

「…え、…あっ、はーい」



遠くから呼ばれ、舞織は、ハタ と顔を上げる。


手招きされるままにそこへ向かう途中

金網に巻き付く無数の朝顔が視界に入った。



ああ


朝顔の花言葉は

何だっただろうか…






朝顔は八月の誕生花、花言葉は『はかない恋』です。

舞織 一年生 図書委員 生徒
軋識 三年生 生徒会長 生徒
人識 一年生 図書委員 生徒





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06.03.12-06.06.18



『ピンポンパンポーン』

「あ、またですよ」

『会長ー!至急、大至急!戻ってきて下さぁーい!!』

「…これで、六回目」



広げた指の親指を折り曲げて、六 と。



「行かなくて良いんですか?会長サン」



前を向いていたその顔を横に向けて、後ろの人物へと目を合わせた。

舞織がカウントしていたその手に自分のソレを重ねて、軋識は微笑んだ。



「今日はお前だけを構うって決めたっちゃ」



ビュウオオォ と吹く風から、その声をなんとか聞き取って、舞織は声を大きくして返答を返す。



「この間の罪滅ぼしのつもりなら、そんな心配はいりませんよ。毎度の事です、怒ってないですよ」



そう言いながらも心の奥底で、行かないで と呟く自分に、舞織は立てた膝の間に顔を埋めた。


邪魔したくないのも、傍にいて欲しいのも、どちらもあるのだ、嘘じゃない。

そんな舞織の心を知ってか知らずか、後ろから、ギュウ と抱き締められた。



「舞織…俺は……」

『ピンポンパンポーン』

「ふふっ七回目」

『零崎舞織ー!今日はお前が当番だろうがー!大将とイチャついてんのは分かっ…ッ邪魔すんな!早く来い、アホウ!』

「……舞織…お前…」

「アホウだなんて酷い」



図書委員当番、B組の人識くんと同じなんです。

と舞織は笑った。



「…はぁ、行くか」

「ですね」



するりと解けた腕と同時に、去っていったその温かさに、舞織は一瞬だけ寂しげな表情を。

軋識は勿論ソレを見逃さない。



「必要とされてるって、結構大変ですね」



立ち上がって伸びをする舞織を見上げる。

屋上は隠れるには打って付けだが、まだ時季が早過ぎたようだ。


強風に揺らめく髪や制服、温かな太陽に細まる瞳。

軋識は焼き付けるようにソレを見つめて、自分も立ち上がった。



「舞織、見えてるっちゃ」

「えっ、嘘っ、や……っ」



影が、重なる。

ゆっくり離れて、舞織は頬を染め、悔しげに軋識を見つめた。



「…騙しましたね」

「いや、見えてたのは事実だっちゃ。何なら柄を言おうか?」

「結構です」



全く…油断も隙もない と舞織は階段を下りて、室内へと続くドアへと歩く。



「…舞織!」

「何ですか?」



ドアに掛けられた手が、動く前に止まる。

振り向くと、階段を使わず、軋識が、スタン と飛び降りてきた。



「っ危ないですよう」

「舞織」

「…だから、何ですか?」

「俺はお前が一番だっちゃ」



舞織は、何を言われたのか分からない と目を瞬かせ、それから意味を理解して顔を赤く染める。



「だから寂しい時は寂しいと言って良いし、傍にいて欲しいならどんな会議でもすっぽかしてやるっちゃ」

「…」

「それでお前を叱るヤツがいたら解任だ」

「横暴」

「それぐらい、大事だから」



ふっ と笑う舞織に対し、至極真面目な表情をする軋識に、舞織は居た堪れず顔を逸らす。



「重荷だとか、邪魔だなんて決めつけるな」

「…うん」

「我侭言ってくれた方が俺としては嬉しい」

「うん」



全部言い切ったのか 満足そうに息吐く軋識を見て、舞織は嬉しさに顔が綻ぶのを止められそうになかった。



「じゃあ、軋識さん。まず会議に出て、放課後一緒に帰りましょう」

「ああ」

「うちに遊びに来て下さい。今日親いなくて寂しいんです」

「あ、…ああ」

「お泊りもして下さい」

「…ああ」

「でもキケンビ近いんで、えっちはできないです」

「………」

「返事は?」

「…もう行こう。昼休みは長いようで短いっちゃ」



ガチャ とドアを開けて、階段を下りる。


後ろから、ねぇ、返事は? と可愛く強請る声にいつまで耐えられるか…

きっとあと二、三段が限度だ

と、軋識は残りの階段をゆっくりゆっくりと下りていった。






舞織 一年生 図書委員 生徒
軋識 三年生 生徒会長 生徒
人識 一年生 図書委員 生徒





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05.10.13-06.10.30



「きーししーきさーんっ」

「うん?」

「とりっくおあとりーと!」

「は?」

「だーかーらー…」

「trick or treat?」

「…え?」

「だから、trick or treat!」

「…あ、う…お菓子なんて持ってないです…」

「じゃあ大人しく悪戯されろっちゃ」

「ぎにゃー!」





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05.07.17〜08.18



「あ、出た」

「うおわあぁ!!!おおおおおい、殺虫剤どこっちゃ!!?早く持って来るっちゃ!!!」

「何するんですか?」

「ナニするっちゃよ!早く!!!」

「夏の季語なのに?ヤっちゃうんですか?」

「カンケー無いっちゃ!!は、早く!ヤツが、ヤツが隠れてしまうっちゃ!」

「今では懐かしいとか珍しいとかいう風に使われるんですよー」

「だから!?」

「もしかしたら絶滅の危機にさらされて天然記念物になってくれるかも」

「だから!!?」

「ウチで買って、天然記念物に認定された時に売れば…」

「………大儲け?」



「…ねぇ、あの二人、どう思う?」

「どうって?」

「…伊織ちゃんは物凄く可愛いよ」

「…で?」

「アスはただのバカだよね」

「かは、傑作!違いない!」





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05.06.25〜07.17



夏の夕暮れ。

そよそよと、揺らす。


髪を、スカートを、心を。



絡めた指は、温かい。



「きぃししきさん、軋識さん。お腰に付っけたぁ、キビ団子ぉ、一つぅ、わたしにくださいなぁ」

「キビ団子なんて持って無いっちゃ」

「ええぇっ?!いいですか軋識さん、お供を付けるならお礼がいるんです
 常識なんですお願いですから常識を知って下さい」

「…悪い」



常識なんだろうか、という疑問は呑み込んで。

前を見た。



「いいえぇ。でもお礼は貰いますよー」

「あげられるものにしてくれっちゃよ」

「この世に一つしかないんです、お金じゃ買えないんです、軋識さんしか持ってません」

「?何っちゃ?」

「きぃししきさん、軋識さん。零崎軋識、軋騎さん、貴方をわたしにくださいなぁ」

「…人身売買?」

「失礼な!」





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突発短編 in 軋舞








05.09.25



「上向いて下さい、うえー」

「うん?」

「ちゅー」

「…バカか」

「嬉しいくせにー」





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05.09.25



「…怒ってますか?」

「どう見える」

「喜んでるようには見えません」

「素直に謝れないっちゃか?」

「…ごめんなさい」

「はぁ…怒ってないと言ったら嘘になる…でももう良い。赦してやるっちゃ」

「本当?」

「ああ」

「…実はおにぎりも食べちゃった…」

「オイ!」





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05.07.10



「どうしても?」

「どうしても!」



攻防戦が続きます。



私と軋識さんは先ほどから手を握り合っています。

良い風に聞こえそうですが、実際は文字通り、ギリギリギリギリ…という音が聞こえてきそうな握り合いです。



「軋識さんはわたしの事を愛してないんですね!!?」

「…そんなこ…っ、って愛ィ!?…なっ、…あ…ッ!?」

「もう良いですもう良いです、所詮わたしなんて遊びだったんですねそうだったんですね、分かってました、
 相手にされてない事ぐらい分かってました、わたしは胸が無いし胸が無いし胸が無いし」

「胸が無いばっか…」

「煩いです人識くん」

「わたしはまだ高校生で子供だし、相手にされて無い事、ちゃんと分かってました!」

「あ、の、いや…ちが…」

「良いんです、わたしそれでも幸せだったんです、傍にいられるだけで幸せだったんです。
 でももうダメ、やっぱり良くない、辛いです」

「ちょ、舞織…話を…」

「聞きたくないです、貴方の口から、わたしの望む言葉が出ないのは分かりきっているんです、
 わたしはそれ以外何も聞きたくない!もう良いんです!…わたし…わたし…っ」

「…舞織ってば…話を…」

「わたし…っ、人識くんとお付き合いします!!!」

「ええええぇ!!?」

「俺を巻き込むなアアァ!!!」

「だって人識くんは軋識さんと違って優しいし強いし……
 えーと……とにかく軋識さんなんかよりよっぽどマシです!わたし、人識くんと付き合いますー!!」

「オイ、何だよその間は」

「それだけは勘弁してくれ!!ちょ、考え直すっちゃ!!」

「………イヤですー」

「あああそこくっつくなっちゃ!人識!舞織から離れるっちゃ!!」

「俺の意思じゃないんで、や、寧ろ助けて。コイツ、本気で抱き締めてるから、首、絞まってるから…は、早く」

「ああああ分かった!分かったっちゃ!舞織!言うから…言うから、とりあえず人識から離れるっちゃ!」

「……今ここで言って下さい、もう軋識さんなんて信じられないです…」

「ああああ言う!言うっちゃ!!だから…」

「「御託は良いから早くしろ」」

「あ、…あ、…愛……愛してる、…っちゃ」

「……ホントですか?」

「…ああ…」

「………っえへ…えへへー。…っもう、それならそうと早く言って下さいよう!
 わたし、危うく人識くんの唇奪っちゃうトコでしたよー」

「ええっ!!?」

「解決したのかな?」

「ハイ!もうバッチリです!」

「じゃあそろそろ人識を離してやってくれないかな?今にも川、渡っちゃいそうだからさ…」

「う、うなー!!ごごごごごめんなさい人識くん、ああ本当にごめんなさい!!」

「ゲホッゲホッ…兄貴ィ…」

「とんだとばっちりだったね、ご苦労様。何か作ってあげるから、リビングにおいで」

「…卵スープ飲みたい」

「はいはい」



「うふふー、わたしも愛してますよー、軋識さんっ」

「………」





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05.05.04



うぐ、ひっく…うえ…ぇ…っ



「何で…」

「!」

「泣いてるっちゃ」

「っ…うぅ…っ…軋識さ…っ」



部屋の隅っこで、蹲って、泣きじゃくっていたのは、舞織で



今日は全員外泊だからね、というレンの言葉に

はぁい、と微笑んでいたのに


ふとした気まぐれで帰ってきてみれば、愛しき妹が、涙やら鼻水やらを零して



寂しかったよう…



と言って、殴りかかってきた…。



殴られた頬は赤く腫れ、口内が切れて、出血して、とてもとても痛かったけれど

これが妹の寂しかった痛さなんだと深く深く反省した。





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祝・休・祭 in 軋舞








05.10.18 ミニスカートの日



フローリングの上を素足でペタペタと歩く音が近づいて、ガチャリとドアが開いた。



「おはようございますー」

「伊織ちゃん、お早う。…何だかすっごく寒そうだね」

「別にお出掛けはしないから大丈夫ですよー」



ニッコリ微笑んで、そのままソファに腰を下ろした。

向かいに座っている人識が新聞からチラリと視線をよこした。



「露出し過ぎだろソレは」

「そんな事ないですよう、これでも長いくらいです」



そう言って、摘むのすら苦労するようなひらミニスカートタイプのソレを持ち上げてみせる。

と、そこに双識が最後の皿を持ってやって来た。



「じゃあ朝ご飯にしようか」

「あれ、軋識さんは?」

「まだ寝てるみたいだね。昨日、遅くまで明かりが点いてたみたいだし…」

「大将なんか放っておいて食っちまおうぜー」

「…折角全員いるんだから皆で食べましょうよー」

「じゃあ、伊織ちゃん呼んできてくれるかな」

「はあい」



階段を上りつつ、舞織は昨日の事を思い出していた。



クラスの女の子が恥ずかしそうに言っていた。


『明日はミニスカートの日だから、穿いてヤろうなー、だって。ナニ考えてんだか、あのバカ…』


恥ずかしそうに…けれど、幸せそうに…



「きーししーきさんっ」



コンコン、とドアをノックする。

返事は無い。



「失礼しますよー」



別にえっちをしたいとか、そういうわけじゃない。

どんな反応するかな、なんてちょっと思っただけで。



「軋識さん、朝ですよー」



ベッドまで近づいて、布団を引っ掴んでガバリと剥いだ。

温まった体が急に外気の触れたせいか、軋識は寒そうに肌を震わせて、舞織を恨めしげに一瞥した。



「…舞織…お前は、鬼か…」

「失礼な!歴とした人間ですよう」

「じゃあお前に人間の情というものがあるならその布団を返して寝かせろっちゃ」

「一緒にご飯食べましょうよう」



ヒヤリ、と軋識の手に冷たい何かが当たった。


日の光に目を細めながらも、見遣ったその先には…



「!!!…っおま…っ何て恰好してるっちゃ!!」

「…え、どこか変ですか?」



ベッドに掛けた足が手に当たったのだろうか。

舞織はそんな事を頭の片隅で思いつつ、頬を染める軋識に小さく笑みを漏らした。



「どこがって…っだから…っ!」

「だから?」

「…だっ、から!スカートが短いって、言ってるっちゃ!!」



気付け阿呆ぅ!と息荒くして真っ赤になる軋識に、舞織は遂に堪え切れず吹き出した。



「あはははっ、軋識さん真っ赤っかー!」

「……!…お前、もしかしてワザと…!!」

「どんな反応するかなって、思っただけなんですけど…あは、真っ赤ー!」



ベッドに仰向けに寝転んでころころと笑う舞織に、軋識の顔は殊更赤を深くした。



「ったく、お前は、心臓に悪い事ばかりする…」

「あはははっ、はっ…あはははっ」

「……」



痛そうにお腹を擦って涙を拭う舞織に、軋識は愈々機嫌を悪くしたのか、

側にあった布団を引っ掴んで再び寝に入ってしまった。



「ありゃ、怒っちゃいました?」

「…飯は後で食うっちゃ、どうせレン達を待たせてるんだろ、もう下行けっちゃ」

「……あ、う……ご、ごめんなさい」

「良いから…下行け」



布団から聞こえてくるくぐもった声に感情は無い。



「……軋識さんの鬼」



泣きたくなるのをグッと堪えてぼそりと呟いた。



「誰が鬼だ、俺はちゃんとした人間だっちゃ」

「………じゃあ…軋識さんに人間の情というものがあるなら、その布団をどかして顔を見せてくれませんか?」



数秒の間。

それから、渋々といった表情で軋識が布団から顔を覗かせた。


舞織はホッと息を吐いて、そろりと四つん這いに軋識の上に跨った。



「…軋識さん、あの…ごめんなさ…ひゃおぅっ!?」



項垂れた舞織の謝罪は奇声によって遮られる。

突然に体を起こした軋識によって、舞織は引っ繰り返り、その上に軋識が覆い被さった。



「別に怒ってたわけじゃないっちゃ」

「だってさっき…」

「アレは…その…」



優しく頬を撫でている手と反対のソレが、露出された太腿へと這わされる。



「冷えてたから…もっと体を大事にしろって、思っただけっちゃ」

「軋識さん…」



触れられたところにじんわりと痺れるような熱さが広がっていく。


何だか、凄く胸が苦しくて、これが恋する乙女なんだなー、なんて、ぼんやり思ったら酷く可笑しかった。



「まだ眠そうですね」

「ん?ああ、寝たのが遅かったからな」

「運動して体温めましょうか」

「は?」

「軋識さんの眠気も覚めて一石二鳥ですよー」



訝しむ軋識と反対に、にっこり笑みを浮かべた舞織は一言、爆弾を落とした。



「ご奉仕しますよ」





~~~~~



「なぁ、先食って良い?」

「…そうだね、伊織ちゃんの分は残しておくとして」

「大将は今頃お食事中だろうしなあ」

「人識、下品だよ」

「はいはい」

「じゃあ…」

「「いただきます」」





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日記 in 僕友








06.07.25



手を伸ばすと届く距離にいたアイツは、いつだってそこにいた。

ただそこにいて、満面の笑みの下でぼろぼろと泣いていたんだ。


くすむようなあおいろの涙 まぶしいほどのあおいろの涙

僕を恨むような赤色の涙では なかった


僕の せい  なのに



僕は知っていた、彼女の求めていたものも、涙の理由も。

それでも愛という言葉で自分を直隠して逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて

助けを求めるその手を掴んでおいて、大事な言葉はいつだって笑顔の裏に隠して


それでも彼女は あおいろの涙を流して笑い続けた。

大好きだよと声を荒げて、両手を伸ばした。


そうして、

あおいろの透き通る声で僕に幸せだと告げて


そうして、

アイツは、目を逸らした一瞬に……



「いーいちゃんっ」

「……友、?」

「うに、よく寝てたね、疲れてたの?」

「友の膝枕が気持ち良過ぎただけだよ」

「にゃはは、それはそれはー」

「なぁ、友」



なぁ、友

嫌 なんだ、よ


お前が

その笑顔が

その声が

そのあおいろが


僕を責めない友を 僕が責めてしまう

友が守り続けている僕を 僕が壊そうとしているんだ



「……どうしたの?いーちゃん」

「…どうもしないよ、友…」



そう呼んで、縋るように蒼い蒼い髪に触れて、合図のように目を細めて

寂しさを叫びそうになるその口を、小さなソレに重ねて


ごくり

と、

友に飲み込ませた。



僕は 卑怯な まま、だ





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