壁を壊して、自分から

と意を決して下りてきてみて、舞織はリビングのドアの前で足を止めた。



「……?」



リビングのドアの向こうは、舞織の部屋よりも真っ暗色をしていた。

ディア マイ シスター

まず思ったのは、警告

認められていないわたしに 出ていけ というサイン

お前は歓迎されていない という、意思表明



次に思ったのは、電球切れ

でも人の気配がまるでしなくて、皆して電球を買いに行っただなんて、まず有り得ない…

この夜道、女の子ならばともかく、男三人で行く利点が分からない。

襲われる事も重い事も、ないだろうから。



となるとやはり前者なのだろうか…



「……っ…」



そんな思いが脳裏を過ぎれば、あっという間に涙腺が緩み出す。

じわじわ と溢れ出す涙を拭って、深く深く、深呼吸して。


今まで三人の前に作ってきた壁への報いだと


舞織は意を決してドアノブを掴んだ。




ガチャ




パンッ パンッ パパーンッッ!




「ひゃうっ!?」



突然聞こえた破裂音に、舞織は思わずしゃがみ込んだ。



パチッ、カチッ



パッパッ と二、三度点滅して辺りが一気に明るくなる。

舞織は、その急な眩しさにも、音にもついていけず、ただひたすらに顔を俯けていた。



「伊織ちゃん、お誕生日、おめで………って………アレ?い、伊織ちゃん…?」

「っ」



突然そんな大きな声がして、舞織はいよいよ体を小さく小さく縮込めた。

言葉の意味も、今の現状も、理解するだけの冷静さを、舞織は失っていた。



「い、伊織ちゃん??」

「…あん?…ンだよ、主役が何でそんなトコで蹲ってんだよ」

「…俺は人識がいけないと思うっちゃ」

「はぁ?!誕生日を驚かせようなんてよくある事じゃねぇか」

「……っ……」



ぎゃあぎゃあ と騒ぎ出す声が、遠く遠く聞こえた。


未だに耳は、先程の破裂音が響いている。

それに混じって、昨晩の言葉も、響いてきた。


わたしは


歓迎されていない

認められていない

嫌われて いる ?



「っ、伊織ちゃん!驚かせ…」



ぱた ぱたた と床に雫が零れた。



「…っ………ごめ…なさ… …わたし…、うぇ…っ」



ぺたり と遂には腰を下ろし、舞織は、ボロボロ と涙を零した。



「…い、伊織ちゃん…そんなに誕生日を祝われるのが嫌だったのかい!?」

「…ち、が…………………………………………………………え……?」



申し訳なさそうに眉を下げる双識を、思い切り見つめる。

ぱちぱち と瞬きを数回繰り返せば、その際、また涙が頬を伝った。



「…立てるかい?」



そんな舞織の頬に、ソッ と掌が触れる。

細くて長い指が涙の跡を辿り、それから双識は優しく微笑んだ。


舞織は支えられながら立ち上がり、よろよろと引き摺られるままに歩いた。



「………」



テーブルから落ちんばかりに、料理が並べられていて、舞織は思わず立ち竦んだ。


真ん中に置かれた、『ハッピィバースディ ディア マイ シスター 舞織』の言葉にも、すぐに気が付いた。



「今日が誕生日だよね、伊織ちゃん。…私達は出会ってまだ日が浅いから、打ち溶ける良い機会だと思って誕生日会を開こうと思ったんだ」

「フツーにやれば良いモノを、人識が驚かせようだなんて言うっちゃから」

「…っ、でも……だって!、昨日は…やらないって…」

「アレは驚かせるための嘘だっつの。お前が覗いてるのなんてバレバレなんだよ」



敵を騙すにはまず味方から これは基本中の基本だろ?

と、人識は意地悪そうに笑って、盛られたフルーツポンチの一番上のさくらんぼを手に取った。



「……い、伊織ちゃ…」

「三人とも」



突如としてぶるぶると震え出した舞織の拳に目をやってから、双識は舞織の背へ、恐る恐る声と掛けた。

が、途中で遮られ、代わりに低くて絶対的な声が静かに響いた。



「そこに、座って」



舞織は三人に背を向けたまま、スッ と床を指差した。



「…?何だよ、良いから早く食」

「……」

「わぁったよ、わぁった。ったく…何なんだよ」



あーあー、やってられねぇ とすっかり拗ねてしまった人識は、荒々しい音を立てて床に座り込んだ。

その隣に軋識が、後ろに双識が膝立ちをして、顔なんて見えないだろうに、おろおろ と舞織の様子を伺っていた。



「座った?」

「ああ?ンなモン、見りゃ、分かん…」

「人識!!…座ったよ伊織ちゃん…これからどうしたら…良いのかな?」



そりゃ勿論、土下座 じゃないだろうか

軋識は静かに息を吐いた。



と、突然、舞織が突っ込んできた。



「ッ!…ってぇ!!」

「げほっげほっ」

「い、伊織ちゃ…」

「……っっばか!!!」



大きな声が、響く

人識は煩そうに、眉を顰めた。



「バカバカバカバカバカ!!!!」

「……!もしかして…泣いてんのか…?」



感動で?驚きで?怒りで?

どれだよ、うん?


と、先程と一変して楽しそうに聞く人識の肩に、舞織は、ガツリ と頭突きをかます。



「っ!!…て…」

「ッバカアアアアアァ!…っうえええぇぇ……ん!」



軋識の服の端を、ギュウ と掴んで、顔を人識の肩に埋めて

ばか と繰り返す舞織の頭に、ソッ と温かな感触。


その手は、二つ、三つと増えた。


形も大きさ温もりも、撫でるその仕草さえもまるで違うのに、なぜかどれも同じモノが伝わってくるようで

舞織は、小さく笑いながら、ばか と言い続けた。




零崎になって間もない頃のお話という設定で書いてみました。
舞織んの心情的には、他人の家に住んでいるような…友人の家にお泊まり気分で落ち着かないような居心地の悪いような感じですかね。
舞織んならすぐに打ち溶けそうですけどね!むしろ周りが落ち着かない笑


お誕生日おめでとうー。