「軋識さんでも風邪を引くんですね」



ポツリ と舞織が漏らした言葉に



「え?」



軋識本人が驚いていた。

風邪

「38.9度、ホントに熱があるねぇ」



珍しい事もあるんだねぇ と双識は楽しそうに笑った。



「俺は別に熱なんか…」

「後でおかゆでも持って行ってあげるから大人しく寝てると良い」



双識の有無を言わさぬ迫力にたじろいだ隙を逃さず、舞織と人識が軋識を部屋へ部屋へと押して行く。





「というわけでお休み下さい、軋識さん」

「しっかり寝ろよな、大将」



舞織がニコリと微笑んで

人識がニヤリと皮肉って


バタンッ と無情にもドアが閉められた。



待っての「ま」の字も言わせてもらえず、伸ばした手が行き場を失って、ゆっくりゆっくり下ろされた。



「…………っちゃ」



とりあえず、寂しいらしい自分に、可愛ささえも溢れ出る。










コンコン…


小さなノックの音が聞こえた気がしたが、全てが億劫で全てが麻痺していて、どうにもこうにもならない。


双識が顔を覗かせて、軋識と目が合うと小さく微笑んで中へと入った。

その手にはお盆、その上に鍋が熱そうに湯気を上げていた。



「アス、食欲はあるかい?」

「……な、い…っちゃ」

「じゃあ、ここに、薬とお粥、置いておくね。お腹減ったら食べると良い」



そう言って双識が微笑んでいるのがぼんやりと頭に浮かんだ。

そして、また意識は暗闇へと沈んだ。










次に目覚めたのはいつだったか。


額に冷たさを覚えて、意識が浮上してくる。

うっすら目を開けると、人識が、ニヤリ とした笑みを浮かべて、俺を覗き込んでいた。



「寝込みを襲うのは反則だっちゃ」

「……」

「…そこは突っ込むトコだっちゃ」

「ああ、なんだ。本気だったらどうしようかと思ったぜ」

「…で、何してる」

「苦しい大将へ優しい俺からの嬉しいプレゼント」

「だからなに」

「冷えピタ」

「……」

「熱が下がってないらしいから。兄貴から貰ってきた」



人識の冷たい掌が ―…俺の頬が熱いだけかもしれないけど― 頬に触れて、気持ちよくて目を閉じると、すぐにまた眠る事ができた。










次に目覚めたのは、夜だった。



「…何してるっちゃ」

「ひゃおぅっ!!!…おっ、驚かせないで下さいよう」

「…驚いたのはこっちだっちゃ」

「おかゆ、冷めたから温め直してきたんです。食べれそうですか?」

「少し…」



暗がりに、ポツリ と佇んでいたのは舞織で、その手にはお盆が一つ持たれていた。

そのお盆には、お粥の入った小さな鍋と薬と麦茶入りのコップとレンゲと小さなお椀が乗せてあって

ふらふら

ふらふら

と歩いて、なんとかテーブルにソレを置いた。


コップの中の麦茶が零れて床にシミが出来たのは見なかった事にする。

舞織が、あちゃー という顔をしていたのも、この際だから見ない事にした。



「今日は特別サービスしますねー、あーんして下さい!あーん!!」

「…や、流石にそれは…」

「あーんですよ!軋識さん!口に突っ込まれたくなければあーんして下さい!」

「…」



ふーっ、ふーっ と蓮華に掬われたお粥を冷まして、俺の口に運ぶ。



「美味しいですか?」

「…」

「照れてますかー?珍しい続きでわたしは嬉しいですー。うふふー」

「そう言えば、どうして熱があるって、分かったっちゃ?」

「わたしのお兄ちゃんですから」



それ以外にどんな理由があると? と言われては、返す言葉もなく、そうか… と無理矢理自分を納得させた。



そしてまた舞織は、ニコニコ と微笑んで、はい とお粥を差し出した。

塩と卵の入った温かいお粥は何とも美味しくて、まぁ、良いか… という温かい気持ちになった。





そのうち、双識と人識が入ってきて、

具合はどうだ とか、私にもおかゆを「あーん」して欲しい とか ―…これはレンだけど…― 騒がしくなって。


このままじゃきっと明日になっても熱は下がらないだろう、なんて思ったけれど。



家族の温かさに、零崎の血に、感謝した。



風邪を引くのも、悪くない。