トナカイ

午後三時四十分、ぴったり。

遠くで学校のチャイムが鳴る音が聞こえる頃に、彼はやってきた。



「あ、早蕨のおにーさーん!」



長い袖をぶんぶんと振るわたしに目を合わせようともせず、彼は俯いたままこちらへ歩みを進めてくる。

それはただ寒いだけなのか、わたしには関係ないとやらの思考を繰り広げているのか分からないけれど。



「待たせた」

「いーえー、わたしも今きたばっかりですよう」



わたしの前でぴたりと止まったかと思うと、ぽつりとそれだけ呟かれた。

首を振って笑みを浮かべれば、切れ長の目がこちらを見遣った。

もう条件反射のようにしてドキリとしてしまうのは、やはり一番最初に目を奪われた箇所だからなのか。



「お疲れのところ呼び出しちゃってごめんなさい」

「構わん」

「用事とかあったんじゃないですか?」

「………………」

「弟さんや妹さんとかと一緒に帰ったりとか…」

「問題ない」

「そうですかー」



別に、用事よりもわたしを優先してくれたーなんて言葉がほしいわけじゃない。

と言ったらウソになるけれど…もし、そんなこと言われたらきっとこの人は刃渡さんじゃなくて刃渡さんに変身した薙真さんに違いない。


だだっぴろい公園に、寒々しく二人。

ぴゅうと吹く風に身をちぢ込めれば、向かいの彼も寒いのか首に巻いたマフラーに顔を埋めた。


その仕草は、大人っぽい彼には不相応な幼い行動で、思わず胸の奥できゅんと音がした。

思わず手を伸ばしてみる。



「…い、いやだったら良いですけど…」

「構わん」



手袋越しに触れているはずなのに、熱くなっていくようなその手はそっと握り締められる。

嬉しいはずなのにもどかしくなって、意味もなく口がゆるんでしまう。

じっとしているのも耐えがたくて、手をぶんぶんと動かせば刃渡さんはされるがままに動かされていた。



「…行くぞ」



しばらく言葉もなく二人で手を繋いでいたが、不意に刃渡さんが歩き出した。

わたしはそれに引っ張られるようにして、あとをついていく。



「へ?どこにですかー?」

「貴様が言ったんだろう」

「……行ってくれるんですか?」

「行かないとは言っていないだろう」

「うわーいっ早く行きましょ〜っ」

「………………」



元旦。

日付の変わる頃は、メールの送受信が困難になる。

その日の郵便物の配達時間は何だか得別にドキドキする。



日付の変わった頃、今日空いてますかとメールを送った。

刃渡さんは殆どは返事をよこさない、返ってきても一言だけの短いものだったりする。会った際に突然ぽつりと返されたりすることもある。


その日は送ったすぐ後に構わんと戻ってきたため、じゃあいつものところで待ってますと返しておいた。

それに返事はなかったけれど、やっぱりちょっと、来てくれるかなと不安でもあったけれど。



「近くの神社はですねー、屋台も出るみたいなんですよー」

「………………」

「おみくじもしましょうねー」

「………………」

「ふふ、今年も宜しくお願いしますね」

「ああ」



待っていた間の寒さも寂しさも心細さもどこかへ飛んで行ってしまった。

今はただただ幸せで。




公園の草むらの陰では、早蕨の下のお兄ちゃん大好きズと、零崎の伊織ちゃん大好きズが忍んでました。