ガタンガタン、ゴトン、ガタンゴトン


揺れる、揺れる。

右へ左へ、足元を揺すられながら、電車はどこまでも続く線路をひた走る。


体を持っていかれないようにと掴んでいた金属パイプはすっかり温くなっている。

手を離し、ぼうっと焦点の合わない瞳でその掌を見つめた。


ぬるぬる…鉄くさい、と伊織は眉を顰める。



「伊織ちゃん、掴まってないと危ないよ」



頭の上から声がする。

落としていた視線を上げていく、黒いスーツを革靴からなぞるように顔を上げる。

上げてあげて、首を逸らして見上げると、眼鏡の奥の赤い瞳とかち合った。

赤が細まり、口元がつり上がる。



「雨、降ってきちゃいましたね」

「ん?そうだね、いやだねえ」

「ねー」



赤い瞳が伊織の言葉に、電車の窓へと移った。


電車の窓に雨粒がついて、放物線を描いた。

もう一粒、もう一粒…数え切れないほどの水滴が窓を濡らしていく。


ザクリ


伊織は、目を瞬いた。…なんだ、いまのは。



「どうしたの、伊織ちゃん」

「あ、いえ…?……何でもないです」

「そうかい?」



心臓を貫くような痛みが一瞬したような気がして、誰かどこぞの刺客にでも撃たれたのだろうかと胸に手を当てた。

その動作に赤い瞳が動いて、伊織を見下ろした。


心臓はどうともなっていないし、一瞬の痛みは文字通り一瞬に消えていってしまっていた。


伊織は首を傾げてから、顔を上げる。



「お兄ちゃん」

「何だい?」



ガタン!



電車が大きく揺れて、小さな伊織の体が一瞬宙に浮いた。



「うなっ」



次の瞬間ボスンと顔から突っ込んだのは、赤い瞳の兄の胸 ―のスーツのネクタイ辺り…タイピンしてなくて良かった― だった。



「大丈夫かい?」

「すみません」

「うふふ、だから危ないって言っただろう?」

「だって手がぬるぬる鉄くさくて嫌なんですよう」

「……ふむ、じゃあ…」



兄の腕の中、肩と腰に回っていた、細くて長い手が離されて ―またドスリ、と心臓に何かが突き刺さった― その手が伊織の手を握り締めた。



「こうしていようか」



にっこりと赤い瞳が和らいで、温かい体の熱が手に集まって。


ザクリザクリ、ザクリと心臓に何かが抜き差しされ続け出した、痛い痛い痛い痛い、苦しい。



痛くて痛くて、熱い手は火傷をしてしまいそうに痛くて、それでも離せない、放さないわたしは…――――