人識、私はね

好きな人のためだったら、死すら厭わない覚悟ぐらい…持ち合わせているんだよ。

SADIST -零崎双識の場合-

「何だ、そりゃあ」

「理由はないよ」

「お兄ちゃあん」



ばふん と横から飛び付いて来た舞織を、双識はいとも簡単に受け止めてみせた。

双識の腰に腕を回して、膝の上に頭を落ち着かせてしまった舞織はさて置いて、人識は双識を見遣る。


双識は、慈しんだ瞳で舞織の髪を撫ぜていた。



「兄貴、俺は兄貴の言わんとする事が1パーも理解できない」

「おかしいね、私の弟の割りに頭の回転が悪いじゃないか」

「俺だけ出来損ないなモンでね…その出来損ないの俺にも分かるように説明してくれよ」

「なになに、何のお話ですか?」



興味津津に瞳を輝かせ、舞織は、むくり と上体を起こした。



「伊織ちゃんは、好きな人が死んでしまったら、どうする?」

「どうって…どうもしないですよ」



舞織のその返答に、ホッ と息を漏らした自分に、双識は一人小さく首を傾げた。

舞織が後追いをしないと言い切ってくれた事に、心の奥底から安心しているらしい。



「人識くんは後追い派なんですか?」

「いや、そうじゃねぇけどさ…」

「自分まで死んでしまったら、誰がその人を思い出してあげるんですか」



ねー と双識を見上げ同意を求める舞織に、双識は苦笑いを返す事しかできなかった。

双識は、舞織のいう後追い派だったので…



「別にソイツには他にも知り合いがいるだろ。それだったらお前以外のヤツもソイツの事を思い出すだろう」

「自分との思い出は自分だけの物です。誰かに語ったところでソレは想像して思い描くしかないですから」

「うーん…まぁ、そう言われるとそうだなあ」

「でしょ?だからお兄ちゃんはわたしが死んでも死なないで」

「え?」



突然話を振られて、双識は反応に遅れる。

けれど反応に遅れたのは振ってきた話の内容のせいでもあった。



「……あー、ヤベー。俺明日早いんだー。もう寝るわー」



これから始まる事に人識は眉を顰めて、首を振った。

やってられないと、某読みに言葉を吐いて、人識はその場を後にした。


舞織が双識に詰め寄る。



「死なないで って言ったんですけど…聞こえました?」

「…あ、ああ。勿論、聞こえたよ」

「ソレに対しての返答は?」

「嫌だよ」

「どうしてですか」



即答で首を振った双識に、舞織は不満そうに眉を寄せた。



「一人でなんか逝かせない」

「…じゃあ、わたしの事は誰が思い出してくれるんですか?」

「人識やアスがいる」

「お兄ちゃんとの思い出はお兄ちゃんのものでしかないのに!」



ふ と舞織の唇が、双識のソレへと重なる。

イヤ、ぶつかったといった方が正しいかも知れない。


じわり と口内に鉄臭い味が広がる。



「こうしてキスした思い出は、お兄ちゃんだけのものなのに!」

「そうだね」



淡々と返答する双識に、舞織はむきになって声を荒げた。



「デートだって手を繋いだ事だってちゅーだってえっちだって…っお兄ちゃんと共有した日のわたしは、いなくなっても良いって言うんですか?」

「君がいない日々は私には耐えられない」

「やだもん…」

「伊織ちゃん」



ぼろっ と涙が零れた。



「わたしの事、思い出して欲しい…よ…っうぅ…っ」

「ごめんね。これは例え伊織ちゃんであっても譲れない。君を一人にさせたくないんだよ」

「わたしのせいにする気ですか?!」

「そうかも知れないね」

「……ッお兄ちゃんのばか!わたしもお兄ちゃんが死んだら死んでやるう!」

「それはダメ」

「…どうして」

「死ぬのは私一人で充分だ」

「意味分かんないですよう」



ぐず と鼻を啜り涙を拭い、舞織は、苦しげに息を吐いた。

双識の手が舞織の赤まった頬に添えられる。



「分からなくて良いよ。だから死なないで」

「…お兄ちゃんの自己ちゅー」

「うん」

「分からずやー」

「そうだね」

「意地っ張りー」

「尤もだ」

「頑固者ー」

「その通りだね」



涙を滲ませたまま、ぷぅ と頬を膨らます舞織が可笑しくて、そっ と抱き締めてやる。



「こっ、子供扱いしないで下さい!」



手を突っ張って体を離される。



「違う。女の子扱いだよ」

「――――ッッもう…っお兄ちゃんてたまに物凄く意地悪ですよね」

「そう?」



そう言われるとそう思えてくるから人間は不思議だ。



「伊織ちゃんを虐めるの、楽しくって」

「…Sなんですか?」

「そうだね。私のイニシャルは、S.ZだからSだね」

「そうじゃなくって!」

「じゃあ伊織ちゃんは、M.ZだからMだね」

「どうしてこういう時ばっかりそっちの名前を持ち出すんですかあ!」



そうだね、私はサディストなのかも知れない。



だったら、サドはサドらしく、マゾを虐めてあげるのが筋ってモンだと思わないかい?



「ッ思いません…っ」