このお話はトキこと、零崎曲識がメインのような曲舞話になる予定です。
トキはまだ原作にすら出ていない子なので、勿論ここより先に出てくるトキは捏造のみのものとなります。
ですのでソレを踏まえて 原作にトキが出てきた時に苦情を言わない方のみの閲覧でお願いします。

どんと恋な方のみスクロールでどうぞ〜。





トキさん、もとい曲識さんが家にやってきて、二週間が経った。

わたしはあの衝撃的な出会い以来、彼に一度も会っていない。

確固たるその意思の名の元に

そうして二週間目の朝。

現在、午前三時を過ぎたところ。


舞織は四方八方に跳ねる髪を、くしゃ と掻き揚げて、小さく欠伸を零した。

その欠伸と共に、ふわ と白い吐息が部屋に現れ、そして消えていく。



「…うう、どうしよう」



眠る間際まで付けておいた暖房のせいで、部屋は乾燥し切っており、喉は潤いを求めていた。


けれど寒い、あまりにも寒い。

薄暗い三時過ぎ、吐く息白く、空気は乾燥している上、肌を刺すように痛い。


布団から出たくない思いと、喉が渇いた気持ちの間で、舞織はベッドの中でさんざ唸った挙句、

もそもそとベッドから這い出る事にした。



「さ、むい…」



冷えてしまった部屋に、舞織は震えた声を上げた。

同じく震えたその手で、暖房機とカーペットのスイッチを入れる。


戻ってきた時に温かくなってますようにと無理なお願いをして、部屋の鍵を開けた。



そう、舞織の部屋には鍵が付けられている。

これを使用するのは、長期に渡って家を留守にする時や見られたくないものが部屋にある時ぐらいだ。


だが、曲識がきた日から、三人の兄に鍵を付ける事を義務付けられてしまった。

理由は教えてもらえない上、たった一つの鍵じゃ不安だと軋識に呟かれた事で、舞織は悶々とした日々を余儀なくされた。



「…うう、廊下はもっと寒いですか…」



ドアを開け、フローリングに爪先を触れさせ…ぞわぞわ と鳥肌が立ってしまった。

けれど一度体を起こしたからには、何が何でも喉を潤わさねば と意を決して舞織は部屋を出る。


寝静まった兄達を起こさぬよう、舞織は気配を、呼吸を殺して廊下を歩く。



曲識が家に来てからというものの、何となく家の雰囲気は変わってしまった。

居心地が悪くなったというか、空気が重くなったというか。


曲識に、あの日以来、何かされたわけではない。

むしろ、昼夜問わずに部屋からは一歩も出てこない、何をしてるのかと問うても兄達は肩を竦めるばかり。

食事時にも顔を出さず、呼んだ方が良いのか、持って行くべきかと訊ねれば兄達に猛反対された。


結局謎のままなのだ、あの日の事も、彼の事も。

そんな謎の存在が家の中にいる事は、確かに不気味ではあるものの、零崎の人ならば舞織にとってもあの人は家族。

仲良くしたいと思うのは、至極当然の思いだった。



階段を下りたところで、舞織は歩みを止めた。

リビングのドアが半分開いているのだ。



「これはちょっと、怖い…ですね」



そのドアノブを掴んだら、開いた隙間から手が出てきて腕を掴まれるだとか、その隙間から誰かが覗いてるだとか。


お兄ちゃんに言えば、ホラーの見過ぎだよと笑われるだろうし、

軋識さんに言えば、きっと顔面蒼白、ドアの開け閉めに煩くなる事間違いない。

人識くんに言えば、更に怖い話を聞かされそうだ。


頭にそれを浮かべて、小さく笑う。

舞織は幾分気持ちが落ち着いていくのを感じながら、曲識さんならどんな反応を返すのだろうと思い巡らせた。


彼の事を知りたい。

無粋な興味本位だけれど。


ドアを開けて、手探りで壁に手を這わす。

パチ と音をさせて、薄暗いリビングが、パッと明るくなった。



「あー、これは軋識さんですねぇ…」



テーブルの上に空かれた缶ビール五本、凹んでるものや倒れてるもの、積み上げられているものが置いてあった。

寒い空気に酒臭さは残っていないが、舞織は、やれやれ と肩を竦めた。



「ま、わたしが片付けなくても良いですよね」



二日酔いに頭を痛めながら、きっと昼過ぎには二階から下りてくるだろう。

双識にどやされ、人識にからかわれながら、軋識は片付けをするのだ。



「毎度毎度、懲りないですよねぇ」



冷蔵庫を開けて、中を見回して、麦茶を手に取った。

寒い時に冷たい飲み物は、お腹によく無い気はするが、その冷たさで眠気や思考は冴え渡る。


折角早くに起きたのだ、今日の授業の予習でもしておいてやろうと舞織は目論んでいた。



「とりあえず数学から手をつけましょうか」



そうと決まれば話は早い。

コップ一杯、一気に飲み干した。

部屋は温められているし、頭を冴えてきた。


上機嫌に歌を口ずさみながら、舞織はリビングの電気を消して廊下に出た。


今はこの冷たささえ、心地よい。


階段の手摺りに掴まるその前までは、何もかもがいつになく良い雰囲気を醸し出していたのに。



「…………………っ――――っ」



ゾクゾクゾクッ と。

嫌な予感に背筋を震わせた。


やはりあそこで睡魔に負けておくべきだったんだ と舞織は深く後悔した。


背中が凍るように冷たい冷気を受けている。

ああ、何だろう…振り返りたくないけど、振り返らないとよくない気もする。


またしても迫られた究極の二択に、舞織は好奇心が打ち負けていくのを感じた。



そろりそろりと顔を後ろに向けて、笑顔が段々と引き攣っていく。



「お、はよう、ございます」



それもそうだ、相手は無表情、へらへら笑っているのも何だかだらしがないというものだ。



「曲識、さん…」



とりあえず、そういう事にしておいて下さい。