自分を見つめる萌太くんの目が、見たこともないような色をしていた。



「僕が…姫姉のこと、好きだって言ったら…姫姉はどうしますか?」



分からない…


どうするだろうか。

嫌だろうか、怖いだろうか、悲しいだろうか、それとも…嬉しいだろうか…


分からない

自分のことなのに、自分の気持ちなのに、私自身が何を言いたいのか、ちっとも分からない…


考えても、考えても


答えは見つからない



「姫姉、あなたは、僕を、どう思っていますか?」



どう思っているのだろう。

好きだと思う、綺麗だと思う、弟のような、友達のような…それとも兄のような…


どんな風に好きなんだろう、萌太くんが笑ってくれると姫ちゃんも嬉しくて笑いたくなる、伏せた瞳は悔しいぐらい綺麗だと思う。


私を見つめるその眼は、怖いぐらいに真っ直ぐで、綺麗で、ドキドキした、ゾクゾクした。



この気持ちは…

恐怖の本に蓋をして

その日一日は気付いたら終わっていた、ずきりとした痛みに鏡を見てみれば額と膝が赤くなっていた。

ししょーに聞いたら自分でぶつかっていったよね、と言われた。

記憶にない傷だった。それから物凄くお腹が空いていて、無性に声を出したい気がして、ししょーの部屋でご飯御馳走になった、お礼は最近テレビで聞いた歌。

歌詞は知らないから適当に、ししょーは厳しくてー、それでもご飯くれる優しい人ー、なんて改変したら、ししょーは無表情のまま、そっと髪を撫でてくれた。


物の少ない部屋を掃除してみたくなって、あれやこれやと散らかしていたら次の日もあっという間に終わってしまった。

次の日も次の日も、暇を持て余した私は朝から晩までししょーの部屋に入り浸って構ってもらっていた。

それでも一日は短い、一日は、永い。

何とも平坦で、何とも遅い。



その日も、朝早くからししょーの部屋へ突撃する予定で、部屋を出た。


階段を上る、カンカンギシギシいう階段を踏み締めていると、上からも、カンカン、ギシ、という音が聞こえてきた。

登りきった踊り場、音につられて門の向こうへ顔を覗かせると――



「うぶっ」

「……姫姉?」



ひめねえ

たったその四文字に、心臓が爆発するかと思うほど、飛び上がった。

向かい、一姫がぶつかったのは上の階に住む萌太だった。バイトなのだろう、いつものつなぎを着て、煙草を指に挟んでいる。


普段なら言える、歩き煙草は危ないですよ は喉の奥に飲み込まれていった。

その瞳が、揺れる。

一瞬切なく揺れたような瞳と、ぶつかった。



「っ」



こんな感情知らない、こんな激情はいらない。



「大丈夫ですか?姫姉、どこかぶつけ…」

「…っ!」



伸びてくる手を拒むようにして避けて、萌太の脇を擦り抜けて、走り抜ける。

後ろからは何も聞こえない、姫姉と呼ぶ声も、追う足音も。


それでももつれる足を前に出して、ノブに縋りついてドアを開けた。



「は、はあ、はあ」

「…姫ちゃん、人の家に入る時はノックぐらい……どうしたの?」

「は、は…ししょ………ししょ、お…」



こわいこわいこわいこわい

分からないことは怖い、知らないことは怖い、怖いことは嫌だ。



「ししょお…」



知ることが…怖い…