じーわじーわ じわじわじわわわわあ



「何ででしょうね」

「あん?」



まとわりつくような暑さは、この時本日の最高気温を記録していた。

シャツ一枚の自分でさえ汗が滴るように流れるというのに、前を歩く少女は長袖のセーラー服に身を包んでいた。



「セミって何でこんなに煩いんでしょう」

「さあな」



涼しげな横顔がこちらを見やり、少し不貞腐れたような表情に変わる。

普段なら機嫌取りの一つでもしてやるところだが、こう暑くては余所にまで気を回すだけの力が出ないというもの。


少女、伊織は特に怒っていたわけではないのだろう、不貞腐れた顔をすぐに変えて、何でかなあ、と前を向いた。



「二週間って短いですよね」

「感じ方は人それぞれだっちゃ」

「そうですかあ?全国おいしいもの巡りは二週間でできるでしょうか」

「知らん」



恐らくは無理だろう、一軒一軒、ものすごいスピードで回ったとして、満腹感は待ってはくれない。

途中で腹痛起こしてダウンしてしまうのではないか。


知らんの一言で片づけたそのあとに、そんなことを考えた。



「可愛い服を買って美味しいものを食べて沢山遊んで…読み終わってない本とかクリアしてないゲームとか、来月発売のプリンとか…」

「死ぬ間際なのに、自分のことばっかりだっちゃな」

「死ぬのは自分ですから」



まあ、そうだけれど。

家族に孝行するとか、感謝するとか、ないのか。



「必要無いでしょう」

「!!!人の心が読めるっちゃか!?」

「は?何言っちゃってんですか?大丈夫ですか?熱中症ですかそれともボケですかどっちにしても勘弁して下さいよ」

「……」

「わたしはただ、頭の中で考えたことを口で否定しただけです」

「頭の中で否定しろっちゃ」

「わたしがどこでどう生きようが自由!」

「ああもう!」



どうして自分は今日に限って買い物を頼まれてしまったんだろう、それをどうして素直にホイホイと受け、重たらしい袋三つも提げているんだ。

そしてどうして…終業式の彼女とはち合わせてしまったのか。



「はあ」

「溜息はこっちがつきたいっちゃ」

「声出したらくらくらしてきちゃいました、今日は一言も喋らずに家に帰ろうと思ったのに」

「俺のせいか!?」

「そうですね」



さらりと肯定された。

伊織はまたもこちらを振り返り、今度は寄ってきた。



「な、なんだっちゃ」

「おかしてください」

「は!!?」

「嘘です、かしてください」

「え!?は!?ちょ、…!?」



不穏な言葉が聞こえたかと思えば、長い袖から色の違う手がにゅっと伸び、帽子を奪い取っていった。

濡れた髪が空気に曝されて一瞬涼しく、それから太陽によってじりりと焦げ出す。


彷徨った視線を前に動かせば、うわ、ちょっと湿ってる…なんてしかめっ面が目に入る。

じゃあ返せ、と言葉を発する前に、帽子が小さな頭を飲み込んだ。



「いやらしいほど濡れてますが、我慢してあげます」

「じゃあ返せっちゃ」

「はー、お腹すいた」

「無視ですか!?」



年上の威厳は、思わず素を出さずにはいられないほどに皆無だった。



「軋識さんは、どうしますか」

「あー?」

「あ、そんなお座成りではいけません!いけませんねー、だらしないですねー」

「……」

「それで…二週間あったらどうしますか」



そもそも、地上に出られるのが二週間というだけで、土の中でも生きてるわけで実際はもっと長いわけで。


でも家の中にこもっていて、それで外に出た時の解放感は…とてつもないものがあるかもしれない。

嬉しさにガンガン鳴きたくなるかもしれない、普段の自分からは想像もできない行動をとってしまうかもしれない。



「俺ァ……」



振り返った伊織は、真っ直ぐな瞳をこちらに向けている。

不貞腐れているでもない、涼しい表情でもない、いつもの飄々としたものでも、おちゃらけたものでもない。


帽子に陰った瞳で、じいっと、痛いほどに視線を向ける。



ああ

夏の暑さにでもやられたような、太陽を直視してしまったような、そんな気分だ。

くらくらして、右も左もわからない。


安定を求めるように、手が動く。



「笑って最期を迎えられるんなら、何でもいいっちゃ」



そうして人の体温が移ったその手を引っ込めて、袋を左右に分散させる。


頬を伝う汗は、どうにもこうにも塩分が多い。

しょっぱ…と呟けば、伊織の顔が一気に沸騰した。


鼻で笑って、今度は自分が先頭に歩き始める。

後ろからついてるのを感じながら、頭を焼く太陽に目を細めた。



「………やっぱり、必要ありません」

「何か言ったっちゃかー?」

「軋識さんなんかには教えません!」



べえと舌を突き出す伊織は、意外にも笑っていた。