一日目、早朝。


舞織は、パチ と目を開けて、バサ と布団を蹴り飛ばして起きた。


タイムリミットはあと一日しかない。

教えてティーチャー

カタカタカタカタカタ…


画面を見遣ったまま、軋識は誰かに操られているかの如く、キーボードを打ち続けている。


そんな様子を、舞織は開いたドアの隙間から眺めていた。

昨晩の事…教えてもらう身でありながらの無礼な発言を、一言詫びようと、やってきたは良いものの何と謝ったらよいのか…

舞織は途方に暮れていた。


自分のために時間を裂いて教えてくれようしたその好意を、茶化すように踏み躙ってしまった。

許してもらえるだろうか…


もし嫌われでもしたら…

そう考えてはじわりと浮かぶ涙を必死で拭ってきた。


けれど今は両手が塞がっていてソレも叶わない。

手に持ったお盆、カップから湯気立つコーヒーの中に、ぽたん と涙が一粒入ってしまった。



「うぅ…」



一方の軋識は、そんな小さな嗚咽を微かに耳に入れ、キーボードを叩く手を止めた。

青白く光る画面いっぱいの英語から目を逸らすと、グラ と視界が揺れる。

慌てて、デスクの端に手を添えて、何とか体勢を保った。



「…幻聴、っちゃかね…」



自嘲気味に呟いて、熱い痛みを伴う目頭を、グッと押さえた。



「あぁー…」



そのままの状態で手探りで、脇に置いてあったカップを掴む。

中身を飲み干すように煽れば、ヒヤリと冷たく苦い後味を残して、コーヒーは喉を通っていった。



「……淹れてきて…それから、アイツの部屋に行って…」



考えればドツボにハマるからと無心になってキーボードを叩き続けたは良いものの、問題は一つも解決していない。

成績を落とされて、レン達から非難を食らうのは御免だと言い訳がましく呟いて、席を立つ。


バキバキと痛む体を少しほぐして、ドアを開けた。



「うお!びびびびびっくりした!」

「…うぇ…きししきさ」



ドアを開けたら舞織がいた。

しかもお盆を持って大粒の涙を零している。


舞織は軋識の姿を目に止めて、更に顔を歪めた。



「う、あ…き、しし、きさ…んッ…、きらっちゃ…きらっちゃ、やですうぅ、うああぁん」

「は?!」



状況はよく飲み込めないが、舞織がわんわんと泣いている。

それが事実であり、自分にとっての全てだ。


軋識は、世話の掛かるヤツだな と苦笑しながら、手の内のお盆を取り上げた。

と同時にタックルするように抱き付かれ、危うくお盆の中のコーヒーを零す惨事を辛うじて免れた軋識は、

抱き付いて離れない舞織を引き摺って、部屋の中へと招き入れた。


お盆をデスクに置いて漸く抱き締めると、舞織が、ごめんなさい… と小さく呟いた。



とりあえず問題は一つ、解決したみたいだった。