「…入れるとこって入ってみたくなりません?」



そう言って舞織は、にこり と悪戯な笑みを浮かべた。

Love is sweet

「ふわあ、やっぱり仄暗いですねえ」



舞織は嬉しそうに声を上げた。

そして軋識は何とも複雑な面持ちでソレを見ていた。


まぁ、それもそのはず。

好きな女の興味の対象が自分ではなく、自分の部屋のクロゼットなのだから。



「じゃあ、お邪魔しまあす。あ、ちゃんと入り切ってから閉めて下さいね」

「…」

「ね!」

「分かったっちゃ」



もうすぐ大人な世界へ突入、という甘い雰囲気になりかけた頃に、ふと突然クロゼットに入りたいなどとのたまった。


最初は照れ隠しか何かと思っていれば本当に入りたがっていたらしく。

脱ぎかけた服を着直していそいそとクロゼットに意識を向けてしまったのだ。



「んじゃ、閉めて下さいな」

「…分かった」



キイイィ という嫌な音と共に、クロゼットは舞織一人を易々と呑み込んでしまえたようで、突っかかる事も無く呆気なく閉まってしまう。



「…仕事でもするっちゃか」



萎えない息子に半ば同情しつつ、机に向かおうとした時。



「きっ!軋識さんっ!!」



悲鳴に近い、くぐもったような声を聞いた。



「舞織っ!?」

「うぇ…、ッ軋識さん!!」



取っ手に手を掛けて荒々しくクロゼットを開けば、瞳に涙を滲ませて蹲る舞織の姿があった。


こちらと目が合うとすぐに抱き付かれた。

それを転ぶ事なく受け止める。



「どうしたっちゃ。…まさかアイツが…!!」

「ち、違いますよう!」

「だったら一体どうしたんだっちゃ」



宥めるように髪を梳いていれば、漸く落ち着いたのか、腰に回った手の力が緩んだ。

それでも舞織は腰を離れない。



「まいお――」

「軋識さんが、」



声を発しようとして上に重なる。



「目の前から消えたら、不意に、怖くなりました」



消え入っていく声と対象的に再び強まる手の力。


やっと納まり出したのに と心の中で悲痛な声を上げるものの、表面上の軋識の顔は至極嬉しそうなものであった。



「…舞織、顔上げろっちゃ」

「うん?」



腰を屈めて、ちゅ と触れるだけのキスをした。



「あんまり可愛い事を言ってくれるなっちゃ」

「無意識なので無罪です」

「偉そうに言うなっちゃ」



両の腕が、するり と腰から首へと移動した。



「もっと」



引き寄せて、ボソリ と吐いた言葉の、なんと魅力的な事か。



「これも無意識?」

「いいえぇ、意識して言ってみました。有罪になってしまいますか?」

「ああ、無期懲役っちゃ。ただし居場所は俺の目が届く範囲」

「うふふ、嬉しいです」



囁き合って、口付けを交わして。

先程のような甘い雰囲気が漂い始める。


もう他のモノに意識を向かせまいとしようとして、フと離れられてしまう。



「舞織?」

「軋識さんと一緒なら大丈夫な気がします」

「ハ?」

「…入れるとこって入ってみたくなりません?」



そう言って舞織は、先程と同じ言葉で、先程とは違う淫惑的な笑顔を浮かべた。





「やっぱり二人も入ると狭いモンですねえ」

「…舞織」

「ヤですー、ここじゃなきゃしてあげません!」



プイ と顔を背けられてしまった。


いざクロゼットに入ろうとして、いくらソレが普通より大きいからといって、人が二人も入るのは難しい事だ。

舞織が入る時に出した衣類を更に出してクロゼットの脇に積み上げて、胡坐の上に舞織を座らせたところでやっと入ったのだ。


そして舞織たっての希望でドアは閉められている。

季節的に暑くも寒くもないので温度の事では点で問題は無いのだが。



「…二つの事が原因でお前の顔が見えないっちゃ」

「えへ、うっかりしてました」

「可愛子ぶってもダメっちゃ」

「ですかー」



一つはこの暗闇で、もう一つは舞織が軋識に背を向けるようにして座ってしまったからだ。

前者は目が慣れてしまえば解決されるが後者は目が慣れても見えないだろう。



「なァ…」



肩に顎を乗せるようにして置いて、耳元から声を掛けてやる。

舞織は、大袈裟なほどに、ビクリ と体を竦めた。


くるり と顔だけ後ろに向ける。



「ビックリするじゃないですか!不意打ちなんて反則…っ」



知るか、そんなモン。

心の中で毒づいて、舞織の上唇を食んだ。



「んっ、ん、ぅ」



卑猥な水音はさして響きはしないが、狭い場所では大きく聞こえる気がしてならない。

舞織は恥ずかしさに身を震わせた。



「舞織、脱げっちゃ」

「んっ、…え?」

「狭くて上手く動けないから、自分で脱げ」

「…う、嘘だ!」



ちゅ ちゅ とあちらこちらにキスを降らせる軋識はとても楽しそう。

悪戯で意地悪そうな笑みに、絶対にわざとだ と舞織は心密かに確信した。



「ほら、早くするっちゃ」

「んっ」

「脱がないならこのまましても良いけど」

「それはダメ!この服は気に入ってるんです」

「じゃあ早く」



クックッ と喉で笑う軋識を恨みがましく睨んで、渋々とボタンを外す。

上着を脱いで、その下に着ていた薄いキャミソールを手に掴んで、暫し悩んでから吹っ切れたのか、ガバッ と脱いだ。



「下着も」

「流石に無理です」

「あっそ」

「…っ分かりましたよう!!」

「別に何も言ってないっちゃ」



どうにでもなれ と舞織は後ろでにホックを外す。

ソレすらも取り払って、舞織は膝を抱えて蹲ってしまった。



「お前なあ…」

「だ、だって!」

「どうせ暗くて何も見えないっちゃ」



本当はもう慣れてしまっているけれど と心の中で呟いた。



「………」



気まずい沈黙に、舞織は、ゆっくりと、それはもうゆっくりと膝から手を離す。

その瞬間を逃さずに、軋識は俯きがちな舞織の体を起こす。



「ぁ、っ」



肩越しに見えたその突起に指をやれば、舞織は、ビクリ と体を強張らせた。



「大丈夫、怖くないっちゃ」

「っん、っふ…あ!」



もう片方の突起にも、脇から滑らせたその手で触れる。

強張りが解けて、声に甘さが出てくる。



「口に含めないのが残念っちゃ」

「ばかっ、ひっあ!」



本当に残念そうな声色を出すから、舞織は振り返って軋識を睨み付ける。

軋識はその潤んだ瞳に惹き付けられ、誘われるがままに口付けた。



「んっ、んんぅっ…あ、ふ、ぅっ」



痛いほどに弄られる突起は、暗闇に慣れた視界によって赤くなっているのが見えた。

一方の舞織は口付けに酔わされて、唾液が口の端を伝っていた。



「…は、ァ…」



その唾液を舌を這わせて舐め取って、力が抜けて、ずるずる と滑り落ちていく舞織を少し引き寄せる。



「舞織、膝、立てて」

「ん、ぁ、…はい」



ソッ と耳元で囁いてやれば、大人しく頷いた。

短いスカートから露出された足に、ソッ と触れる。



「あ、は…くすぐった…」

「気持ち良いの間違いっちゃ」



滑らかな肌を存分に撫で回してから、太腿の付け根へと手を這わせていく。



「足、少し開いて」

「……」



少し悔しそうにさえして眉を顰め、少しだけ足を開いてみせる。



「濡れてる」

「ばか、言わな、で!…っあっ」



骨ばった長い指が、下着の上から幾度と無く往復される。

しとどに濡れているようにさえ思えるが、焦り過ぎると最初の頃のように舞織が怯えてしまうかも知れない。

何度も何度も弄って摩擦を起こす。



「あっあっ、ヤッ、…きししっ、ひあっ」

「そろそろ、…平気か」

「あっ、ぅっ…ッんああぁっ」



下着を器用に取り払って、濡れそぼったソコに指を挿入する。

怖がらせまいと、ゆっくり沈めていけば、逆にソレが快感となり、舞織は、ビクビク と体を震わせた。



「大丈夫っちゃか?」

「あっ、はや、くっ…ッ」

「分かった」



苦しそうにこちらを見上げるその瞳には、涙が伝った跡があって、舐め取れば無論しょっぱかった。


挿入された指が二本に増えても気付かないようで、舞織は切羽詰らせて、早く と強請った。

苦笑いをしつつ、埋め込んだ二本の指で、内壁を擦る。



「ああっ、ん、ヤ…ッ…も、っと、して良いから、イかせっ…ひあっ」



何かから逃れるように首を振る舞織に、先程の前戯が長過ぎたんだろうかと考えた。


達しそうになるソレを緩い愛撫で弄り続ければ、まぁ、そんな言葉を吐きたくなるのかも知れない。

が、こんな風に直接的な言葉を吐かれたの初めての事で、中心に熱が集まるのを感じた。



「一回イっとくか?」

「んっ、やぁ、…軋識さ、と…」



ふるふる と首を振る。

その際に零れ落ちた涙が軋識の腕を伝った。


それにしたって随分の直球過ぎる。

これは夢だという方がまだ納得できた。


嬉しさを噛み締めつつ、ふと、思い至る。



「じゃあ、ちょっと、指抜くっちゃ」

「ん、あっ」



きゅう と締め付けられるソコから指を抜く。

舞織の愛液でべたりと濡れた指を舐めて、そっと腰に両手を支えた。



「な、何ですか?」

「ここでヤるなら座位かな、と」

「…そっそんな事は別に言わなくても良いです!」

「お前が何って聞いたっちゃ」

「うぐ…」



ほら と言われ、体が宙に浮く。



「や、ちょ、危な…」

「落としても膝を擦り剥くぐらいっちゃ」

「落とさないで下さい!」

「暴れなきゃ落とさないっちゃ」



器用に動かして、舞織の体をこちらに向ける。



「やっぱ顔は見れないと損した気分っちゃ」

「顔が見れないと不安だとか、そういう風には言えないんですかね」



互いの顔をここでようやく見れた気がして、ふっと何かに安堵した。

極々自然に唇が合わさる。



「んっ、何か当たって…る」



何度も啄んでいるうちに、互いの距離が近づいてき、舞織がふと言葉を発した。

原因を理解して顔を赤くする舞織に、思わず笑いが零れた。



「責任取れっちゃ」

「私のせいですか?」

「ああ、お前の事を考えてたらこうなったんだっちゃ」

「そんな理不尽な…っ、あっ!」



素早く寛げたそこから熱く猛った雄を取り出して、舞織に膝立ちをさせる。


不安の色を秘めた瞳の、瞼に唇を落として、気が緩んだその瞬間、ソコに宛がったまま舞織の腰から手を離す。



「ほら、散々慣らしたから、簡単に入るっちゃ」

「あっ、やっ…熱ッ」



力の抜けた舞織に立っている事は難しく、否が応にも、ソレは挿入されていってしまう。



「きしし、っ、ああっ!」

「ッあまり締めるなっちゃ」

「そんなつもりはっ、ヤッ、これ以上は入らなっ、んああっ」



嫌だ嫌だと首を振る舞織を他所に、卑猥な水音を立てて、雄は舞織の中に挿れ込まれてしまう。



「ッく…舞織、息、吐け」

「ッん、…は、あぁ、っ」

「…ハ、はぁ……引き千切られるかと思ったっちゃ」

「ッ馬鹿言わないで下さい!」

「怒鳴る余裕があるなら、とっとと動かさせてもらうっちゃ」



こっちは余裕が無いからな、と軋識は腰を突き上げた。



「っああっ!やっやぁっ」



ぐちゅぐちゅ と増す水音を掻き消すように、舞織の嬌声が引っ切り無しに続く。


知らず知らずに揺らめく腰が的確に性感帯を突いていて

舞織はその度に震え上がって軋識のソレを締め付けた。



「あっ、ぁっ!きししっ、んぁっ」

「舞織はこの体位が好きっちゃな」

「ひあっ、ちっ、ちがっ」

「違わない、自分から腰動かしてるクセにっ…っく!」



座位特有の引き攣るような感覚に、舞織はただただ首を振ってソレから逃れようとする。



「あっ、やっ、も…お、…イっちゃ…っ」

「ああ、俺もッ」

「んっ、――ッああぁあっ!」

「…くっ」



一際深く貫いたところで、舞織が背を弓形に反らせて、達する。

その締め付けに誘われるがまま、軋識も後に続くようにして舞織の腹に白濁とした液を吐き出した。





ザアアアァ――



「…ん、…あれ…?」

「起きたっちゃか?」

「軋識さん…私、もしかして…」

「ああ、気絶したっちゃ」

「うあ、やっぱりですか…ごめんなさい」



外の雨音が耳に静かに染み込んで心地良かった。


情事後の体がふわふわするような気だるさが、舞織は大好きだった。

雲の上にいるような浮遊感が、食後の授業のような耐え切れないまどろみが、大好きだった。


そしてソレを、大好きな人と一緒に味わえれば、最高級に幸せだったりする。



「軋識さんも一緒にごろごろしませんか?」

「…イヤ、俺は別に…」

「いいからいいから」



手招きされるがままに、軋識は渋々椅子から腰を上げた。



「きーししーきさんっ」

「何だ」



ベッドが、ギッ と呻く。

腰掛けて、転がって来た舞織の頭を撫でてやると嬉しそうに目を閉じた。



「だいすき」

「ああ」



それきり、舞織が言葉を発する事は無かったし、軋識も黙って髪を梳いていた。



雨だけが静かに、ザァザァと降り頻っていた。