強請って誘ってそのまま襲っちまえ。


かははっ! と独特の笑いが、浴室に聞こえてくるようだった。

嗚呼…

パタパタ とスリッパの音を響かせて、リビングへ戻ってくる。



「お待たせしました」



湯を張りに行く時には、軋識は利き手とは逆の手で持って夕食と格闘していたのだけれど、既に完食したようでテレビを見ていた。

勿論、右手は動くようになったので、舞織がいなくなった隙に掻き込んだのだけれど、ソレを舞織が知る由もない。



「ん、悪かったっちゃな」

「いーえー、寝汗って気持ち悪いですからね」

「ご馳走様。じゃ入って来るっちゃ」



さぁてと なんて呟いて軋識が席を立ち上げる。

軋識は寝汗によって不快感と寒気を訴えていたので、舞織が風呂に入るよう促したのだった。



「ごゆっくり」



テーブルの上の皿を集めてシンクへと運ぶ。

洗おうと腕捲りをすれば、ポンポン と頭に手が乗った。


何? とそちらを向けば、ちゅ と唇にソレが当たった。



「有り難うな」

「…どう致しまして」



もう一度、ちゅう と唇を合わせてから軋識はリビングを後にした。



「………新婚みたいっ!」



くはっ! だなんて短く叫んで頬に手を添えた。

恥ずかしくてこそばゆくて、凄く幸せな瞬間だった。



『強請って誘ってそのまま襲っちまえ』



「……」



ふ と脳裏に聞こえてきた言葉は浴室でも聞いた言葉。


正確に言えば以前、人識相談室にて舞織が持ちかけた相談に対する返答だったのだけれど、それはまた別の話。



「強請って誘ってそのまま襲え…かぁ…」



ザアアァ と水を出して、洗剤を含んだスポンジを泡立てる。


ひかれはしないだろうか、嫌われないだろうか、断られないだろうか、淫乱なヤツだと言われないだろうか。


したいと言うのはきっと造作も無い事だろう。

けれど、その時の軋識の返答が表情が、怖い。



「…はぁ」



少なくとも淫乱になったのは軋識さんのせいですよねえ… と小さく呟いてみた。


暗かった気分が心持ち軽くなったのは気のせいだろうか。


* * *


「…軋識さんってどこか抜けてますよね」



どうしたものかと考えながら皿洗いをしていれば、多くも無い洗い物はあっという間に終わってしまった。

仕方無しに部屋に戻ろうと二階へ繋がる階段に足を掛ければ、その一番下の段に丸められた寝着が置かれていた。



「…仕方ないですねぇ」



ふぅ と小さく溜息を吐いて風呂場へと向かう。

その表情には何故か笑みが浮かんでいた。



ドアを開けて、脱衣所へと入る。


浴室から音は何も聞こえて来ない。

湯船に使っているのだろうか…



「…きーししーきさーん」

「…!な、何だっちゃ!!?」



控えめなノックが、舞織が入れた乳白液に浸かってウトウトとしている軋識の目を覚まさせた。



「…そんな驚かなくても良いじゃないですかあー。パジャマが階段に置きっぱ立ったので持ってきたんです」

「あ、ああ。悪かったな」

「……」

「……」

「じゃ、じゃあ…」

「おう」



寝着を置いて、ドアに手をかける。



『強請って誘って襲っちまえ』



人識の言葉が先程よりも強く聞こえた。



「――――っ…軋識さん!!」

「な、何だっちゃ?」

「お、お背中、お流しします!!!」