目覚めたその時に

俺は気付いてしまった

嗚呼…

夢現を行き来した後、霧掛かった思考が漸くハッキリとしてくる。

瞳を擦り、身を起こした。

暗闇になれたこの目には、月さえも眩しいと感じている。


あの後そのまま寝入ってしまったのだろか…


と、そこで、腹が鳴った。

それで夕飯を食べていない事を思い出す。


こんな時間、 ―そう現在牛の刻、まぁ二時だ― に食べるのは体に良くない事だ。


そう考えて一旦ベッドに横たわるものの、一度思ってしまえば負けも同然。



「…何か残ってると良いっちゃけど…」



渋々体を起こして、軋識は部屋を出た。













































階段を下りたところで、リビングのドアの隙間から明かりが漏れていた。

まだ誰か起きているのか と眩しさに目を細めつつリビングに足を踏み入れれば、ソファで熟睡している舞織がいた。



「…何やってるっちゃ」



勿論、ソレに返事はなく、代わりに規則正しい寝息が小さく聞こえてくるだけだった。



「…こんなところで寝てると風邪引くっちゃよ」



右手を使って、舞織の頬を、ギュウ と摘む。

舞織は眉を顰めてその手を振り払って仰向けから横向けへと体勢を変えた。


すぐに先程と同じ静かな寝息へと戻る。



軋識は自分の手を見た。

そう、動いたのだった。


先程、目覚めて間も無い頃に、動かすのを停止せざるを得ないような痺れが走った。

今まで何の感覚すら感じなかった右腕は、正座した時と似た痺れを軋識に与えた。


何でこんなに痺れてるんだ?

そう訝しんで徐に動かそうとしたら、呆気なく動いたのだ。


簡単に、右腕は回復してしまった。

なぜなのかは分からない。


いずれは治るのだろうと思っていたがこんなに早いとは思わなかった。

回復力が早いだけなのかも知れない。刺された場所が良かったのかも知れない。


どちらにせよ、舞織の看護は必要なくなると言う事に落胆している自分が酷く可笑しかった。



「ったく…笑えないほどおかしいっちゃ」



舞織の曝け出された細っこい足をどけて、ソファに座ると、舞織はボンヤリと目を開けた。



「………」

「起きたっちゃか。寝るなら部屋で寝ろ」



焦点の合っていない舞織に向けて言葉を放つと、ゆっくりと視線がこちらに向けられた。



「…お早うございます」

「早過ぎるっちゃ」



まだ二時だ と告げる。

舞織の覚醒は早いらしく、物の数分で体を起こした。



「どうしたんですか?こんな時間に…」

「ん、何か食べようかと思って…」

「ああ、夕飯食べてませんもんね。今用意します」

「イヤ、別に自分で…」

「何言ってるんです。片手で何を作る気ですか?」

「…あ、…いや…それは」

「遠慮しないで下さい。すぐ作りますねっ」



軋識が立とうとするのを制して舞織が立ち上がる。

正面から舞織が軋識を覗き込んで、何だと問おうとした次の瞬間には温かな感触が唇に伝わってきた。


甘いソレがもっと欲しくて左手を伸ばせば、舞織はスルリと抜けて行った。



「待ってて下さいね」



これ以上、何を待てば良いんだろうか


そんな事を考えながら、右腕が動くようになった事は今だけは言わないでおこうと、軋識は一人心の中で呟いた。