やっぱり…そうなのか?



「あ、またですよ」

「ああ」



そうなんだろうか…

理性ブチ切れ一秒前

並び出してから一時間は経っている。

ここまでくるともう後戻りはできない。


一時間も並んで、いい加減疲れたから諦めようだなんて誰も思わない。

意地でも入ってやる という気になるのが人というものだ。


自分らの番まであと数人、尚更諦め切れない。


舞織は、先程男に抱えられて人込みへと消えた方を見遣っていた。



「わたし達が並び出してから、出てくる女性は皆ぐったりしてますねー」

「ああ」

「わたし達が並ぶ前もそうだったんですかねー」

「ああ」

「…心配ですね」

「ああ」

「……あの人、胸おっきいですね」

「…はぁ?」



意味の分からない質問にそちらを見遣ると、舞織はまた不貞腐れていた。



「何言ってるっちゃ」

「…別に何でもないです」

「あーあー、後でアイスでも何でも奢ってやるから…もうちょっと待つっちゃ」

「ちっ、違いますよう!待ち草臥れて不機嫌なんじゃありません」



ぽんぽん と頭を叩いてやると、舞織は更に不機嫌そうに睨み上げてきた。

じゃあ何でそんなに機嫌が悪いんだ と聞きたいのだが舞織から放たれているオーラがそれを許さない。


仕方無しに、また目を泳がせた。



「……他の女性ばっかり見てるからじゃないですか…」



舞織はそんな軋識を、ちらり と見遣って小さく呟いた。





そうして更に待つ事一時間


外に出れば天辺にある太陽が自分達を照りつける事だろう。

時刻は正午を迎えていた。



「朝から出てきて良かったですね」

「そうだな。午後に出てたら今頃夕方になってるっちゃ」

「でも夕方は大分涼しくなって来てますよ」

「…じゃあ尚更早く行かなくちゃな」

「ですね」



そもそも水着を買う原因となったのは、軋識の放った一言によってだった。


いつだったかの夕方のニュースでアナウンサーが楽しそうにアナウンスしていた。




『見て下さい、この人の山!青い海青い空!暑さこそキツイですがカキ氷がとても美味しく感じられます。私は今、この――海岸に…』



「良いですねえ…海」

「あー、暑そうっちゃ」

「わたしもかき氷食べたいなー」

「……」

「ビーチバレーしたいなあ。…人識くん行きません?」

「嫌だよ、暑苦しい」

「うぅ…」

「…軋識さん」

「別に、良いけど」

「…やっぱり……って、ホントですか!?」

「お、おう」

「絶対絶対!約束ですよ!」




と、いう事で、海へ行く約束をしたわけだ。



「…あ、」

「うん?」



キィ とドアが開いて、男に支えられた女が出てくる。

ぐったり として上気した頬は、勘繰らなければ熱中症に見えなくも無い。

人の列を避けながら歩いていく二人を見ていると、舞織に、グイグイ と腕を引かれた。



「きーしーしーきーさーんーっ!!」

「ああ、そうか」



先程の二人が自分達の前だという事を思い出して、舞織の後に続いて試着室へと足を踏み入れた。



「せまっ!」



舞織がそう叫ぶのも無理は無かった。

三人分のスペースは無いだろうそこで、何をどうしろと言うのか。



一ヶ月ほど前のクローゼット事件が、ふと脳裏を過ぎった。


舞織もソレを思い出したのか、何だか気まずい雰囲気が流れた。



「……はぁ」

「っな、…何ですか?」



吐いた溜息に舞織はわざとらしいほどに肩を竦めて見せる。

それじゃあまるで誘ってるようだと言ってやりたくなる。


が、わざわざそんな怯えさせる事は無いし、こんな狭くては至るに至れない。

……多分。



「長々と待ったんだし…試着してみろっちゃ」



軋識は後ろをドアの方を向いてそう言い放った。



「なっ!」

「?…早くしろっちゃ」

「―――っどうせわたしは、あの人達みたいに、おっきくないですよ!」

「……ハァ?」



意味の分からない言葉に舞織の方へと向き直れば、舞織は、ほろほろ と涙を零していた。



「…って!え?な、何で泣いてるっちゃ!?」

「うるさい、触らないで下さいっ」



頬を伝う涙を拭おうとすれば叩かれる、抱き締めようとすると押し返してくる。

今日は怒ったり笑ったり泣いたりして、本当に忙しいな。



「何で泣いてるっちゃ」



しかし放置するわけにもいかない。


嫌がるソレを無視して強引に抱き寄せれば、小さな嗚咽と共に背中にか細い腕が回った。



「こっ、来なきゃ良かった…っ」

「…」

「きっ、軋識さんとなんか来なきゃ良かったぁ!」

「どうして」

「きっ、軋識さんがっ」

「うん」

「軋識さんが他の、人ばっかり、見るからっ」



………は?



「そりゃ、上から、下まで…っこ、子供体型…ですけど…っ」

「ちょちょちょっと待て」

「……何ですか?」



つまりそれって…



「ヤキモチ?」

「……なっ、ちがっ!!」



その言葉を認識した瞬間、カァ と舞織の顔が朱に染まる。

可愛くて可笑しくて愛しくて、もう一度抱き締めると小さな呻き声が聞こえてきた。



「別にアレは他の女を見てたわけじゃないっちゃ」

「…さっきも、あの時も、全部?」

「ああ。信じられない?」

「…………軋識さんがそう言うなら…信じます」



ごめんなさい と小さな謝罪の言葉に、背中を叩く事で返事を返した。



「うん。じゃあ、誤解も解けた事だし…後ろ向いてるから、試着してみろっちゃ」

「…え、でも」

「良いから。ここはちょっと寒過ぎるっちゃ。体冷える」

「はっはい」



わたわた と脱ぎ出す舞織を視界の端で確認して取り敢えず後ろを向いた。


ごそごそ と衣擦れの音だけが聞こえて、舞織の頬は可哀相なほどに赤くなっていた。



「あ、あれっ?」

「どうしたっちゃ」



数分経って、突然後ろから声がして、危うく振り向きそうになった。

そのままの体勢で声を掛けてやると、舞織は暫し戸惑い、それから小さく言い放った。



「リ、リボンが、結べな…」

「じゃあ俺が結んでやるっちゃ」



くるり と体を反転させると舞織は慌てて、しゃがんで前を隠した。



「ちょっ!こっち見ないって言ったじゃないですかあ」

「後ろ向くとは言ったが見ないとは言ってないっちゃ」

「…意地悪」

「お前、いつまでもそんな格好しててみろ。海は愚か残りの夏休みは布団の中で過ごす事になり兼ねないっちゃ」

「それはだめ」



そう言い切って、立ち上がる。

相変わらず前を両の手で隠したままだったが。


下はもう履いていたらしい。

白くて細い足が惜しげもなく晒されていた。


まぁ、この涼しさだ。

汗ばんで履き辛いという事は有り得ないだろうから当然か。


そんな的外れな事を考えながら、舞織に後ろを向くよう指示する。



両肩に掛けられた紐を手に取って、首の後ろで緩めに結んでやる。



鏡越しに視線が絡んだ。


咄嗟に目を逸らした舞織に小さく苦笑いを零しつつ、後ろから抱き締めてやる。

ビクリ と身を縮込めているこの状態はまるで自分が舞織を虐めているようだと思った。

ま、実際虐めてるようなもんだけど…



「そんな怯えんなっちゃ。誘ってる風に見える」

「なっ、何言っちゃって…っひゃっ」



白いうなじに唇を落とす。

舞織の声が明らかに不安の色を示す、けれど嫌悪は無さそうだ。



「さっき…」

「え…っゃ…、なに?」



ふ と耳元で話し掛ける。

鏡越しの顔は酷く真っ赤で、それすらも愛しい。



「大きくないって言ったけど」

「ちょ…やっ ゃっ…んんっ」

「そんな事、関係ないっちゃ」

「ぁあ…っ、…ぁっ」



両脇から手を滑らせて、両の手を舞織の胸へと納める。

手から余るほど、とはいかないけれど、そんなのは関係ない事だった。


やわやわと揉みしだきながら、言い聞かせるように続ける。



「大きさは関係なくて、大事なのは誰か、だから」

「っん、ぁ…ッ、きししきさっ…やっ、」

「舞織であれば俺は何でも良いと思ってるから…二度とそんな事考えるんじゃないっちゃ」

「ひ、あぅ…っ、はい…っ」



こくこく と頷く舞織を見て、軋識は一人安堵の息を漏らした。

あんな下らない事で悩み苦しみ泣く必要など無いのだから。

それを分からせておきたかった。



「軋識さ…」

「…ん」



舞織が首だけこちらへ傾けて、目を閉じた。

誘われるままに重ねれば、舞織が自ら口を開けて舌を絡めてきた。



「っ、ん……っふ…ぁ」



積極的なソレは、あっという間に終わりを告げて舞織は顔を離そうとする。

軋識はソレを許さずに、舞織の半身を翻させ向かい合わせて更に深く貪った。


ちゅう と吸い付いてゆっくりと離れる。



「嬉しい…」

「……」

「けどちょっと待って下さいよう!」



舞織はそう言って体を離そうとするが力では到底適わない。


額をくっつけて、ダメ? という瞳に一瞬心を揺さぶられ、けれどダメだと大きく首を振った。

にも関わらず軋識の手は今や、水着を押し上げて舞織の胸に直で触れていた。


水着越しとは違う積極的なまでの弄りように、抑えていた声もいい加減漏れてくる。


先程から気にしないようにしているが、体にソレが当たっていて軋識も限界なのだと物語っていた。



「もう無理」

「うわあん!」





そうして数十分後、他の女性同様、舞織も軋識に抱えられて出てきたとか。




補足
この後、軋識さんはぐったりした舞織を服に着替えさせ、水着を購入して帰ります。
勿論、水着は汚さないように軋識さん頑張りました。
ちなみに舞織は腰砕けなのでおんぶされて帰ります。

ちなみに文中の『一ヶ月ほど前のクローゼット事件』ですが、ふっとネタを思いついたので入れ込みました。
つまり、クローゼット事件 → 一ヵ月後 → 今回の話、な時間軸になってます。
クローゼット事件の話は、Love is sweetってやつがそうです。