「軋識さぁん」

「うん?」

「お買い物に付き合ってくれませんか?」

理性ブチ切れ一秒前

「で?これはどういう罰ゲームっちゃ」



軋識は顔面蒼白のまま、そう零した。

隣で、にこにこ している舞織の頬を抓るのも忘れない。



「あいたたた、罰ゲームだなんて失礼な!どっからどーみてもデートですよう」

「…こんな場所だと知ってたら絶対来なかったのに」

「そう言うと思って言わなかったんです」

「ああもう…」

「良いから良いから。行きましょう」



絡めた手をそのままに、いつまで経っても動こうとしない軋識を引っ張って、舞織は店内へと足を踏み入れた。


看板にはこう書いてあった。

『女性専門水着ショップ』


しかも小脇にはなぜか『カップル特典アリにつき大歓迎』の立て札が置かれている。


引き戸のソレを引いて舞織を先に中に入れ、自分も入る。



「うわあ!流石女性専門なだけあって女の人しかいませんねー」

「…耐え難い屈辱プレイ甚だしいっちゃ」

「もっと堂々としてないと変態に間違われちゃいますよー」

「大きなお世話っちゃ」



早くも物凄い嫌そうな顔をする軋識に、少しだけ罪悪感が生じる。



「わたし…軋識さんの好きなもの着たくて、…でも好みとか知らないし…けどそんなに嫌なら帰っても―」

「あーあー、もう、分かったから」

「嫌じゃない?」

「嫌じゃない嫌じゃない。良いからさっさと選んで帰るっちゃ」

「はあい」



何だかんだ言いつつも、ちゃんと付き合ってくれるんだよなあ などと考えていると



「なぁに、ニヤニヤしてるっちゃ」



コツン と頭を叩かれてしまった。





「軋識さんはどんなのが好みですかー?」

「別に、好みって言われても…」

「それじゃ選びようがないですよう」



沢山の水着を片っ端から物色する舞織を横目に、軋識はバレぬよう小さく溜息を吐いた。


付き合うと言った手前、もう後には引けないが、やはり後悔していた。


何とココは試着もできるのだという。

試着した後、買わないのであれば、備え付けの洗濯機に入れるというシステムらしい。

乾燥機能も付いたその洗濯機に回された水着は、店員によって元あった位置へと戻されるのだ。



普通下着など肌に密着するものは試着できないが、できる店という事で人気があり店内は女性が犇いていた。

軋識のように連れてこられた男を数人見掛けたが、畏縮するかやたらに堂々としているかのどちらかだった。



そして、先程も言ったが、試着ができるのだ。

目と鼻の先にある試着室からは何人もの女性が出入りし、試着した水着を連れに見てもらったりしている。


それが、一番耐え難かった。

何で他人の水着を目に入れなければならないのか、と。



「…きさん?軋識さーん?」

「ん?ああ、悪い、ぼーっとしてた」

「…」



不意に呼び戻されてそちらを見遣れば、なぜか怒っている舞織の姿が。



「…どうしたっちゃ?」

「……べっつにー」



明らかに不満そうな声を上げる舞織に、軋識は意味が分からないと首を傾げた。

放って置いた事を怒っているのだろうか?



「もういいです。それよりコレとか、どうですか?」

「…あー、…色がちょっと…」

「嫌いな色ですか?」

「舞織に合ってない気が…しなくもないような…」

「もー、ハッキリしないですねー」



それじゃあ とまた物色し出す舞織に、先程の怒りは消えているように見えた。



怒ったり笑ったり、忙しいヤツだな。



と、舞織が、くるり とこちらを向いた。



「…これはー?」

「…んー?…って!おま…っ何考えてる!!!」

「軋識さんシィー」

「…ぁ…」



そう言われて、ハッ とするまでもなく、周りから不躾な視線が寄越されていた。



「わ、悪い」

「もう」

「ていうか、お前も。何考えてるっちゃ」

「軋識さんの好みを考えてました」

「…お前の目から俺はそんな風に見えるっちゃか…」



ガクリ と項垂れる軋識を横目に、舞織は違ったのか と三度物色を開始した。


スクール水着…俺はどこぞのマニアックな親父か…


いっそ泣いてしまいたい切なさを抑えて、軋識は気晴らしに店内を見回した。



…あそこだけ男女が多いっちゃ



ふと目に付いたのは、カップルの列だった。


その先には試着室。


入り口にあった『カップル特典アリにつき大歓迎』の特典がアレなのだろうか?

他が空いてるのに、わざわざそこに並ぶって事は何かあるんだろうな…

ほんの少し興味があるな などとぼんやり考えていると不意に裾を引っ張られた。



「どこ見てんですか」

「え?ああ、試着室を…」

「変態ですね」

「ばっ…!違うっちゃ!…それよりも、水着は?」

「…これ、とか」



再び膨れっ面で差し出されたのは、白いビキニだったのだけれど。

根拠は無いが、 ―勿論疚しい気持ちもなく、だ― 似合う気がした。


首後ろで結ぶリボンや腰の両サイドに付いたリボンや、そこかしこのフリルが背伸びし過ぎず、かといって子供っぽくもなく、舞織に似合う気がした。



「…きしし――」

「良いんじゃないか?」

「…ホントですかー?」

「何で疑ってる…舞織に、似合うと思うっちゃ」

「……じゃ、じゃあ、試着してみても良いですか?」

「ぶっ……っくっくっく…」



似合うという言葉を聞いた瞬間に、パァ と明るくなった舞織が可笑しくて可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。



「なっ…?…?」

「いや、何でもないっちゃ…くっくっく」



何が可笑しいのか分からないが、腹が捩れるほど笑えた。

とは反対に舞織の機嫌はまた一気に急降下したようだった。



「…その割りにさっきから楽しそうですね」

「さっきから?…まぁ良いから。試着するならあそこでしよう」

「えー、並んでますよ?」

「何か、カップル特典らしいから。興味あるからそこにしようっちゃ」

「…軋識さんがそう言うなら…」



と、いう事で軋識と舞織は、先程見たあのカップルばかりが並ぶ試着室の最後尾へと並んだのだった。



どんな特典かも知らずに…