控えめなノック。

枕を抱いた舞織。

怯えた瞳。



「…一緒に寝ちゃ、駄目ですか?」



そして爆弾発言。

ぎゅってして

遡る事、30秒前。



「…げ、もうこんな時間」



壁に掛かった時計にふと目をやって、軋識は眉を顰めた。

時刻は草木も眠る丑三時、まぁつまりは午前二時。


どうやら集中し過ぎたようだ。

酷使した目を擦り、思い切り伸びをすれば体中の節々がバキバキと悲鳴をあげた。



「…あと三十分したら寝るか」



と、そこにノックの音がした。




そして、冒頭に至る。




一緒に寝たいだなんて、ドッキリもいいところだ。

どういう意味か尋ねようとした、その瞬間だった。


カッ―― と空が光った。


舞織の顔が、雷の光によって照らされる。

ギクリ とした表情。


数秒置いて、轟く雷鳴。

ドカアアァァンッッ――――


ヒッ という息に近い声を小さく漏らして、舞織は、ぎゅう と目を瞑り耳を塞いだ。


そして再び、ザアアァァ――… という雨音が聞こえてくる。



「…だ、……」



今ので見当はついた。

どういう意味か、聞く必要はもうない。



「だめですか?」



無論、断る事など有り得なかった。

寧ろこちらとしては大歓迎だった。



「まさか。ほら…入るっちゃ」

「あ、ありがとうございますっお邪魔します」



ドア横に立った軋識に小さく頭を下げて、舞織は部屋へと入った。

パタン とドアが閉まる。


と、舞織の肩が、ビクリ と小さく跳ねた。



「…ぁ…」

「どうした?」



背中越しに耳元で声を掛けてやると、更に肩を竦ませた。

けれどそんな事など素知らぬ振りをして殊更、ぎゅう と抱き締めてやる。


心臓が、ドクドク と早鐘を打っているのが伝わってきた。

自分のだか舞織のだか、分からない。


舞織は暫し固まって、けれどそれから軋識の腕の中をもぞもぞと動いて、向かい合う体勢へと体の向きを変えた。

ゆっくりと舞織の腕が軋識の背に回る。



「…落ち着く」



ほぅ… と安堵の息と共に漏らされたその言葉が、その動作がとてもとても愛しくて、より一層強く抱き締めてやる。



「く、苦しいですよう」



そう言ってこちらに苦笑いの表情を向ける。


軋識は笑わない。

舞織の表情からも、段々と笑みが消えた。


軋識は背を屈めて、舞織は爪先を伸ばして、互いの距離が、縮まる。

それはとても自然な所作だったのだけれど…。


あと数センチ…というところで、またも、ピカッ――ゴロゴロゴロ… と雷鳴が轟いた。



「ひ…っ」



小さい悲鳴を上げて、舞織は軋識の首に縋った。



「……」



軋識は窓へと目を向ける。

雷には、有難うと言うべきなのか邪魔するなと言うべきなのか、複雑なところである。


とりあえず、ロクにキスすら満足に出来ないこの状況を打破するべく、軋識は身を屈めて舞織の膝裏に手を回して、思い切り持ち上げた。



「っひ…ぁっ?!」



あまりに思い切り過ぎたのか、舞織の体は自分の手さえからも一瞬だけ、ふわり と浮いた。

横抱きにして、乱雑なベッドの上に寝かせる。

その上に自分が伸し掛かると、舞織は、重いですよう と苦笑いを零した。


そんな舞織の髪を、ソッ と梳いてやると、舞織はうっとりと目を細めた。

何か言おうと開かれた唇に、自分のソレを重ねる。



「舞織…」

「ん、ぅ…っ」



そろり と唇の形を舌でなぞると、戸惑いがちに口を開いた。

そのまま舌を追い詰めて、絡め取る。



「っ…ふ…はぁ…っん…ぅっ」



絡めて、吸い上げて、そっと歯で甘く噛んで…

その度に、服を握る舞織の指先が白さを帯びていった。



「っ、………ぅ…っん…っ」



酸欠に苦しそうに歪んだ顔に、名残惜しく音を立てて離れる。

それでもやはり物足りなくて、苦しいと知っていながら何度となく唇を重ねた。



「……っくるし…っ…っ軋識、…さ…っ」



そして苦しさが頂点に達した頃、ツゥ と舞織の頬を一筋の涙が伝った。

慌てて離れると舞織は盛大に酸素を吸い込んだ。



「ッはあっ…はぁ、はぁ…ッけほっけほっ」

「…ッ悪い」



余程苦しかったのか、思いきり息を吸い込んで咽ている舞織の背を擦りながら、そこで漸く軋識に理性というものが帰って来た。


助けを求めに来たのに自分が欲望にかまけて襲ってどうする…


舞織の上から退いて、隣に仰向けに寝転んだ。



「………悪い…」



舞織は、ふるふる と首を振った。



「…大丈夫です」



言い淀んで、舞織はおずおずと口を開く。



「わたし、やっぱりここに来て良かった」

「…」

「軋識さんといると凄く安心します」

「舞織…」

「さっきのは、少し苦しかったですけど…でも、わたし…」



舞織が、ソッ と軋識の頬に手を添える。



「軋識さんになら何をされても良いと思ってるから…」



続きを急かすように、軋識の手が舞織の手の上に重ねられる。



「軋識さんの事が、大好きだから…」



その甘い言葉と同時に、唇が、先程と違ってゆっくりと重ねられた。



「えへ、…なんて…言ってみたり…」



そう言いながら、舞織は軋識の胸板に顔を埋めた。

軋識は頬を擽るその髪を撫でて、細い腰を力を込めて抱き締めた。


苦しいですよ という苦笑いの言葉に、少しだけ体を離して。


訝しんだ表情の舞織の顎に手を沿え、こちらに向けさせて。



「もう一度、言って」



今度はきょとんとした舞織の頬に、唇を落とす。

舞織は擽ったそうに肩を竦めて、ソッと首に腕を回す。


耳に、ふぅ と甘い吐息。



「大好き」



頬にキスを受け取ってから、また抱き締めた。



窓の外も、いつの間にか、雲の合間から大きな月が顔を覗かせていた。




10000HITとして配布したフリー小説。

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