ソレが、数十人だろうと、数百人だろうと、関係無かった。

ソコが、人の通らない廃屋だろうと、森林だろうと、何ら支障はなかった。


誤算は、ソコに彼女が現れた事だった。

嗚呼…

「千っ…」



大きく振り被って…


ソイツが、ヒィッと小さく悲鳴を上げたが、構わない。

ヒュン とバッドが空を切った。



「二百…ッ」



ドツッ… と鈍い音がして、ソイツが小さく呻いて地に伏した。

そして、ソレを見計らったかのように声がした。



「今のは、特別に痛そうですねー」

「帰れって言ったはずっちゃ」



ドサッ とその場に腰を下ろした。

冷たいですねー とその声が、クスクス と笑う。



「舞織…いい加減降りてくるっちゃ」

「分かりましたよう。じゃあ、受け止めて下さいねー」

「は?」



ガサッ と音がして、上を見上げれば、落ちてくるソレ。

確認するまでもなく舞織だった。

慌てて立ち上がって、両手を広げる。


ドサッ と重力によってスピードがついたせいで、よろけてそのまま座り込んだ。



「うふふ、ナイスキャッチです」

「他に言う事は無いっちゃか」



にこり と可愛らしく微笑んで

そして次の瞬間に、くしゃりと歪む。



「……会いたかった…」



切なげに寄せられた眉の下、瞳が潤んで揺れていて、その瞳が軋識を激情させる。



「―――――ッッ」

「きしし…ッ、んぅ、ッ…っん…」



掻き抱いて、その艶めいた唇を、貪った。

ぎゅう と自分の服を握り込んで、必死に答えようとするソレは、健気ながらも淫猥で、一層軋識を煽った。



「んっん、っ…ふ、…はぁ…」

「舞織…っ」

「…ぅん、っ…きししき、さ…っ」



ぴちゃぴちゃ と水音が響く。


手が無意識のうちにその細くて滑らかな脇腹を撫でれば、舞織は、ビクッ と肩を竦めた。



「ぅ……ふ、…くすぐった…、んっ」

「…まいおり、っ」



軋識を押し返すその手に力は篭っておらず、その顔もその声も、決して嫌というわけではなさそうだった。

けれど、何か物言いた気な舞織に気付いて、名残惜しく、その濡れた唇を舐める。



「…怪我、無いですか?」

「ああ」



顔を、首筋を、その体を、そっとなぞる。



「どこも、血、出てないですか?」

「ないっちゃ」



じぃ… とその顔を見て、嘘がないと判断したのか、舞織は漸く心からの笑みを浮かべた。



「良かった」

「俺も…」



ぎゅう と一旦離れた体を、また一寸の隙間も無いほどくっつける。



「会いたかった、っちゃ」

「うふふ、軋識さんが珍しく甘えたさんですねー」

「…っるさいっちゃ」



腰に手を回して、額を肩に乗せて、擦り寄るように甘える軋識に、舞織は嬉しそうに微笑んで髪を撫でた。

そうして撫でていると、不意に軋識の唇が舞織の首筋に当てられた。



「…っき、軋識さ、ん?」

「跡、消えてるっちゃ…」

「…だって、もう一ヶ月近く経ちますからね……んっ」



チクリ とした痛みに僅かに肩を揺らす。

それでも軋識はやめるつもりがないらしく、断続的に痛みが電流のようにして体を走った。


と、突然に左手が、制服の中へと入り込んだ。



「ッひゃ…ちょ、…っ、、ぇ……な、っ…?」

「…我慢、できないっちゃ」

「ここで、――――」



瞬間


こちらに殺意が飛んできて、舞織は、ビクリ と体を強張らせた。

ピリリ とした緊張が、辺りを包んで、軋識もソレに気付いたのか、緩やかな愛撫を止めた。



と、その刹那



ドツリ



叫ぶ間もなく

庇う間もなく

鈍い音がした。



「…………ッッ軋識さん!!!!」




補足

軋識は本業の揉め事の後始末へ行っていて家を空けています。
家を出る前夜、軋識は今回のコレが長くなるだろう事を予想し、舞織と体を交わらせ行きます。

それから、一ヶ月の月日が流れます。

跡形もなく後始末する為に、そいつらの居場所、この廃屋を軋識は漸く見つけます。
しかし皮肉な事に、この廃屋は、自宅から走遠くはないところにあった。

そして更に偶然な事に、夕食の買い出しの帰りだった舞織はその軋識の姿を目撃してしまいます。

仕事の邪魔と分かっていても、やはり一ヶ月の会っていなかった事もあって、舞織は軋識のあとをつけます。
勿論、軋識も途中で舞織に気付いて、帰れと命じるんですけど、舞織は断固として帰らなかったんです。

そうして…というのがこのお話のあらすじです。