ザアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――…

恋歌

ぽたり ぽたり

干された洗濯物の端から、水滴が床に水溜りを作っていた。


桶に入った氷水の中に、少女の額から取ったタオルを浸す。

それから思い切り絞って、再び少女の額に乗せた。



少女は三日前、公園で拾った。

と言っても、すぐに気絶してしまったので、解釈によっては誘拐にもなりえるのだけど…



指先が、ピクリ と動いた。

今まで微動だにすらしなかった事から、身を乗り出して顔を覗き混めば、ゆるりと瞳が開かれた。



「…大丈夫か?」

「……」



少女は部屋を部屋を見渡してから ―と言っても寝ているので見えていたのは天井だけだろうけど― こくん と小さく頷いた。



「じゃあ…あの選択は間違っていなかったか?」

「…」



アノ選択。





お れ と い っ し ょ に こ い





少女はゆっくりと体を起こした。

手を握っていた男が背に手を回そうとしたが、力の入っていない手で押さえられてしまう。


温度の低い小さな手が、男の手の甲の上に置かれたまま、それからゆっくりと握り締められた。


少しでも力を込めれば壊れてしまいそうなほど細い手を、力を込めて握り返した。

すると、少女は小さく息を漏らした。



「間違って、ないです」



そのままもう片方の手が男の肩に置かれ、少女の方へと引き寄せられる。


するり と首に腕が回る。

鼻腔を擽る少女の香に目を細め、男はやはり壊さないように慎重に抱き締めた。



「名を…」

「…」

「お前の名前を聞いても良いか?」



震える指先が背中に回ったところで、擽るように耳に言葉を送り込む。



「…まいおり」



ふふ と小さく笑う声と、先程よりも軽くなった少女の声が、男の鼓膜を擽った。



「あなたは?」

「俺か?」

「うん」



男は少々の間を置く。


名を名乗る事を戸惑っているわけではない。

どちらの名を名乗るべきか、考えあぐねていたのだ。



「俺の名は…零崎…零崎軋識だっちゃ」

「きし、しきさん…」



これが、二人の出会いだった。