「舞織…ッ」

「…はい?」

「……あ、あのな……おっ俺と……ッけ…っ、…け…っ!!」

「……毛?」



毛がどうかしたんですか? と小首傾げられれば、もう何も考えられない。


ただ一つ、愛しいという言葉の名の元に、折れんばかりに舞織を、ギュウ と抱き締めた。


いつまで経っても切り出せない と項垂れつつも、どうしたんですか? と髪を撫で問う舞織に、このままでもいいか なんて安易な考えがチラついた。

愛し殺す

時、遡るべくして、一時間前





「プロポーズ!!?」

「ッ!声が大きいっちゃ!!」



ブッ とお茶を噴き出したのは、昔馴染みに長兄とは名ばかりの、双識ことレンだった。

人識は、あんぐりと口を開け、それから脱力するようにソファに沈み込んだ。



「ア、アアアアアアアス!!プ、ププププロポーズなんて…な、何を言い出すんだい!?急に唐突に突然藪から棒に!!」

「あー…兄貴はとりあえず口の周りとテーブルを拭いて、深呼吸十回ぐらいしとけ。ドモり過ぎだし、後半の言葉の意味が殆ど一緒だった」

「確かにな」



相談 というには、あまりにも屈辱的な相手ではある。

が、致し方ないのだ、致し方ない致し方ない、何て言ったって他に誰に相談したら良いのやら…

浮かんだ相手がこの二人だったという自分の脳を怨むべきなのである。



「で、大将。どこに頭をぶつけたんだ?痛くないぐらい痛かったんじゃないか?」

「……俺のバットを食らってみれば分かるっちゃかもな…」



自分愛すべきモノは、いつだって手を伸ばせる範囲に置いてある。

手に馴染んだソレを持てば、ごとり と床と擦れて鈍い音を立てた。



「ははっ んなおっかないモン出してくんなよ、冗談だからさ……で、どうして急にそんな事を?」



別に急に というわけではない。


先程も言ったが、愛すべきモノはいつだって手を伸ばせる範囲にあって欲しいのだ。

何かあってからでは間に合わない、常の安心を、安息を、休息を。


ソレは舞織とて例外ではないのだ。

贔屓目で見なくとも、十二分に愛らしく、ほんやりとどこか抜けているのだ。


軽い気持ちで体に触れられたら、ふとした拍子に口付けでも交わすような事があったら、隙を付かれて押し倒されたら と

本当は学校へだって行かせたくない と軋識は内心思っていた。



「…まぁ、そろそろ身を固め時かと…」

「………ふぅん」



そんな小っ恥ずかしい事、双識に相談する事すら戸惑われるのに、どうして付き合いも短く、年も下である人識に暴露できようか。

無理矢理の理由に、人識は眉を顰めつつ、結局はどーでも良い事なのか、興味なさそうに頷いた。



「で、私たちにどうやってプロポーズしたら良いか、と?」

「兄貴…落ち着いたのか」

「うふふ、深呼吸倍多くして二十回しちゃったからね。落ち着いたどころじゃないよ」

「ああ、そうだっちゃ。プロポーズなんて、言葉一つで返事も変わるものだっちゃ。受けてもらえるかも分からないのに…」

「アス…」

「…大将…」



恋する乙女ですか? と双識と人識は眉を顰めた。

頬を染めて恥ずかしそうに悩むその姿、気色悪い以外で言い表すならば気持ち悪い、だ。



「ま、まぁ、私達で良ければ相談には乗るけれど、人識はさておいて、独身男の言う事が参考になるのかな?」

「一人で考えるよりはマシっちゃ」

「別に良いけどな、責任は持てねぇぜ?」

「ああ」





そうして時間は過ぎていった。



いつもは心配に心配を重ね、更にその上に心配を塗す如くの学校の時間が、今日ばかりはあっという間に終わり、舞織が帰宅してきた。



「ただいまですよー」

「お、帰ってきたな」

「アス、頑張ってね、見守ってるから」

「ッみ、見守らなくてい…」

「ただいまですー」



ガチャ とドアが開かれる。

お帰り と一言残して、さっさと部屋を出て行ってしまった二人に首を傾げつつ、舞織がとことこと寄ってきた。



「密談ですか?」

「…あ、ああ…まぁ、な」

「…猥談?」



まじまじとした顔で、猥談などと勘繰られてしまうと、怒る気も失せる。



「バカ言うんじゃないっちゃ」



お前の事だけしか考えてない などと、歯の浮くような台詞は、喉につっかえて出てこない。

代わりに、グイ と引き寄せて、思い切り抱き締めた。



「あ」

「え?」

「イヤ、何でもないっちゃ」



舞織が大人しく抱き締められているその反対。

ドアのところにいる二人組に、軋識は眉を吊り上げた。


口をぱくぱくとさせて、いけだのやれだの言う人識と、複雑そうな表情の双識。

手で追い払う仕草をしても、一向に動こうとしない二人に軋識が躍起になろうとした瞬間。



「…なにしてるんですか?」

「……いや、……あの……別に」

「?」



きょとん とした瞳に見つめられると、本当に骨を折らんばかりに抱き締めたいという衝動に駆られる。

が、そんな事、できるはずもしていいはずもなく。


代わりに、噛み付くように口付けた。



「っん…ぅ…っ」



甘ったるい声が心地良くて、名残惜し気に、唇を離す。

それでも離れがたくて、唇を、ぺろり と舐めれば、舞織も、負けじと、軋識の舌を舐めた。



「舞織…」

「…はい?」

「……あ、あのな……おっ俺と……ッけ…っ、…け…っ!!」

「……毛?」



そうして、現時点に至るわけである。

ヘタレという称号なんぞ、欲しくもないが、このままでは人識から贈呈されそうだ と軋識は深く深呼吸した。


言わなくてはいけない。


愛しいということを 必要だということを 傍にいて欲しいということを



「舞織っ」

「だから何ですかー?」



どうしたんですかー? と甘やかすように髪を撫でて、額が、こつり と合う。

そうする舞織の肩に手を置いて、グイ と引き剥がした。



「ッ、どうしたん…」



「結婚しよう」



沈黙



ふと、思い出したように、ぱちぱち と瞬き


首を傾げて それから軋識を見つめて


結婚 と小さく呟いた。



「嬉しい」



小さな 小さな 応。



ソレから随分と遅れて、ほとり と涙が一粒。


その涙を、軋識が、ぺろり と舐め取った。

そうしてから、先程舞織がしてくれたように、額を合わせる。



「本当っちゃか?」

「こんなの、わたし…うそ、つけないです」



声を震わせ、体を震わせ、顔に添えられた手がぶるぶると震える。

涙が、瞳に溜まって、キラキラキラ と。


シアワセに して…ね と抱き付かれて、



「ああ…」



小さく 小さく 応。






今日は赤飯だなー と人識が飛び出して、

悲しさと嬉しさに舞織よりも涙する双識も、ヨタヨタと現れて



その晩は、小さな 小さな 宴が行われた。




響さんへ、お誕生日お祝いー。
遅くなってしまいましたが、おめでとうございます!