姫ちゃんはそうして大きな瞳をパチパチと瞬かせ、ソレを眼前に掲げまじまじと見つめる。

黙ったまま何も言わないぼくに痺れを切らし、姫ちゃんは視線をソレからぼくへと移した。

できごころ

「ししょお、なんですかこれ」

「なんだと思う?」



即答で聞き返されて、姫ちゃんは息を詰めた。

まるで叱られた子供のように俯いて、それからハッとする。



「ひ、姫ちゃんは分からないから聞いてるんですけど」



突然掌を出せと言われて、出してみれば乗せられたソレ。


ゼリーのような触り心地のソレは、姫ちゃんに病院で使用するゴム手袋を連想させた。

けれど香りは葡萄そのもの、意味が分からず姫ちゃんは顔を顰めた。



「姫ちゃんはブドウ好き?」

「……嫌いじゃないです」



警戒心丸出し。


本当は大好きな事をぼくは十分知ってる。

少々の間を置いて返事をするものの、依然掌の中にはソレ。


正体知ったら、どうなるかな。

ぎゃーぎゃー泣き喚く姿を想像して、ぼくは一人ほくそ笑む。



「ししょー?」

「あ、ああ、リンゴとかバナナとか…ミントなんてのもあったんだけどね。今回はブドウにしてみたんだ」

「?」



訝しむように伺いこんでくる姫ちゃんに何を笑ってるのかと問われる前に、とりあえず話題を逸らした。

我ながら意味の分からない返答だと思うが、単純な姫ちゃんにはきっと怪しまれない。



「今日って何日?」

「…25?」

「ちなみに姫ちゃん、宗教は?」

「州境?」

「発音が違うよ、そんなものを聞いてどうするのさ。ああもういいや。今日は何の日?」

「…エックスマス」

「は?」



イベントには宗教を超えて積極的に参加する女の子。

姫ちゃんだって、そんな女の子の一人、のはず。

去年壮絶なチョコを貰ったような…あれ?、記憶が曖昧だな…


元々記憶力のよくないぼくが去年の事など覚えているはずがない。

このまま考えていると今現在さえも忘れてしまいそうなので、思考を無理矢理に方向転換させる。


そう、エックスマスだ。

何がエックスマスなんだろう…



…エックスマス……


あ、Xmas…?



「…うーん、聞き直そうか。今日は誰が来る日?」

「ししょーです」

「…トナカイを連れてソリに乗って煙突からやってくるんだ」

「泥棒?」

「まさか。赤と白の服でさ」

「?潤さんですかー?」

「違う、男だよ、年配の。白いひげがもさもさとね」

「もさもさ…」



今やすっかり眉間の皺も取れ、ぼくの話から必死にその人物を浮かべようとしている姫ちゃん。

今度は違う意味で、眉に皺が寄る。



「サンタクロースって知ってる?」

「…さんたく?」

「24日の夜、世界中の子供達にプレゼントをあげるおじさんだよ」

「え!?なんて奇特な!」

「うん?ああ、良い子にしてるとやってきてご褒美に欲しい物を一つだけくれるんだよ」

「へぇ…」



姫ちゃんは目をキラキラと輝かせて、ぎゅうう と掌が握り拳を作った。


思わずぼくは、あ と声を出してしまうが、姫ちゃんはもう聞こえていない。

今や脳内はサンタクロース一色なんだろう。


そしてぼくの脳内は、果たしてアレがまだ本来の価値値のあるものとして存在してくれているかでいっぱいだった。



「ねぇ、姫ちゃ」

「ししょう!!」

「はい?」

「姫ちゃんとこにも…」

「こないよ」

「え!」



この質問は予測できた。

一気に悲しそうに顔を歪ませる姫ちゃんは、犯罪級で可愛い、だなんて相当ぼくも歪んでるのだろうか…



「ど、どうして…」

「理由その一、姫ちゃんは高校生だから」

「がーん」

「理由その二、今回のテストがオール平均点以下だったから。ぼくが教えたにも関わらず」

「…姫ちゃん理由その一が、まず越えられない壁なんですけど。ていうか越えてしまった壁です。うううう」

「でもね」



一喜一憂、一転して目尻に涙を溜める姫ちゃんに、ぼくは救いの手を差し伸ばすんだ。



「姫ちゃんは年末の大掃除を頑張ってくれたから」



ぼくが姫ちゃんを落としておいて、ぼくが姫ちゃんを助けてあげる。



「ぼくがサンタの代わりだ」



バカな姫ちゃんは、それすら分からずにぼくに感謝するんだ。



「サンタみたいに金持ちじゃないし、ぼくはエスパーじゃないから姫ちゃんの欲しい物は分からない」



そんな姫ちゃんが、ぼくは狂おしい程に愛おしいよ。



「だから自分が貰って嬉しいもの、姫ちゃんにあげる」

「……ししょう…」



うるっ と感激に瞳を潤ませて、両手を組み合わせる姫ちゃん。


その手の隙間から、ソレが、チラリ と見える。

ああ、使い物にならないかも。



「その手の中の物がプレゼントだよ」

「…え、これだったんですか」



姫ちゃん握り締めちゃいましたよー と拳を解く。


原形は保っていないが、穴は空いていないようだ。

…もしかしたら、使えるかな?



「で、これ何なんですか?」

「コンドーム」

「………………………」



誰もが幸せに互いを想い暮らす聖夜。


ぼくは姫ちゃんからコンドームを投げつけられた。

しかも顔面に。




ちょっとした出来心。どんな顔するかなぁという興味本位で。
いーちゃんのいたずらはタチが悪いので、姫ちゃんはいつも騙されて泣かされます。
そんな姫ちゃんが可愛くてもっと苛めてしまうのがいーちゃん。やりすぎるともれなくみいこさんからのお叱りが飛んできます。