知ってましたか

んあ?

今日が何の日か

今日?

今日は―――………

はなばなぱな

『もしもーし』



ちょうハイテクな携帯、あれもできてそれもできてこんなこれこれまでできてしまう優れもの。

けれどすぐに壊れてしまうもの。

永く持たないもの、すぐにダメになってしまうもの。


ちょっと俺に似てないだろうか?――ハイテクかどうかは…分からんけど。 ―少なくとも持ってるは物はハイテクである、そこらの刃物よりは―



『無言電話ですかー、負けませんよー!むむむむむっ』



意識を遠くへ飛ばしても、耳に当てた携帯からは絶え間なく高い声がつんざいて聞こえてくる。

この声の主には、心当たりがある。このテンションも、一生噛み合わなそうな会話にも。一人、心当たりがある。


あれきり、もう随分と会っていないけれど。



「あー……伊織ちゃん?」

『うふ、大正解ですよー!』

「これつい最近買ったばっかなんだぞ…?何でその携帯番号を…」

『それは…うあっ!そんなのあたしが教えたからに決まってんだろバーカバーカ!』

「…………」



電話の向こうで、ガチャガチャ音がしてがやがやといくつもの声が騒がしく響いている。

人識は携帯を耳から離し、更に体を仰け反らせた。

体を仰け反らせたのは、自分の隣で、砥石が人識の当てる携帯の外側に耳を近づけていたからに他ならない。

殺気は凄まじいくせに、妙なところで気配がなくなる。しばらく一緒にいるが、全くもって掴めない奴だった。



「おい」

「……」

「おい」

「うん?僕?」



砥石は呼ばれたらしいことに反応し、首を傾げた。



「あんたしかいないだろうが」

「それはどうかな、僕死かいないというのは君の判断であって僕の判断ではない、だから―」

「あーもーあーもー、どっちもうるせえ」



喋り出すと止まらない砥石の前で手を振って言葉を遮り、再度携帯を耳に当てた。

ちょうど、人識くん、と声がした。



『知ってましたか?』

「んあ?」

『今日が何の日か』

「今日は何かの日なんですか?」



砥石が横から割入ってくるのを無視して、人識は眉を顰めた。



「今日?」

『はい』

「今日…なあ…何だったかなあ」

「そういえば人識くん」

「んーだよ、もう」



砥石は、人識が電話の最中であるのもお構いなしに会話を吹っかけてくる。

ああもうこんなやつに頼むんじゃなかったなあ、何で付いてくるんだろうなあ、憑かれたのかなあ、いやもう疲れたよほんと。


人識はもう投げやりに、けれど律儀に何だよと返事を返す。


砥石はぼうっとした顔で、棒のような読みでもって、その指を動かした。



「その花は―なぶっ―」



砥石の口にしたその言葉に、指さす方向に、人識はすかさず空いている手で砥石の口を押さえた。

けれど伊織には拾われてしまったらしい、訝しむ声が聞こえてきた。



『……なぶ?…あのう、そちらに砥石くんもいるんですか?聞き覚えのある怖い声色』

「………だ ま っ て ろ」

『黙れと言われて黙る伊織ちゃんではありません!むしろ喋ります、喋くりまくりまくりくりです!ぐははははー!』

「あんたにむかって言ったんじゃないけどあんたも黙ってろ!」

『ぐはははははー!』

「電話相手は伊織ちゃん?」

「あんたは伊織ちゃんって言うな」

『とーいしくーん、わたしのことは、伊織と呼んでくれて構わないよ!』

「伊織」

「ああもう!俺越しに話してんじゃねえよ!」



一度しか会ってねえのに早速意気投合してんな!しかも俺越しに! と人識は砥石と、それから携帯に向けてそう述べた。



『ヤキモチはみっともないですよ』

「……」

「それはそうと」



知ってましたか 伊織は再度口にした。



今日が何の日か。



「………さあ、なあ」

『………ハッピバースデー伊織ちゃーん!ハッピバースデー伊織ちゃーん!!』

「伊織ちゃん、悲しくねえ?」

『ハッピーラッキーアジアンビューティー!』

「それはさておいて今どこにいんの?」

『さておかれてしまいました、あとで拾ってくださいね?ちなみに今は家のお二階で潤さんとごろごろしてますよー、パジャマパーティですよー、人識くんも参加しませんかー?』



人識はその言葉にすげえメンツだなと呟きながら、手にしていたものを地面へぽいと投げ捨てた。

がさと音がしたその軌跡を、砥石が目で追っていた。



「これから十秒したら外に出てきてくれ」

『えっ、ちょ…』



言うだけ言って携帯を切って、人識は歩き出す。

後ろからついてくる砥石の方へ首だけ振り返る。



「腹減ったなあ、今日は何食おうか」

「人識くん、あれはどういう意味があるんだ?」

「意味なんざねえよ、あってないようなもんだ、なくてあるようなもんだ」

「人識くんは要領を得ないな」



砥石はもう一度後ろを振り返る。

家の前、門の前に投げ捨てられた薔薇の花束、真っ赤なその色は、生臭い匂いを彷彿とさせる。



「なあ、何食いたい?」

「あ」

「お、何か思いついた?」



砥石の声に、人識は体を振り向け、後ろ向きに歩みを進める。

ああでもパスタは嫌だなあ、そう呟く人識の背中に、どんと衝撃が走って、体がよろめいた。



「いって」

「わたし、パスタが良いなあ」

「い、伊織ちゃん!?」



体を振り向けた先に立っていたのは、春色のワンピースに身を包んだ伊織の姿だった。

突き出したその手により衝撃を免れた伊織は、平然と立っている。


にこりと笑って、伊織は一冊の本を差し出した。



「今日は世界本の日です」

「へえ」



ぐいぐいと押しつけられるその本を半ば無理やりに受け取らされる。

伊織は人識と砥石の脇をすり抜け、家の門の前に落ちている薔薇の花束を拾い上げ、また戻ってきた。



「スペインのとある地方では女の人が男の人に本を、男の人は女の人に赤いバラを贈る風習があるんです」

「ああそう」

「これ、わたしへの誕生日プレゼントだったりしますか?」

「さあ」

「携帯は今日の日のために購入したんじゃないんですか?」

「さあ」

「それでまたどこかへふらっと行くつもりだったんですよね」

「……」

「潤さん情報なので確かな筋です、素直じゃないなあ人識くんは」



伊織は、沈黙した人識を見遣ってから、花束に顔を埋めた。

その姿は、泣いているようにも、見えた。



「………」

「い、伊織ちゃん?」

「ふふ」

「伊織ちゃん?」

「ふふっふふふっ」



伊織はバッと顔をあげ、満面の笑みを浮かべた。

手を挙げ、叫ぶ。



「ままよっ!!」

「は?」

「あ、哀川潤」



はあ?! そう叫ぶが早かっただろうか、いや遅かったに違いない。

伊織の奇声と共に物凄い速さで走ってきたのは、どこをとっても赤い色をした、最強と名高い請負人。


高らかな笑いが聞こえてきそうな ―…いや、実際には笑っていたが足音のその力強さに声が負けていた― その勢いに、人識は肩を竦めた。



「あーあー…もう、はいはい、降参しますよ」



人識は降参にと手を挙げる。

これでおしまい、また俺は面倒厄介事に暫く手を焼かなくてはならない、今度は面倒が二人に増えた、手間も二倍である、いやもしかしたら三倍かも。


まあそれはそれ、自分の人生なんてそんなものだ、いつだってどんな時だって何だって。


その程度に思っていた。

思っていた。



けれど請負人は止まらない。

はしってはしってはしって、遠くにいた赤い色はだんだんだんだんだんだんだんだん、近づいてくる。

そうして伺える顔色は、喜色満面、とても楽しそうである、笑顔全開である。



「ちょ、まっ…降参だっつの!おい!まてまてまてまっ――……!!!!」



人識の必死の降参も、静観する伊織も砥石も、誰も何もできないまま、楽しそうな赤色は止まらない、誰にも止められない。


やっほう!と高く叫びながら赤色はエルボーバットを構えた。

哀れ人識は、まともにそれを受け、まともでない体になってしまった。小柄な体を構成する骨を、数えるほどを残して殆どを砕かれてしまった。



「…………寿命が来る前に…迎えが来るっつの」



あんな迎えられ方、ごめんだけど。


あちこち痛む体は喋れば喋るほど骨が砕けていくように思えるほどの激痛を人識に与える。


伊織はととっと人識の元まで歩いて来て、仰向けに寝転がるその横へ腰を下ろす。



「痛いですか」

「あーもう…俺の人生って痛いことばっかり」

「何かに目覚めそうですか」

「そうだなあ」

「いつか戻ってくるかなあと思ってたんですが、取れた義手のリハビリは大変だし潤さんの依頼代は高いし、一人はとっても寂しかったんですよう」

「そーかあ…ごめんなあ」

「もう一回、一緒にいたいなあって…でもそれがダメなら誕生日の今日ぐらい、一緒にいてほしいなあって」

「どっちにせよ、暫くは世話になりそうだ」



痛みに熱くなる体、朦朧とする意識の中で、人識はゆっくりと言葉を紡ぐ。

伊織は、やっと恩返しできますねと鬼も金棒を捨てそうな呑気な顔でのたまった。


素直に言ってくれたら、こんな痛みとも感情とも出会わずに済んだのに…というぼやきは、痛みのため声にはならない。



「あの」



砥石が割って入る。

伊織は腰をあげ、砥石くんと彼の手を取った。



「二度目まして砥石くん。砥石くんは行く当てはおありですか?人識くんが大好きですか?わたしと一緒に放浪癖のある人識くんを待つ会に参加してくれませんか?」

「良いのか?僕が一緒に暮らしても」

「人識くんいわく、砥石くんも家族みたいですし。家族カモーン!ですよう」

「じゃあ、宜死くお願い死ます」

「やったね部員が増えました!これでもう寂しくないですー、というわけで人識くんは安心して放浪してきてください」



互いに頭を深々さげて挨拶を交わす二人。

今度は人識が会話に割り込む番だった。



「ちょっと待て、二人暮らしは許さねえぞ」

「娘の身を案じるお父さんですか人識くんは」

「僕も男だ死ね」

「わたしは女ですからね人識くん!」



そう言って笑う伊織に、人識は眉を顰めるので精一杯だった。

走りに走って行き過ぎた赤色が、はー、走った走ったあ…と爽やかな汗を煌めかせながら、ゆっくりと戻ってきた。



「任務完了でいいかな、伊織ちゃん」

「ありがとうございます潤さん」

「いやいや、いいってことよ!あんな良いもん貰っちゃねえ、こっちとしても良い仕事しなくちゃ割に合わないぜ」

「何を払ったんですか?」



素朴な疑問を、人識も思っていた疑問を、砥石が呟く。

赤色と伊織は笑みを浮かべて、声を揃えた。



「人識くんがまた集めてた刃物ですよう」
「人識が収集してたキレイなもの、全部もらっちった」

「なっ…!!―――――――っっ」



悲痛な呻きは嘆きか苦痛か。


耐え切れないその現実に、ふと視界に入る一冊の本。

自分同様、ぞんざいな扱いを受け、自分同様、地に横たわるその本に、そっと手を伸ばす。

療養中の暇潰しにでも…そう思って目にしたタイトルに、人識は、嫌んなるぜ、と無理矢理言葉を口にした。



『女の子が喜ぶプレゼント百選』



こんなもん貰っちまったら、百個プレゼント、しなくちゃならないじゃねえか。