胸の中を渦巻くものは、黒く重い。

ひとりじめ

事の発端はほんの些細な事だったかも知れない。

第三者から見れば、お前そんな事でキレてたらもたねえぞなんて笑われてしまうかもしれない。

どんだけ余裕がねえんだよと突っ込むだろうか、重い愛だねえ零崎くんと茶化すだろうか。


そんなこと、誰でもない、俺が一番分かってんだよと心の中で一蹴して、ばあか、愛しちゃってんだから仕方ねえだろと強がってみる。やっぱり心の中で。

けれどどんな言葉を言われたところで、強がってみたところで、今の俺には無意味に等しくて。


渦中の本人はまるで気付かぬようでへらへらと笑っている。

へらへらとふわふわと

ああ畜生、可愛いなこん畜生なんて、そんな笑顔俺に見せたことねえだろ何だよ何だよ不貞腐れてみるもやっぱり無意味で。
それは心の中で思っているから、ではないはずだ。


じおうくんは面白いですねえ本当にと伊織はへらへら笑っている。ばかお前、クラスメイトの名前間違ってんぞと伊織の向かいに座る柘植の表情が引き攣るのを見遣って、ざまあみろと誰に関してかそんなことを思いながら、机に広げられているプリントの端に小さな丸を描いてみた。


あははと笑う声が放課後の静かな教室に響く、うるせえよここに一人補習で健気にまじめに勉強してるクラスメイトがいるだろうよどっか行けよつか柘植、お前がどっか行け早く帰れと人識は念を送る。



夕暮れが眩しい放課後のとある教室。

計算に計算を加えた綿密な計算で、ぎりぎりセーフまで休んでぎりぎりセーフの出席日数で単位取得と進級を狙っていた人識だったが、風邪と兄には敵わなかった。敵うはずもなかった、主に兄に。

三十八度の微熱に大喜び ―あれは大喜びにしか見えなかった、どう見ても心配してる風には― した兄は、これは大変だ大変だね非常事態だよとうきうきしながら人識を休ませた。


そう、単位取得と進級に関わる重要な試験を、だ。


結果人識は、単位を落とし進級も落とし、それなのに追試という名の補修を受けなくてはならないこの不条理、に加え、こんな妨害行為、あんまりだろう。

俺が一体何をしたんだよとやっぱり心の中で吐き捨てて、幾分大きくなった鉛筆の黒丸を消しに掛かる。


目の前に広げてある数学のプリントは最後の一問で終いだ。


大したことない問題、休まなければ首位で上がっていけたかもしれないのにとぼやいて、ああそれはないかと思い直す。

このクラス、もといこの学校には化けモンのような成績を誇る学生がいるのだ、ちょうど斜め前辺りで楽しそうにこれ見よがし楽しそうに談笑する博学の化けモンが。

そう思っていると、目がばちりと合った。うっかり跳ね上がる心臓に戸惑っていると、すぐに目が逸らされた。

なぜか睨まれたような…いやまさかなと人識はプリントへ視線を落とした。


にしてもあいつ、何だよそんなに根に持ってんのか?と人識は数式を書き並べながら思う。

この間のこと。

とどのつまりはそういう仲なわけでそういうお年頃なわけで、あんただって後半乗り気だっただろうがと終わってしまったこの間の弁明を捲し立てる、いっそ叫びたい。



「伊織ちゃんはさ、今、好きな人とかいるの?」

「はい?」



おいおいちゃん付けか、そんな女にちゃん付けかよ、てめえ、俺の女ちゃん付けにしてんな晒し上げるぞと物騒な事を呟いて。

導き出した答えの下に、ざっと下線を引っ張った。これで数学は終わり。次は科学だと、隣の席に置かれたプリントに手を伸ばした。


伊織は向かいの柘植の問いに驚いているのだろうか、事実驚いていた、目をパチパチとさせ、小首を傾げていた。

そんな様子に柘植は心臓を杭で貫かれるような思いだったのだが、伊織にしてみればわたし普段そんなにさっぱりしてるんですかねと疑問符を浮かべているだけだったのだけれど。

人識と付き合っているというのはまだ噂の程度にしか広まっていないのだろうか、学校であれだけやってるのにそれもまたおかしなことだなと。


さらりと考えて、この返答の内容次第で後ろのあの人がどんな反応をするのだろうか、少し興味がある。


まあ、ちょっとぐらい憂さを晴らしたって罰は当たらないですよねと、とどのつまり今人識に科せられているのは罰ゲームなのだ、この間の喧嘩の。

人識が苛立って当然である、伊織はあえてそうなるようさせているのだから。


伊織はにこりと笑った。



「さあ、どうなんでしょう」



バキッと斜め後ろで音がした、ペンが折れたか定規が折れたか。

にこにこと笑顔を浮かべる伊織に、柘植は慌てて口を開く。彼にしてみれば、伊織の返答次第で自分にもチャンス到来の可能性があるのだから。



「さあ、って。いないの?伊織ちゃんに、好きな人」

「ううん、どうでしょうねえ。いるようないないような。いるとしたら、わたしを大事にしてくれてないみたいです」

「そうなの?え、ってことは、彼氏、やっぱりいるんだ、ね」

「そうですねえ、ひどいことばっかりするので、どうしようか考え中なんです」



自然科学、化学。

実験は好きだけど原子がどうしただの法則が何だのと、面倒くさいなと人識は頬杖をつく。

好きとできるは違う。分かるからって好きとは限らない。


面白くねえなあと人識はペンを走らせていく、化学なのに、ローマ字がずらりずらりとプリントを埋め尽くしていく。

そのペンは、太く、濃く…パキッ…とすぐに折れる。


苛立ちは、募っていくばかりのようだ。

今にも沸騰しそうな頭を抑えて、皺が目立っていくプリントを埋めていく。終わらせるが早いか、プリントが破れるが早いか、微妙なところだった。



「じゃあさじゃあさ!」



柘植が嬉しそうに身を乗り出した、らしい。椅子が床をする音が聞こえた、立ち上がったのか、近付いたのか。近づいたんなら許さねえと横目で前を見遣る。

…ふん、命拾いしたなと。


最後に名前を書くのを忘れていたとプリントを端に避けようとしていた手を戻し、零崎人識と乱暴に殴り書きした。

柘植が、何を言わんとするか、恐らく伊織にも分かっただろう。



「そんなヤツやめて、俺に、しない?」



やっぱり。



「ああ、う」



ばかめ。自業自得だと呆れた視線を送れば、予想外にも視線がかち合った。ヘルプを求められている。

都合のいい時だけ?さっきまで散々好きな人がいるとか言ないとかどうしようとか何だかんだ、本人の目の前で言っておいて?

虫が良いなと視線をそらした。心の中で、ばかお前、仲直りのチャンスだっただろうがと叫ばれるも、不要なプライドがその声を遮断した。



「そうですねえ」



おいおい


「特に問題もないみたいですし」



マジかよ、問題点だらけだろうが。



「じゃ、じゃあ」



ただの醜い嫉妬だって


「でも」



気付けよ、ばか。



「おい」



声が、勝手に出ていた。

さっきまで散々、心の中で喋り続けていたのが嘘のようだった。


声は低く、重い。柘植が、困惑した顔でこちらを見遣る。そうだ、こいつは確か、俺が苦手だった、はずだ。

苦手なのに、それでもここに伊織がいるからという理由で、残っていたんだ。

凄いというか羨ましいというか申し訳ないというか。いやでもやっぱ、その手はどけろ、むかつくからよ。



「さっきから聞いてりゃ」

「…なんですか」

「あんたは俺のもんだろうが、よ」

「モノ扱いしないでくださいよ」

「じゃあ俺の恋人だろうが」

「それなら良しです」



ふふと微笑んで。

柘植に乗せられたその手をゆっくりとどかし、伊織が立ち上がる。



「ごめんなさいじおうくん」

「あ、いや…うん」

「わたし実は…あ、あう、あの、う、うな…あああ」



オレンジ色が差し込む教室、その教室の一つに、男が一人、取り残された。

色を抜ききった銀色の髪が、あま茶色の髪の、ニット帽がトレードマークの女の子を、持っていってしまった。

台詞も半ば、どうでも良さそうに手を引いて、仲良さそうに手を引いて。



「…うそだろ」



その呟きは、空しく響いた。


ところ変わって、廊下、踊り場に繋がる階段の脇、ちょっと死角。

壁に押し付けて、今にも口付けそうな距離で、今にも噛み付きそうな距離で、二人は対峙する。



「まだ喋ってる途中だったんですけど」

「うるせー」

「そうやってわたしから発言権を奪い亭主関白になるおつもりですね」

「お、今のってプロポーズ」

「まさしく」

「マジでかよ」



会話なんてあってないようなもの。

噛み付くように人識がその唇に口付けると、嫌がると思ったけど、案外すんなり受け入れてもらえた。

ワイシャツの裾を握り締めるのは殆ど癖のようなもので、それがまた可愛くて、もっともっと可愛いところを見たくて、手を耳の後ろへ、擽るように動かした。



「うぐっ」

「殴りましたよ」

「過去形だし」



鳩尾だし。いててと腹を押さえる。大丈夫ですかと覗き込む顔は、やっぱり可愛い。

いてえよと呟くと、胸倉、というか襟を掴んで、体を起こされる。バイオレンスなのかこの女は。



「ちゅーですよ」

「……」



そのままつま先立ちして、ちゅ、と触れる唇。腹の痛みがすっと消える俺。なんて現金な。



「仲直りしましょう、人識くん」

「んん、……おう」

「引っ掛かりますね」

「いや、俺、何もしてねえのに許してもらえんのかと思って」

「十分やきもきしたでしょ?」

「仕組まれていたのか!」

「仕組んじゃいました!」

「悪女だ、悪女がここにいる。いたいけな少年を手玉に…末恐ろしいぜ!」

「人識くんのためにやったんですよ、可愛いもんじゃないですか」

「可愛いけどさ」

「照れますねー、ふふふ」

「というわけで」



どういうわけですかと問う伊織を無視し、人識は伊織の手を引いて辺りをきょろきょろと見回す。

何かを発見したのか、ぐいぐいと手を引かれ、引かれるままに立ち入ったのは、準備室。汚れで隠れた文字は恐らく、図書、だろう。



「至るぞ」

「若いですねえ」

「まあな」



かははと笑って、用心深いのかしっかりとドアにロック。

鍵を使われたらすぐにでも開いてしまうけれど、まあ放課後の今だし、むしろ数時間後には学校全体に鍵をされてしまうことにこちらが危機を感じるべきなのだが。


少し開けた窓から入ってくる温かな風、優しい黄色をした、少し色褪せたカーテンが風になびいて、閉じていた本がぱらぱらとページを捲る。

紙の匂いは、嫌いじゃない。


がたがたと置かれた机の配置を換えて、ほら、ここに座れと促される。

埃がたまっていないのは、図書委員の努力の成果だろう。スカートに皺ができないようにして、二つ並んだ机に腰掛けた。

必然、人識を見下ろすような格好になる、頭一つ分、伊織の方が高い。


伸ばされた手を掴んで、伊織が身を屈める。触れた唇は、先程よりも大分甘い。



「ん、」



片方の手が伊織の手を離れ、器用にセーラー服を寛げていく。

といってもすっぽり被るタイプの服だ、脱がそうか逡巡して、やめたのか、腹の辺りにある裾の端から、手が入り込んだ。


下に着ているワイシャツの上から、シャツを押し上げるように突き出た膨らみに手を伸ばす。



「あう」

「もうちょい、色気ある声、出せねえの?」

「……ああんっ、や、だめっ、いや…っやめてください、ひとしきくん…っうなあっ…みたいな?」

「………」

「興奮しちゃいましたか」

「……」

「マジですか…あ、う、ほんとだ」

「恨むなら若さを恨んでくれ」



悪戯に、伊織の細い膝が、膝から下が動く。

腰の位置を少しずらして、人識の足の付け根へ、膝を当てる。熱い主張が伝わってきた。


少し冷たい目が、上から降ってきたことに罰の悪さを浮かべ、てから、そんな事を呟いた。

人識はチッと舌打って眉を顰め、無かったことにすべく膨らみの突端をぎゅうと摘んだ。体がびくりと跳ねた。



「あんたも早く興奮でも何でもしろ」

「公憤」

「今は社会問題に憤りを考える時間じゃない」

「バレてしまいました」



何でそんな余裕なんだよと一言ボヤいて、また口付ける。

こっちはミジンコほどにも余裕ねえのに、しかもそれがバレてるのに。

だせえなあとごちて、セーラー服の上着を上へと持ち上げる。


持ってましょうかと言うので、裾を持っててもらう。お、何だか倒錯的だなと人識。



「もっと恥じらってみますか?」

「真に恥じらってみせてくれ」

「…人識くん、こんな…、恥ずかしい…っ」

「………」

「人識くんって…恥ずかしい…っ!」

「ほっとけ」



傍から見たら自分の服を捲り上げて、その状態を維持しろと言われているような、そんなプレイなのに、会話はまるで漫才。

もうほんとなら萎えても良いはずなのにとズボンの奥で熱く猛る己に溜息すら出ない、おいおい興奮するなよ、メンツが立たないだろうが。


ああもうむかつくなと、体を密着させ、露わになったワイシャツの中へと手を突っ込んだ。

手を後ろへ回り、下着のホックを外す。

慣れたものですねと感心した風な伊織の言葉を睨んで、締めるものがなくなった違和感に眉を顰める伊織に、これも持てとワイシャツとそれから今外したばかりの下着を捲り上げ、その二つを持つよう言う。



「わたしにこんなMっけはないんですけどねえ」

「減らず口だな」

「照れ隠しと言って下さい」



下着からワイシャツから、両の手を顔の横へ、捲り上げるようにして晒された白い肌に、思わず視線が動かなくなる。

細い、体全体が細いくせに、どうしてか柔らかそうな曲線に見える。

大した肉付きもなく、まあ胸は発達途中だとして溢れんばかりとまではいかなくとも柔らかくも弾力のあるソレは十二分に魅力的で。


見せつけるように露わになったそれに舌を這わせる。



「ひゃう」

「もうそんな声出したって引っ掛かんねえぞ」

「……」

「……」



顔が真っ赤だった、結果的には引っ掛かったことになるのだろうか。…下半身が苦しい。



「…もーお前、やだ」

「ですか」

「これ以上惚れさせてどうしようってんだ!」

「…に、似て焼いて食っちまうんですよ!」

「…マジで食うからな」

「うう」



顔を赤らめならがも本人の言う照れ隠しなのだろうか、一生懸命に返事してくるところがまた…


勘弁してくれよと、ほんのりと淡く色づいた突起に舌を這わせる。

もう片方は先程したように、その突端を指先で摘まむ。ちょっと泣きそうな顔をされたので、力を緩めてみる。



「見ながら弄るのやめてくれませんか」

「いや、だって面白いし」

「人識くんなんてわたしに食われて栄養となってしまえ!」

「本望だな!」

「そんな切り返しを…!…っあ、んっ」

「喘ぐのか返すのかどっちかにしようぜ」

「誰のせい、ですか…っ」

「んん、さあ?」



恨みがましい目、べたべたに濡れた乳房は先端が赤くしこっている。

ソレを満足気に撫でて、また小さく体を竦めるのを見て、俯けた顔を覗き込んで口付ける。


赤く涙ぐんだ目に小さく苦笑して、さりげなく太腿に置いた手を付け根へと動かす、スカートの中は外気に晒されていないため、暖かい。



「っ、ま…っ」

「だめ」



間髪入れず拒否して、両手がスカートの端を押さえる前に、足の間に体を割り込ませて、それを阻止する。

必死で押さえようとする手をどけて、スカートに触れる。



「…いつから興奮してたんだよ」

「…ううううるさいですよ!がっつりおっ立ててる人に言われたくありません!」

「怒るなよ、恥ずかしがられてもやめてやる自信、ねえんだから」



それよりこれ、持っとけよと隠されてしまった肌に、もう一度、裾を持つように言って、自分はしっとりと濡れた下着の横から、指を押し入れる。


伊織はギュウと目を閉じて、掴んだ服の裾を噛み締めた。



「やらしいな、それ」

「…っ、う、うう」

「叫んだって良いんだぜ?どーせ誰も聞いちゃいねえよ」

「っ、ん、ん、ぁ…う」



繁みに指を押し進め、とろとろと濡れそぼるそこへと指を挿入させる。

苦しげに寄せられた眉は、小さく息を吐いて吸ってを繰り返し、皺の数を減らしていく。


良い子だなと頬を撫でる。収縮を繰り返して指を食む中を押し入りながら時折指を折り曲げて肉壁を爪で引っ掻いてやる。



「あ、あぁ…」



小さく震える体、耐え切れず零れた声もまた震えていて。

服の裾を掴む指先は白い、ぱらりと口から落ちた服の裾と口には銀の糸がツウゥと伝い、ぷちりと切れた。



「ん、っく…や、あ…!」

「良いんだ、ここが」

「あ、あ、っひ、ひとしきく…んっ」



ガタと机が揺れて、人識は慌てて手を抜いた。

耐え切れず身を動かした伊織が机から腰を落とす、思考する前に動いた手が伊織の体を己の方へと引いた。


どす、ゴトゴト、ばさあ

なんてそれぞれの音がいっぺんに響く。

ここが日々掃除されてある部屋で良かったと、床に打ちつけた頭に眉を寄せながら人識は思う。

大して部屋を舞わなかった埃に安堵して体を起こす。腕の中で小さく息を乱す伊織を離して、散らかってしまった髪をどかす。



「大丈夫か?」

「あ、はい…ごめんなさい」

「ん、いや、良いけど」



やっぱ机でやんのは無理があったよなあと向こうで倒れてしまった二つの机を見遣り、人識が頭を掻いた。

あとで本も片さねえとなと広がったり捲られたりと積み重なった本が落ちているのにも目をやり、面倒そうに人識が息を吐く。


と、首に腕が回った。絞まる。



「どした?」

「片付けでも何でも、あとでしますから…」

「うん」

「……今は、続き…しませんか?」



絞まった状態で究極のお誘い。心臓も、締まる。苦しい。



「おう」



やっぱり可愛いよなあと馬鹿みたいにときめく心臓に囃されるように、腰に腕を回した。





「…っ、」

「息、吐け」



空が大分、濃度を増してきた。

風はまだ温かいが、時期に冷たくなってくるだろう。


窓閉めときゃよかったなと腰を下ろした低い位置からそちらを見遣り、つと中が締まったことに眉を顰めた。



「よそ見とは、余裕ですね」

「…余裕なんかねえよ、振りだよ、振り」

「そんなもの、いりません」



機嫌を損ねたらしい、自分に跨った伊織は口を尖らせ、尖らせたまま人識の唇に自分のソレを押し当てた。



「今はわたしだけにしてください」

「穴が開くほど見つめてやるぜ」

「…恥ずかしい…っ」

「………」

「こんなこと如きで質量を増していてはテクニちゃん伊織ちゃんには勝てませんよ!」

「…噛んだのか?可愛く言ったのか?」

「一石二鳥ですね」

「馬鹿言うな」

「あ、うっ」



ぎちぎちと締め付けられて、まるで圧迫されてしまうようなソレに、小さく息を漏らす。

中に納まりきった己を少し突き上げるだけで、伊織はびくりと肩を揺らす、苦しそうに浅い呼吸を繰り返して、ひとしきくんと呟く様に、またお互いの息が詰まる。


動けよと背を撫でて言ってみる。



「…っ…あ、あ」

「すげえ眺め、ほら、これ銜えて」

「んむっ、ん、んっ、んううっ」

「やべえ…」



何このエロさ、こいつグラビアか何かだったのか。

人識の肩に手を置いて崩れ落ちそうになるのを保ち、言われたままに腰を動かす伊織。

意識しているのかしていないのか、本能なのかどうかは分からないが、自分の気持ちいいところを探すように腰を動かしては、気持ち良さそうに息を吐く。

途絶えがちの呼吸がまたいやらしくて、思い立っていつの間にかまた落ちてしまった服の端を銜えさせてみる。


わたしのえっちなところをみてください、と言わせてみたいがそれは叶わない。


上半身の裸体を晒すように服を銜え、おまけに自らで動いて、気持ち良さそうに目なんか細めちゃってまあ。



「…やっべえなあ」

「…ん?」

「いや、そんな顔で見るな、もっとひどいことさせたくなるだろ」



例えばスカートを持ち上げさせたりとか。全部見てください、みたいな。

見てるだけでいかされそうになるだろと責任を伊織に押し付けて、手持無沙汰の人識は、露わになった乳房の突端に指を這わせる。



「あ、ああっ、だ、だめ…っ」

「どうして」

「っ、へんに、なるからあっ」

「なってみ」



ほら、と指先で摘まんで、爪で押し潰してみる。ぐりぐりと。



「ああっや、やあっ、ひとしきくんっ、ああ、んっ!」

「あーうん、いや、一度やってもらいたかったんだけど予想外に苦しいんだな、これ」



むずがって、伊織は人識の頭をぎゅうと抱き込んだ。

必然、胸が顔に押し当てられる、いや、結構苦しい。ていうかごめんなさい。



「わ、わかった、もうしねえって」

「う、うう」

「約束約束、今日はおんぶして帰ってやるよ」

「本当ですか」

「されたいのかよ」

「いや、まあ別に」

「微妙なのかよ!」



よく分かんねえやつだなと苦笑して、まあそこが可愛いんだろうな、やっぱりと、口付ける。

慰めるよう詫びるよう、涙が浮かんだ目尻にも赤く染まった頬にも額にも口付けて、伊織の細い腰に手を添えた。



「ま、そろそろ限界なんで」

「はあ」

「時間も遅くなってきたしなあ」

「そうですね」

「今日、家に泊まってくか?」

「続きは家で?」

「まさかの焦らしプレイ!」

「嘘ですよ、嬉しいです」

「焦らしプレイが?」

「それは苦しいです」



じゃあ決まりなと口付ける。

伊織の腰を持ち上げて、思い切り落とす。貫くように、抉るように。



「っあ、ああっ」



反らされる喉に噛み付くように口付けて、恐らくチクリと痛んだだろう、赤い鬱血を残す。


ぐちゅぐちゅと溢れる潤滑油に誘われるように、肌を打ち付ける。

中への締め付けが強くなって、そうもたないなと眉を顰めた。



「……っ、伊織…っ」

「あ、やっ、こ…な時に、ずる…っ」



溶けるような、甘い言葉が伊織の耳元で小さく呟かれた。掠れるように消え入るように溶け込むように。



「あ、ああ、…も…っやああっ」

「ッ、バ…ッ!」



増す質量、熱く火照った体、耳に響くのはお互いの小さな吐息と嬌声と、それから扇情的な水音と。

大きく身を震わせた伊織に、人識は寸でのところで己を抜き出して、白濁とした液体を伊織の服へと飛散させた。


そうしてぐったりと人識に身を預けた伊織の耳に、やべえ…と小さく呟く声が聞こえた、ような気がした。



それから先はまるで覚えていない。

恐らくすぐにでもいってしまったのだろうと予測はつくけれど。


伊織は朧な視界を動かして、ここがベッド、ひいては人識の部屋だった事を思い出す。

夢か現実かは腰の痛みが鮮明に覚えている。


あいたたと一人呟いて、寝返りを打つ。



「うわ」



向かいには人識の顔があった。いつもは結わえられている髪を下ろして、静かな寝息を立てていた。



「全部全部、きっとやってくれたんでしょうね」



準備室の片付けも後始末も、それからきっと本当におんぶをして、そして今は約束通りにお泊まり中なのだろう。

家に電話しなきゃなあと思いつつ、恐らく今電話したところで何時だと思ってるのと怒られてしまうかもしれない。


それならば明日怒られる方が断然いい。

今は、このままでと伊織は人識の頬に唇を押しつけて、それからゆっくり目を閉じた。


すぐに聞こえてきた寝息を確認してから人識はゆっくりと目を開けた。

闇夜に慣れた瞳が二度三度瞬きをして、伊織の体からずり落ちた布団を掛け直し、また目を閉じた。