カシャン



「……ひゃ!!」

甘過ぎるのも如何なものかと…

カチャン

お茶碗と箸とがぶつかって、小さな金属音を鳴らした。



「ご馳走様でした」



手を合わせて俯く舞織に、双識も箸の手を止めた。



「え、…もういいの?美味しくなかった?」

「そうじゃないです」

「具合でも悪いのかい?」

「違うんです…ごめんなさい」



小さな小さな、聞き逃しそうなほど小さな声で呟いて、舞織は席を立った。

皿をシンクへと置いて、水に浸す。


そうして俯いたまま、部屋を出て行ってしまった。



「……どうしたんだろう」

「なぁ、これ、どうするっちゃ」



ドアから軋識へ、目を移して双識は、ああ と思い出したように頷いた。



「人識」

「ん?」

「これ、後で伊織ちゃんに渡してくれるかな」



双識と同じく、舞織が出て行ったドアに目をやっていた人識に、袋を手渡した。

人識は中身を確認し、嫌そうに眉を顰めた。



「どうして俺が………分かったよ、ンな怖い顔すんなって」

「ありがとう」



ったく、どうして俺が

と口を尖らせる人識を他所に、双識の意識は既にテレビへと向けられていた。


そんな光景を見、自分勝手なやつばかりだ と軋識は小さく息吐いた。





コンコン



「舞織ー、入んぞ」



夕食後、ざばり と熱い熱い風呂に入った後、双識から渡された袋を持って、舞織の部屋をノックした。



「…あ、良かった、まだ寝てないな」

「人識くんって返事聞かずに入って来るからノックの意味がないですよね」

「何だよ、ノックしてやってるだけマシだろうが」



呆れた風に溜息を一つ。

ソレを聞き流して人識は部屋へと入り、ドアを閉めた。



「…で、何ですか?」

「その前に一ついいか?」

「どうぞ」

「何してんだ?そんな格好で」

「ちょっと考え事です」



そんな格好、まるで体育座り、幼稚園なら小山座りとでも言うのか、膝を抱えて座っている舞織に、人識は首を傾げた。



「ま、何でもいいよ。それより、これ、兄貴達が」

「…?何ですか」

「自分で見てみろよ」

「?」



眼前に付き出された袋に体を引きつつ、ソレを受け取る。

紙袋に入っていたのは小さな箱、それも二つ。



「何ですか?これ」

「開けてみろって言ってんだろ」

「…もう、教えてくれたって良いのに…」



ごろり とベッドに寝転がった人識を横目に、舞織は一つを膝の上に乗せてリボンを解いた。



「クッキー」

「だな」

「…ですね」

「………ホワイトデーだろうが」

「……」

「っおい、何仕舞ってんだよ」

「お気持ちだけ頂きます ってお兄ちゃん達に言っておいて下さい」



ジィ と美味しそうなクッキーを十二分に見つめた後、舞織は再び折り目通りにラッピングを戻していった。

その手を掴んで、人識が静止させる。



「どうしてだよ」

「……内緒です」

「ハァ?あ、俺が妬くとか思ってんのか?だったら最初からこんなもん渡…」

「違います、自惚れないで下さい」

「っ!ンだとぉ…」

「痛った…」



口を尖らせ、頑なに口を閉ざす舞織に、人識は眉を顰めた。

顔を背ける舞織の両手を掴んで、ベッドへと押し倒した。


舞織の膝にあった箱が、ころん と床に落ちる。



「離して下さい」

「理由言ったら離してやるよ」

「人識くんに教える義務はありません」

「俺は兄貴達から渡すよう頼まれてんだよ。受け取る義務がお前にはあって、渡す義務が俺にはある」



両者とも、眉を顰めて睨み合う。

ギッ と腕を掴む力が強くなったのか、舞織が痛そうに目を瞑った。



「言え。このままだと痣ンなるぞ」

「……っ」

「舞織」

「………ッ、…と、ったから

「…あ?」



ぼそ と小さく何か言った気がしたが、人識にはよく聞こえなかった。

腕を離して、舞織を起こす。



「何だよ」

「……る、から

「大きく言えって」

「…ッ、ふ、太るからって、言って……る…でしょう!!」



ぼろぼろぼろっ

と、涙が零れた。



「っ!?な、泣くなよ」

「…っはぁ……う…ぐ………ひ、人識くんのばかぁあああ…」

「っちょ、舞織っ、静かにしろって!兄貴達が気づくだろ!」

「うええぇぇええ…」



次から次へと、水道の蛇口を捻れるところまで捻ったかのような号泣っぷりに、人識は慌てふためきながらも零れる涙を拭ってやる。

嫌がって首を振る舞織の顔を押さえ付けて、何度も何度も指で涙を拭っては、泣き止むよう必死で呼び掛けた。



「舞織、…泣くなよ…な?…俺が悪かったって……舞織…」

「うああぁ…っひぐっ…ふぇ…っ、うぇええぇ…ん」

「舞織…泣くなって…このままじゃ俺が兄貴に泣かされる」



泣かされるどころか、殺される と人識は思う。


いつまで経っても泣き止まない舞織を、ギュウ と抱き締めて、背中を優しく叩く。

その心中、兄貴が気付きませんように とので祈りでいっぱいだった。



「……っぐ……ひ、ろしきくんれも…なくん、れすか?」

「……当たり前だろ。お前、俺の事なんだと思ってんだよ」

「…殺人鬼?」

「生憎、俺は感情を持ち合わせてる殺人鬼なモンでな」

「…ふふ…っ、泣くトコ、想像できない…」



嗚咽に混じって聞こえた微かな笑いに、人識は漸く安堵の息を吐いた。

抱き締めたその体を離そうとするが、舞織が、ギュウ と抱き付いたまま離れようとしない。



「…ま、舞織?」

「だめ、…今、…わたし、…かおが…」

「いいよ」

「だ、だめだって」



嫌がる舞織を無理矢理引き剥がして、俯く顔に手を添えてこちらを向かせる。



「…まぁ、確かに」

「…っ笑うなぁ…」

「じゃあお前は泣くなよ」



涙脆いやつだなぁ と額に唇を当てる。

好きで泣いてるわけじゃない と、鼻も目も頬も真っ赤にして、舞織は口を尖らせた。


その唇に自分のソレを押し当てる。



「もう大丈夫か?」

「……ん」

「そっか」



バツが悪そうに頷く舞織の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。

床に落ちた箱を拾い上げて、舞織の手に渡した。



「でもさ、これは食ってやれよ」

「………」

「ンな太ってないと思うけど」

「…でも」

「…分かった…食って太るんなら、動いて痩せれば良い話だろ」

「でも、わたし、運動って続かないし」

「俺が協力してやるよ」

「…本当に?…でも、どうやって?」



にたり とした微笑みに、舞織が体を引く前に引き寄せて、押し倒す。

人識を見上げる舞織の瞳は、まさか… の不安に彩られていた。



「こうやって な」

「…はぁ…やっぱり……絶対に!嫌です!」

「俺さ、お前にお返し用意してないんだよ」

「……?」

「どうしようかと思ってたんだけどさ…これ、良いな」

「え?」

「お前は兄貴達のお返しを食う、兄貴達は喜ぶし俺も殺さ…泣かされずに済む、で、俺が運動に付き合ってやる

 お前は太らずに済むし、俺はこれがお返しになる」



誰も損しない。良い考えだろ?

と自慢げに笑う人識に、首を振って拒否を否定をしてみるものの、彼はもう聞いていないらしい。



「頑張ろうな、舞織」

「…うあ…」

「まずは食前の運動からいってみようか」

「…!」



それからというもの、舞織の体重が激減したのはいうまでもない。

が、舞織が睡眠不足と体調不良になったのもいうまでもない。