嗚呼…泣いてくれるなよ、ゾクゾクしちまうだろ

SADIST -零崎人識の場合-

ぽた



「っぐ…」



ぽたぽた



「ふ…ぇ…っうぅ…」



押し殺すような嗚咽が、小さいにも関わらず、耳の中で残っていく。



「…は、ひっぐ…ううぅ、あ、ぅ…」



顔は見えない。

俯いていて、重力に従った髪が、舞織の顔を隠していた。


けれど、先程から何か、雫がぽたぽたと落ちる音がする辺り、嗚咽を零す辺り、泣いている事は明々白々。


泣かしたのは俺。

だが、後悔は無い。



「…ッう ぁ…っ、ひ…はっ、はぁっ、うぇ…ッぐ、ぅ…」



だって、こんなにも美しい歌を、俺は聞いた事がない。

陶酔しつつも、もっと聞かせてくれと催促するように、舞織の髪を、ソッ と撫でてやる。


嗚咽がいよいよ抑え切れなくなったのか、悲鳴のような泣き叫びが俺の鼓膜を歓喜に震わせた。



「も、いや、…嫌です、よォ…人識く…わ、わたし…っ」



俺の手から逃れるように頭を振って、ぶるぶる と震える両の手で顔を覆ってしまう。

それによって、泣き声はくぐもり、聞こえづらいものとなった。


ソレが、何故だか、酷く苛立たしく感じて…



「ッ痛…っう、あっ!」



そのか細い両手首をグイと掴んで、力任せに顔から離す。

驚いたのか、バランスを崩して、舞織はベッドの上に仰向けて沈み込んでしまう。



「ま い お り」



優しく、それでいて一言一言に圧力を乗せるようにして名前を呼んでやると、瞳の色が恐怖に染まる。



「ひ、としき、く…」



がたがた と震えながら言葉を発する唇に、ソッ と指を乗せる。


ヒュッ と小さな息が漏れて、綺麗な歌を奏でるその唇に自分のを押し当てた。



「ん、ぅッ……んんっ!!?」



ガツ と音がして、舞織が閉じかけていた瞳を開いた。

入らない力を総動員させて俺の胸板を押す。


このまま制圧するのも良かれと思ったけれど、瞳がじわりと揺らいだのを見て、舞織からゆっくりと離れた。



「……」

「ほら、俺の、ってシルシ」



手を引いて起こした舞織の俯いた顔を、顎に手を添えて上げさせる。

舞織の潤んだ瞳に、満足気に口元が上がる自分の姿が見えた。


瑞々しい唇の端に歯形が付いていて、ソコが切れて、ぷくり と血の玉ができてきた。

ソレがじわじわと広がって、滲んでいく。


舞織が、染まっていく。



「ひ、人識くんは、何がしたいんですか?」

「…」

「わたしの事…どう思って、こんな……っ」

「…ッ」



その言葉は、俺を、愕然 とさせた。



何がしたいだと? どう思ってだと?

分かってなかった のか?



言葉を呟いた後、また小さな嗚咽を涙と共に零す舞織が、とてつもなく、憎いモノとなる。



愛憎相半ばとはよく言ったものだな… と冷静な部分が自嘲する一方、

いつもは恍惚とする嗚咽が、聞くに堪えない、不快不愉快極まりない音として捉えてしまうような、

そんな憎悪が、感情の殆どを占めて、どろどろと渦巻いていた。



今すぐにでも、殺してしまいそうなほどの、憎しみ。



「…ッ………っ……………」



ただ、その瞬間だけは という話だった。


その嗚咽を聞いているうち、心の中の荒波は段々と元の静けさを取り戻していった。

そうして気付けば、いつものように嗚咽が美しいものとして耳を擽っていた。



傑作過ぎる な、全く…



「くっ、かはは!」

「ッ!?」

「何がしたいかだと?決まってるだろ…あんたを愛したいんだよ」

「…」

「あんたが、舞織が、こんなにも好きだから…」



眉を顰めて俺を見つめる舞織に、ゾクゾク とある種、射精感のようなものが俺を襲った。


ガッ と襟首を掴む。



「だから…俺色に、汚すんだ」

「……」



赤でも白でもない、この世に存在しない…

たった一つの、俺の色に…



ふっ と笑って、唇を近づける。


目を閉じる瞬間に、きらり と見えたソレは、きっと絶望と同情と愛情の涙。