「おい!大丈夫か!?」



風呂場に空しく響く声は、果たして舞織に届いているのか…

マジで!!?

「舞織ッ」



どうして回していないのか換気扇を動かし、浴室に入るが殆ど意味をなさず、室内は蒸し上がるような湯気が立ち込めていた。



「しっかりしろ!」



声をかけるが応答はない、だらりと浴槽から落ちた腕に触れると、じとりと汗ばんでいて温かい。


腕を引こうにも湯が邪魔して動かせず、人識ズボンを捲り上げて湯船に足を突っ込んだ。

自分にして見れば温い、けれどきっと舞織には熱かっただろう湯が、素肌にじわりと染みる。

折り曲げたズボンがするりと降りて、ぷかぷかと湯船に浮いた。


ズボンに浸透してくる不快感に眉を顰めつつ、人識は舞織の背を膝裏に手を回して、抱き上げる。



「舞織…」



短く荒い息が僅かに首筋にかかる程度で、それ以外、舞織は反応を示さない。


ドクッドクッと大きく不規則に鳴るのは人識の心臓か、はたまた舞織の心臓か…

抱えて、脱衣所に置かれたタオルを引っ張り出し、舞織の体の上へと被せて廊下へと出る。



「…兄貴…っ舞織が…!」



リビングを乱暴に足で蹴り開けると、タオルがソファに敷かれてあった。

緊急事態というのは伝わっていたようだ、タオルが敷かれたソファの上に舞織をソッと寝かせる。



「…のぼせちゃったかな?」

「分かってんだよそんな事。早くなんとかしろって」

「それが人に頼む態度っちゃか?」



濡れて額に張り付いた髪を横に払って、軋識が濡れたタオルを舞織の額に乗せた。



「…う、…軋識さん、お酒くさい」

「だろうな」

「ッ舞織?!」



うくく と笑う軋識につられて、舞織も口元に苦笑いを浮かべた。

薄く瞳を開けた舞織に、人識は思わず身を乗り出した。

その頭をぐいと押しやって、双識が舞織の顔を覗き込む。



「伊織ちゃん、何か欲しい物はある?」

「…お水……と、今は、寝たいです…」

「うん、今日は疲れたもんね。湯冷めしないうちに寝ると良い。水は後からもって行くから」

「ご迷惑…お掛けします…」

「家族なのだから。迷惑かけたって気にする事はない」

「…俺が、二階持ってく」



微笑み合う二人を遮るように、人識が舞織を抱き上げる。


トントン と階段を上っていて、揺れる体がまるで眠りを誘うゆりかごのようで、瞼が重くなる。

ぼんやりとした意識の中、舞織はふと、人識の表情が険しい事に気付く。


自分のようにしっとりと濡れた前髪に触れると、目が合った。



「…重くて、ごめんなさい」

「別に」

「?…じゃあ、その、…服…濡らしちゃって…」

「良いよ、俺が悪いんだし」

「?…怒ってるように見えるのは、気のせいですか?」

「今はもう喋るな」



またも乱暴に、けれど先程よりは静かに、足でドアを開ける。

舞織をベッドに横たわらせ、また踵を返す。



「…服取りに行くだけだ、……それと…別に、…あんたが原因で怒ってるわけじゃねえよ」

「…人識くん」

「だから大人しく寝てろ」

「分かりました」



呼び止めようとした舞織を遮って、人識は言うだけ言って部屋を出て言ってしまった。


一人ぽつねんと部屋に残された舞織は寒さに肌を震わせて、濡れてる体はまぁ無視してベッドに潜り込んだ。

どうせ動こうにも力が入らないし、何よりも眠かったので。


目を閉じれば、すぐに眠りに落ちる事ができた。