「俺の寝首を掻こうなんざ、一億年早ぇぜ?」

「うひゃあっ!!」

暖取り

ゾクゾク と鳥肌が立ってしまうのは、寒さのせいだけではない。

この静寂と暗闇と、そして、これからしようとしている事に、ゾクゾク と鳥肌が立つ。


相手は生粋の殺人鬼だ。

油断、失敗は許されない。


足音を忍ばせて、気配を殺して、ゆっくりとドアに手をかけた。



「―――ッ………あれ?」



引き続いて殺していた気配も吐息も、一気に解いてしまう。

ゆっ…っくりと忍び寄ったベッドに掛かった布団をゆっ……っくりと捲ってみると、そこはもぬけの殻。


ぽふぽふ と叩いたベッドにはまだ温かみが残っている。



「おトイレですかねえ」

「俺の寝首を掻こうなんざ、一億年早ぇぜ?」

「うひゃあっ!!」



つつぅー… と、湿った何かが首筋に触れた。

舞織は驚いて、ベッドへと飛び乗って相手との距離を取った。



「かははっまだまだ甘いなぁ、ん?」

「ひ、人識くん!!」



雲の隙間から出た月の明かりに、楽しそうな人識の顔が浮かび上がる。


先程首筋を這ったのはどうやら人識の舌らしく、悪戯気に出された舌が月明かりに照らされて妖しく光っていた。


張り詰めた緊張がプッツリと切れて、ベッドにペタリと腰を下ろす。



「こんな夜中にどうしたんだ?」



ドサッ と舞織の隣に腰を下ろして、人識はそう問うた。



「……」

「…ったく、面倒なヤツだな。ホラ、んな薄着してっと風邪引くぞ」

「うー」

「うー、じゃねえよ。って、おま、手ェ冷た…!」



端に置いてある毛布に手を伸ばして、それを舞織の体に羽織らせる。

その際に触れた手の異様な冷たさに、思わず握り込んでしまった。



「…人識くんは温かいですねー」

「おい、暖取ってんじゃね………あ、お前…もしかして…」

「うふ、寒くて中々寝れなくって困ってたんです」

「…んで兄貴のトコじゃねえんだよ」

「お兄ちゃんは睡眠を貪っているので邪魔しちゃ駄目だと思って…」

「俺は良いのか」

「人識くんは、暇さえあれば寝てますからね」



それに と人識の手を自身の両手で包み込んで、舞織は、ふふ と笑った。



「わたしがお兄ちゃんのところ行っても良かったんですか?」

「……んだよ、その言い方は。何が言いてぇんだ」

「だから、わたしがお兄ちゃんのところに行ったとして、人識くんは怒らないですか?」



舞織の純粋無垢な瞳に、じ…っ と見つめられて、思わず身を引きそうになるのを、グッ と堪える。



「お…」

「お?」

「怒らない」

「…おお」

「わけではないけど」

「どっちですか、もう」



言い淀む人識に、思わず舞織は笑みを作る。


ころころ と笑う舞織を暫し見つめていたかと思えば、握られていた手がゆるりと解かれ、そのまま舞織の頬へと添えられた。



「…あったかい」



人識の手の上に自分の手を重ね、舞織は伝わってくる温もりにうっとりとして目を閉じた。



「……舞織」

「何ですか?」

「俺が…」



下はベッドだというのに、何に気を使っているのか、押し倒すその仕草は、まるで宝物を取り扱うようにゆっくりと丁寧だった。



「温めてやるから覚悟しろ」



体重を掛けないように覆い被さる。


どちらともなく自然に重なった唇は、とても、甘い。