「あ゙ー、さみぃーっ」



ハアァ と吐いた吐息は雪並に白い。

人識は猫背よろしく身を縮込めて帰路へと急いだ。

俺としては許せないわけで

そんな寒さいざ知らず、軋識は朝方出されたコタツで暖を取っていた。



「アス、コーヒーでも飲むかい?」

「…っちゃ」

「ちょっと待っててね。伊織ちゃんはココアかなー」

「…っちゃ」



聞いているのかいないのか、寝転んでウトウトと舟を漕ぎ出した軋識はさておいて。

さて と双識が立ち上がる。


ざぱああぁ――



「うなー、寒いですよう」



スリッパを履けば良いものを、ぺたぺた と素足でもって、舞織は素早くドアを閉めた。



「うーん、トイレがもうちょっと広かったらストーブを置いてあげられたんだけどねー」

「廊下も寒いです」

「床暖房でも考えてみようかな」

「それはそうとお兄ちゃん」

「何だい伊織ちゃん」

「そんな薄着をしていて寒くないのですか?」



夏でも着れそうな薄い長袖を着て平静とキッチンに立つ双識に、見ているこっちが寒いと舞織は腕を擦った。



「私はどうやら人より体温が高いみたいでね、薄着でも温かいんだよ」

「うふふ、子供体温なんですねー」

「アスもそのはずなんだけど、彼は寒がりらしくてね」

「ふうん」



ヤカンに水を入れて、熱伝導式の電気コンロに置いて温める。

その一連の動作を舞織はドアのトコロに突っ立ってボンヤリと眺めた。



「わたしはとても冷え症です」

「そのワリに伊織ちゃんも薄着だね」

「……お兄ちゃん…温めて」



横からギュウと抱き付けば、本当に温かく、悴んでいた指先がジンワリと痺れてきた。



「…本当だ、お兄ちゃん子供体温ですよー」

「伊織ちゃんは本当に冷え症だね、熱を全部もっていかれそうだよ」

「失礼な!そんな事はしませんよう」

「言葉の文というものだよ伊織ちゃん」

「はあー…あったかあい」



人の話を聞かないのは誰に似たのかな… などと思っていると、ヤカンが、ピーピー と鳴り出す。



「伊織ちゃんはココアで良いかな?」

「お兄ちゃんのココア、わたし大好きですー」

「ありがとう、分かったからちょっと離れてくれないかな、動きづらい」

「愛とは動きづらいものなのですよ」

「うふふ、奥が深いね」

「底無し沼ですよー」



そんな言葉を交わしながら、伊織に熱湯がかからないよう庇いつつ、双識は用意したカップに湯を注いだ。



「人識は何が飲みたい?」

「え?う、あ!ビックリですよ。お帰りなさい」



極々自然に、さも当たり前に、当然のように。

双識は言葉を発した。


驚いて辺りに目を巡らせれば、自分が先程まで立っていたトコロに人識が立っていた。

とても機嫌が悪そうな表情をして。



「…じゃあ紅茶で。舞織はさっさと離れろ」

「い、いや」



何だか怒られそう…

第六感なのか女の感なのかがそう伝えている。


フードを引っ張られるが、負けじと双識にしがみ付いた。



「伊織ちゃん、アバラが折れちゃう」

「お兄ちゃんさっきから失礼ですよ!」

「だから言葉の文」

「はーなーれーろー」

「うなあ」



手に持ったヤカンをそのままに、動かされまいと足に力を入れる双識と、双識の腰にしがみついた舞織と、その舞織のフードを引っ張る人識と。



「何やってるっちゃ」



騒がしさに目が覚めたのか、カウンターに体重を預けて、軋識がその三人の光景をボンヤリと見ていた。



「あ、軋識さん、っうわっ」

「かははっ隙有り…っおわ!」

「ッ伊織ちゃんっ!?」

「本当に何やってるんだお前ら」



舞織の力の緩んだ隙を付いてフードを、グイ と引っ張れば、思いのほか簡単にこちらによろめいてくるものだから。

倒れ込んできた舞織を予想しているはずもなく、ドタン と派手な音を立てて共倒れした。



「…う…いたた…」

「俺の方が痛い…」

「ああ!ごめんなさい、わたし、下敷きにして潰しちゃった!」



むくり と起き上がれば、痛みどころはさして酷くなく。

ともなれば下に敷かれた人識が全ての痛みを請け負ったという事になる。



「んな脆くねえよ…つか、俺は別の事を謝って欲しいんけど?」

「別?……っひ、うっ!つ、冷たっ」



穢れる穢れてしまうとさめざめ泣く双識を軋識は引き摺っていく。

これ以上はいつもの痴話喧嘩でありじゃれ合いであり、見ていて気分が不愉快になるだけだった。



露出された太腿をするすると撫でる人識の手はまるで氷のよう。

舞織が鳥肌の立つ寒さに体を震わせていれば、人識が、ヒョイ と体を起こした。



「う、なあっ」



馬乗りに人識を跨いで座っていた舞織は後ろに倒れそうになるのを人識にしがみ付く事で堪えた。



「おおおお起きるなら起きるって言って下さいよ、危うく壁にゴチンでしたよ!」

「んんー、あったけえー」

「ひゃっ!つ、つめた!い、いや、人識くん!冷たいですっ」

「んー」



ガバ と抱き締めれば、人識が纏う外の冷気が舞織の薄い服を通して伝わってくる。

必死に胸板を押して離れようとする努力空しく、曝け出された首筋に舌が這った。



「やっヤダッ!人識くんっ」

「あっためてよ」

「コタツがありますからそっちに…っ」

「人肌で温まると良いって言うよな」

「わわわわたし冷え症で…あっ、お兄ちゃん!お兄ちゃんが温かいんですよ!だからそっち…に……」



言いかけて続きの言葉を、こくり と呑み込んだ。



「…その事を怒っているんですか?」

「それ以外に何が?」



ニッコリ とこれ以上ないくらいにニッコリとした笑みは今の人識の体温より低い絶対零度。

許さねえぞオーラが漂っている。



「…ひ、人識くん」

「うん?」

「ご、ごめんなさ…」

「えー?あ、あー、はいはい。そうだよなそうだよな」

「…?…?」

「こんなところじゃ寒いし恥ずかしいよな、悪ィ悪ィ、気付かなかった」

「あの…」

「じゃあさっさと二階行こうか。温めてくれなー」

「え…あ、ひゃあっ」



足裏と腰に手が回って地に足が付かなくなる。



「暴れると落とすからな」

「!」



落ちる ではなく、落とす。

故意に落としてやると言われてしまえば、痛いし、その後が怖い。


舞織にできる事はただ黙って落とされぬよう、しがみ付いている事だけだった。



そんな声と音を聞いて、双識が、はぁ と一言。



「…アス、ココアと紅茶も飲んでね」

「…っちゃ」