満員電車は嫌い。



恥ずかしさや恐怖心、間違いだったら…という言い出せない女性に漬け込んで不穏な手は蠢くのだ。


下着の中まで手をいれ込まれたと、クラスメイトは泣き崩れていた。


そういう意味でも、大嫌い。

いつだって

「でも、この場合は致し方無いですよねえ」



舞織は誰に問うでもなくそう呟いた。


ガタンガタン と線路の上をひた走る電車。

空調の行き届いた車内だけれど、朝や夕方の通勤通学ラッシュに巻き困れる日がこようとは思わなかった。


それもこれも自転車が壊れた、イヤ、壊されてしまったせいだ。


刃物の練習だ! とふざけながら人識は舞織の自転車を的に見立てて、刃物投げを行っていた。


全て外す予定が、全て命中させてしまい、哀れバラバラに解体された自転車は只今修理場の中である。



「うぐっ」



停車した駅でまた、人が詰め込まれる。

ドア付近まで押し込まれて、苦しさに小さく呻いた。



あれもこれもそれも全て人識のせいだ、と家で寝ているであろう人識に邪念を送っていると、不意に何かが太腿に触れた。





…?

………


…あ、痴漢…?



気付くの遅いですよう! と心の中で自分に突っ込む。

と、そんな事をしている場合じゃあなかった。


クラスメイトは触られると足が竦んで動けなくなると言った。

動けなくなって震えが止まらなくなって声が出なかったと言った。


だから舞織が電車通学になったのだと告げるとクラスメイトは口を揃えて男と来なさいと言った。

が、きっと今頃昼寝の真っ最中だろう。


そして、自分は平気だと鷹を括っていた。

遭ったとしても、自分がそんな怯えに足が竦む事など、ましてや声が出せない事などあるはずがないと。



そうでもなかった。


この不快さは半端ない。

不快を通り越して不愉快だ。


けれども足が動かなかった。

心の叫びは届かない。




舞織はされるがままにされ続け、停車駅でよたよたと降りた。





「と、いうわけで。足が竦む体験を初めてしたんです…って、あれ、お兄ちゃん?」

「い、伊織ちゃん。ダ、ダメだ!もう電車には乗せて上げない!!明日から歩いて行きなさい!!!」

「無茶を言うっちゃ」

「ですね」

「じゃあ私の自転車で行きなさい」

「イヤです」



そんなエンドレスで繰り返されそうな会話が夕食時に行われた。


双識は今にも相手を殺りに行かんばかりの形相をし、軋識は口に含んでいた味噌汁を吹き出した。

そして肝心の人識は静かにムッとしていた。



「舞織、明日から俺も連れていけ」

「…え?いや、そんなっ、良いですよ!!」

「良いから」

「良くないです!今日はホント偶然で…それに足が竦んだって言っても、初めてだったからで!次はちゃんと撃退してみせます!」

「見せなくて良いから」

「とにかく良いです!自転車の責任を感じてるんだったらそんな責任はいりません!ご馳走様でした!お風呂入りますっ」

「ちょ、待てこら」



ぎゃあぎゃあ と喚きながら二階へ上って行く音を、双識は先程の表情とは打って変わってニコニコしながら聞いていた。



「…近所迷惑っちゃ」

「人識が付くならもう心配いらないね」



どいつもこいつもアホばかりだ…

軋識は一人そうごちた。










階段を上り終えたところで、パシンと腕を掴まれる。



「待てよ舞織」

「痛ッ」

「あ、悪ィ…手ェ離すから逃げんな」

「…分かりましたよう」



とりあえず人識は手を離す。

舞織に念押すように言って聞かせる。



「とにかく。痴漢を甘く見んな」

「…」

「今日は触られただけだったかもしんねぇけど、全員が全員そんな気弱なおっさんとは限んねぇんだぞ」

「…平気ですって、大袈裟だなぁ」

「だぁ!もう!どうしてこう…ッ…っあんたには危機感を察知する機能は付いてねぇのか!!」

「とにかく、平気ったら平気です!付いて来たら叫んじゃいますからね!」

「ああそうかよ分かったよ!勝手にしろ!痛い目見ても知らねえからな!!」

「だから平気だって言ってるでしょう!!」



親切で言ってやってんのに と怒りを露わにしながら、人識は部屋へと入って行った。



「…平気、だもん」



一人廊下に取り残された舞織の声は、酷く頼りなげだった。