学園内にいる有名人なんて、一生自分には関わりがないと思ってた。 思っていた のに。 めくらうお 「とても綺麗な目だね」 振られた言葉に、私は咄嗟どころか一向反応できなくて、ただバカみたいに口を開けていた。 だってだって、その声は、その声は、空気を震わせるその音色は…まさかそんな、だって…まさか…… けれど間違えるはずもない。 奏でるように軽やかなその色は、鈴を転がすようなその音は、間違えるはずもない。 言うところの、学園内の有名人。 佐々木はるこその人に違いないのだから。 その佐々木はるこが、私などに、声をかけている。 遠くから聞くだけだったその声が、私に向けられている。その事実に、私はまだ現実味を帯びられずにいた。 「わたしの顔に何か付いてるかな?」 佐々木はるこは、私の動揺を違うように解釈したらしい。 不思議がるその声色の愛らしさに、私の心臓は跳ね上がらずにはいられない。 すらりと細くのびた五本の影、それがひらりと目の前を動いて、私はやっと我に返った。 「もしもーし」 「…あ、ああ……すいません…突然だったから…驚いて…」 「そっか、初めて話すもんね、びっくりさせちゃったかな、ごめんね」 「いや…」 私がしどろもどろしているのも気にせず、佐々木はるこは春の日だまりを連想させる温かな手で、ぎゅうと私の手を握る。 私の心臓は、壊れそうなほどに、高鳴り出す。 「わたしね、佐々木はるこって言うの」 「う、うん、私は藍田鈴です」 「名前も可愛いんだね」 「あ、ありがとう」 佐々木はるこは私の手を握り締めて、誰もが恋い焦がれる声色でふふっと笑った。 どこかおかしそうに笑う佐々木はるこに、私は首を傾げる。 「あの」 「ああ、ごめんね。だって鈴ちゃん、さっきから落ち着かないみたいで…小動物みたいで可愛いなって…」 バカにしたわけじゃないんだよ と弁解する佐々木はるこの慌てふためく愛らしさも、私の目には映らない。 頭の中に響いて残るのは、鈴ちゃんだとか、可愛いだとか…自分の人生とは一生縁のないだろう言葉たちだった。 一生縁のないだろう人から、一生縁のあるわけないだろう言葉を聞かされて… 学園内の有名人と話せているこの貴重な時間を、思い切り無駄にしてしまっているのかも知れない。 今が放課後で、ここが裏庭のおかげで、邪魔もなく、私はいつまでもバカみたいに動揺していられるのだ。 「ね、鈴ちゃん、明日一緒にお弁当食べようよ!」 「え…?」 「あ、もしかして鈴ちゃんは購買派?良いよ、一緒に行こう」 「いや、お弁当だけど…あの…」 「それとも誰か一緒に食べる人決まってる?わたしも一緒じゃダメかな?」 先程の握手とは違う、一方的に握られ振られるその手にがくがくとしながら、私は自分の理解を超えていく現状に、ただただなす術なく揺すられるしかなかった。 ぼうっと、意外と力強いんだなあ…なんて場違いなことを思いながら。 「ダメ…かな?」 ふと突然落ち込んだその声に、私は慌てて首を振った。 それはもう、とてつもなく慌てて。 「う、ううんっ!あの…私、一人だから………」 「そっか、ありがとうー」 私で良ければ………そんな言葉は佐々木はるこの嬉しそうな声にかき消されてしまう。 けれどそんなことは気にならない、気になるのは絡めるようにして握り込まれたその手だ。 既に要領を超えて真っ白になった私の頭の中は、佐々木はるこの手から伝わる温度に、その熱に占領されて、あっと言う間に陥落してしまう。 心臓は驚きにドキドキと跳ね出す。バックンバックン跳ねて、呼吸も苦しくて顔も熱くなって、くらくらと眩暈までしてくる。 握り締められた手も熱さにかどうしてか、汗ばんできて、ああ、佐々木はるこは握っていて気持ち悪くなってはいないだろうかだなんて。 そっと伺い見ると、夕日をバックに、きらきら眩しさが広がっている。 その輝きに、温かさにまた心臓が跳ねたのを感じながら、私は口を開く。 これは、きっと、千載一遇のチャンスなのだ。 二度と来ないだろう今日を、この瞬間を、私は運命のように感じる。 だから言わなくちゃいけないだ。 「佐々木さん、さっき…言ってくれたよね」 「え?」 きょとんとした一つトーンを上げた声にだって、多くの女の子が胸をときめかせるもの。 それが今、全て自分に向けられている。 誰もが羨む天の与えた二物が、私に向けられている、きらきら光り輝いて。 「私の目が綺麗だって…言ってくれたよね」 「うん、綺麗だよ、すっごく」 綺麗な色が映り込んで、きらきら光ってるよ、と佐々木はるこは言う。 その綺麗な色は、間違いない。 「私の目が綺麗かは分からないけれど…」 間違いじゃないと良い、運命だと良い、千載一遇の、私の一生分の運命でも良い。 「もし綺麗ならそれはきっと、佐々木さんを見るために与えられたものなんだと思う」 そうだったら嬉しい。 誰をも映さないこの瞳に宿るその煌めきは、あなたがくれるものなのだから。 そう言うと、佐々木はるこはちょっと間を置いて、やっぱり綺麗、と私の頬を撫でた。 |