beloved 1-7
お願い…



お願い……っ

One's feelings
「あ、タク…タクッ!?タク!!」

「誠二…」

「なっ、何!?どこか痛む?!何かいる?!」

「う、うるさ…」

「…」



ぼんやりと開けた視界には、見慣れない天井。

だが見た事がある…それは寮、つまり俺の部屋だった。


俺を覗く誠二の瞳は不安の色に染まっていて、大丈夫だというように髪を撫でてやると、えらく切なそうにして笑った。


そして、ふと、誠二の後ろ、誠二がいたく気に入っていた笑みを浮かべる人が立っていた。

つまりは渋沢先生。



「具合はどうだ、笠井」

「あ、大丈…ッ!!…ッ…痛ッ!!…!」

「大人しくしとけ、後頭部切れてたんだから」

「ああ、はい、すみません」



起き上がろうとした時、後頭部が激しく痛んだ。

ゆっくり枕に戻るものの、痛みは引かず、ジンジンとしている。


そう言えば三上先生んトコで、部屋の壁、と思っていたが、多分あれはベッドだ。

その角に頭を思いきり打ちつけていたのだ。


血が出た事に気が動転していたが大分落ち着いてきたようで、漸く全てが呑み込めてきた。



「渋沢先生、あの…」

「今日はもう遅い事だし、…そうだ、笠井、お腹は減ってるか?」



遅いという言葉に時計を見遣れば、とうに10時を過ぎていた。


えぇと…あれから4時間弱、寝ていた事になるのだろうか…?


そう思うと申し訳なさが込み上げてきた。



「いえ、食欲ありません」

「そうか、本当は食べた方が良いんだがな。まぁ良いよ、今日はもうお休み」



そう言って渋沢先生は、俺の頭に、そっと手を乗せた。

微笑む瞳に、何も心配し無くて良いんだと暗に言っているようで……温かくて大きな手に酷く安心した。



「は、…い…」



そうして、俺は静かに落ちていった。





「ッ渋沢!!!笠井がここにいるって…!」

「静かにしろ」

「…あ、ああ……悪ィ」



それから数十分もしないうちに、タクと俺と、渋沢先生のいる部屋に、三上先生がやってきた。

まるで雨にやられたとでもいうように全身びっしょりの先生の息は荒く、走り回っていた事が俺でも分かった。

それはつまり、先生がタクに何かをしたのだ、という事も…。


それから先生は、うざったそうに前髪を掻き揚げて、乱暴に額の汗の拭って、ベッドで眠る笠井を見遣って、心底安心した風な表情を見せた。


家出していた恋人を見つけた時のような、優しいけれど、疲れ切った申し訳なさそうな笑顔だった。


ふらふらと覚束ない足取りでタクに近づいて、そっと頬を撫でた。



ごめんな…



そんな声が、聞こえた気がした。



「じゃあ俺と三上は帰るけど…」

「あ、はい!あとは大丈夫だと思います」

「何かあったら俺の部屋まで来ると良い」

「はい」

「んじゃ」

「「おやすみ」」

「お休みなさいっ」



そういって、三上先生と渋沢先生は帰っていった。



「…ねぇタク、何で寝たふりなんかしてるの」

「別にふりじゃないよ、起きたのはついさっきだし」

「そう」

「うん」



ドアからベッドの方へ視線を向ければ、後頭部に気を使いつつ起き上がるタクが目に入った。



「大丈夫?」

「うん、明日には痛みは引いてると思う…けど包帯は明日もいりそうだなあ。ちょっとした事で血が出そう…」

「目立つね」

「一緒にいてよ、俺、他人から詮索されるの、嫌いなんだ」

「…今日何があったのか詮索したら、嫌いになる?」



大きな瞳を細めて、切なげに、真剣に言う。



「嫌わない、けど、もう少し待ってて欲しいと思うよ。今…俺の事を話して、俺が俺でいられる自信が無い…」

「…分かった。じゃあ待つ」

「うん……同室が誠二で良かったよ」

「へへっ」

「明日から早速授業始まるし、もう寝よう」

「うん」





ありがとう


ありがとう



心の中で、そう、何度も呟いた。