そしてこうも言った 死にたくなったら俺を思い出せ 誰がお前を必要としていなくても、俺が必要としているから… いつか迎えに来るから…と そんな夢御伽噺を未だ信じる俺を、貴方は笑うでしょうか… The short conversation 「1学年の数学を担当する三上亮です、宜しく」 名前を呼ばれて瞬時に表情が引き締まった。 あの嫌味ったらしい笑みが嘘だったかのような、真面目好青年、といった印象を皆に与えたに違いない。 ひらり ひらり と、俺の前を、手が行ったり来たりする。 「…タクー?どしたのー?」 「……」 「タクー?」 「……」 「恋の予か」 「違う」 そこで漸く俺は誠二の方を向いた。 まだ少し信じられないが、頭の中で整理できたようで少し落ち着いた。 「誠二、あの人だよ、さっき話した三上亮って人、…先生、だったんだ…」 「…へぇー。…でもさ、寮に住むとか言ってたんでしょ?あそこって生徒専用の寮なんじゃ…」 「だよね」 キィィィ…ン、という音が響いて、それから教頭だと先ほど言っていた人が喋る。 『ちなみに渋沢先生と三上先生は私情あって松葉寮に住み込む事になっています。これは寮生の安全と自由な生活を維持する為に今年から導入された規律であり……』 「…先生も寮に住むんだ…」 「それって全然自由じゃないじゃんなー」 「確かに。廊下で会ったりしたら気まずいよね」 「んでも俺、三上先生はどうだか知んないけど体育の渋沢先生とは話してみたいなー」 「ああ、優しそうだよね、三上先生と違って」 「?タクは、三上先生のこと嫌い?」 「……嫌いかどうかなんて分からない……ただ好きじゃない。それだけだよ…」 「……タク…」 そして間もなくして、入学式が終わりを告げる。 『以上を持って式を終了とする。生徒諸君は寄り道せずに、明日からの授業に備えるように。在校生は、椅子の片付けが残っているのでまだ座っていること』 俺は、寮への帰り道、誠二の隣を歩きながら体育館から寮への道を覚えていた。 物覚えは悪くない方だが、新しいところは何度も見ておくに限る、忘れたら恥ずかしいし困る。 「今日の昼飯、何だろうね…俺、お腹減った…」 「…あー、そうだね…時間的にはお昼時だけど、どうだろうね」 「あー、ダメ。もぅ死ぬー」 お腹をおさえて、ふらふらと右へ左へ歩く誠二はまるで酔っ払いのようだった。 「誠二ー、そんな道の真ん中でふらふらしてると」 「邪魔」 ふと後ろから聞こえた声に振り返ってみれば、偉そうに腕を組む三上先生と、苦笑した渋沢先生が立っていた。 「…み、かみ先生…」 「何だよ、その嫌そうな顔は」 「いえ、別に」 「渋沢先生だー!」 誠二が犬のような笑顔で走り寄って来た。 と言うか、渋沢先生に詰め寄っていた。 …引かれてるぞ、誠二…。 誠二と渋沢先生が騒がしく話をしている傍らで、俺と三上先生は淡々と会話をしていた。 「笠井、この後暇か?」 「ええ、部屋の片付けですよね?」 「あ、うん、…まぁ、そうだけど…」 手伝えと言ったのは先生の方なのに…煮え切らない態度に俺は首を傾げる他無かった。 「…あー…まぁいいや、そういう事なんだけど、頼めるか?」 「良いですよ。…誠二ー、俺、先生の部屋片しに行くんだけど、どうする?」 「俺、渋沢先生の部屋片付け行くー」 喜色満面で言う誠二の隣で、渋沢先生が苦笑していた。 こそりと三上先生が耳打ちしてきた。 「渋沢ってああいうタイプに弱いんだよ、…まぁ、あの犬が押しに強いってのもあったろうけど…」 「ですよね、じゃあさっさとやっちゃましょう、俺も誠二もお腹減ってるんです」 「ああ、そうだな。んじゃ昼飯前の軽い運動って事で」 早く早くと急かす誠二を先頭に、俺と先生二人、計4人で寮へと歩いた。 ふと、隣を歩く三上先生を、チラリと盗み見れば、運悪く目が合った。 なに?と目で聞かれ、俺は思わず首を横に振った。 あっそと小さく呟いた横顔は、少し楽しそうにすら見えた。 仄かに香ってきた香水か、はたまた煙草か…その匂いはどこか懐かしくて、右腕にツキリと痛みを与えた。 /TD> |