beloved 1-2
聞こえなくなってしまった自分の声が、誰に届くというのだろう。


見えなくなってしまった自分の姿が、誰に見えるというのだろう。


それでも諦めきれないのは、あの日見た夢のせい…

The dominating
「これで最後?」

「うん、ありがと。助かった」

「俺何もしてないじゃん。中身をタクに渡しただけだよ」

「それでも。ありがと」

「どういたしまして」



部屋へ行く途中、あちらこちらへ寄り道をして、藤代は寮内を案内してくれた。

迷子になったり、隠れ場を見つけたり、二人でバカやってるうちに、随分、距離が縮まった気がした。



嬉しかった反面、怖かった…



「あ、ごめん、まだ入ってた……手紙…?」

「え?」



ダンボールの奥底に挟まっていたらしい封筒を渡される。


こんなの持ってきてたっけか?と差出人を見て、俺は反射的に、机の中へ仕舞い込んだ。



「…な、なに?」

「…っ何でもない。そ、それよりさ!喉渇いたよな!俺、自販機行ってくる。藤代は何が良い?」

「誠二!」

「は?」



ムッとしている藤代に一瞬首を傾げて、ああ、と思い出す。



「せ、誠二は何が良い?」

「ん、俺、コーラ!あ、道、分かる?」

「さっき教えてもらったトコで買ってくるから。休んでてよ」

「金は後で…」

「俺の奢りだって。手伝ってくれたお礼」

「やった。サンキュ」

「じゃ行ってくる」



そう言って俺はドアを閉めた。

笑いを堪えるので必死だった。


苗字で呼んでしまった時の、アイツのあの顔。

捨てられた子犬のような、切なげな、悲しげな、少し怒っているような…。


笑いを堪えつつ、部屋から一番近い自販機へ向かった。





ガコン


お金を入れて、自分の分と藤代の分、2本のコーラを買った。

その場で飲めるようにとの配慮なのか、設置されてあるソファーに腰掛けて、コーラを一本開けた。



あの封筒の差出人は、俺の母親からだった。

きっと俺がいない隙をみて入れたに違いない。



「………ッッ」



右腕が、ギシリと音を立てる。





痛い

やめて


怖い


助け…




「腕、痛いのか?」

「……え?」



右腕に触れている手に、気がつくより先に、俺はその手を払って、ソファーの端へと後退した。



「なっ、あっ、だっ!!?」

「何ですか、あなた、誰ですか?」



当たり?そう言ってニヤリと笑うその人に、俺は声が出ない。

酸素不足の金魚のように、口をパクパクとする事しかできない。


はぁーと、盛大な溜息を付いて、その人は俺と同じソファー、今し方俺が座っていた場所に腰を下ろした。



「三上」



沈黙を破ったのは、その人。



「は?」

「名前だよ、なーまーえ」



や、でもこれは苗字だよなー、とその人は一人呟いた。



「名前は亮な」

「え…?」

「だーかーら。さっき、誰ですか、って聞いただろ?」



そう言って、その人はまた、ニヤリと皮肉ったらしく笑った。



「俺もさっき着いたばっかなんだけど…荷物がまだ届いてねーらしくてさぁー、早く片してぇっつのに……それはともかく。これからヨロシクな」

「…はぁ、……あっ、俺は笠井竹巳と言います」



荷物、という事は、俺とタメ…?

ペコリと頭を下げて、ハタと気付く。



え、…えぇぇっ!?

驚いて、俺はその人を凝視してしまう。


漆黒の瞳は相変わらず皮肉を含んでいて、高そうな服も香る香水からしても、とても12、13歳には見えない。


見過ぎていたのか、不意に目が合って、何?と視線で聞かれる。



「…え、あ、…の、…一年生、なんですか?」

「…どう見える?」

「分からないから聞いてるんです」

「ははっ正論だな。まー、ここで言ってやっても良いんだけど、驚かせるのもまた一興。近いうち分かるから楽しみにしてな。じゃあな」



また、ニヤッと笑って立ち上がる。



「それと…コレ、ごちそーさん」

「え?あっ俺のコーラ!!」

「俺の事、分かったら、部屋片すの手伝いに来てな」

「ちょっ…」



後ろ手に、ひらりと手を振る。

もう片方の手には、ちゃっかり、俺のコーラが握られていて。



まだ半分も飲んでないのに…。



もう一度買う気にもなれず、消化不良を起こした何とも言えない気分で俺は部屋に戻った。





「ああっ、良かった!迷子になったかと思って探しに行こうとしてた」

「藤し、…誠二」



部屋に戻ると、藤代が、駆け寄ってきた。

時計を見れば結構時間が経っていたらしく、心配させてしまったらしい。



「で、俺がコーラ飲んでたら、突然現れてさ」

「ふむふむ」

「自己紹介された…つっても名前だけだけど。三上亮…だったかな…」

「ふぅん、…俺らと同じ一年なの?」

「それがさ!驚かせるのもまた一興、近いうち分かるからー、とか言ってさ、俺のコーラ取って去って行っちゃったんだよ」

「変な人」

「だよね」



遅くなった原因を掻い摘んで話すと、藤代は回転する椅子に座ってクルクル回りながらコーラを飲み干した。



「でも、ここにいるんなら、そのうち会えるでしょ。気にする必要ないって」

「……うん…そーだよね」

「そろそろ支度して行こっか」

「…え、もうそんな時間?」



時計を見れば、もう入学式が始まるまで30分を切っていた。



「のんびり支度して、探険しながら行こっか」

「うん」



俺は、藤代に背を向けて、今し方仕舞ったクローゼットからワイシャツを取り出した。


片付けるのに汚してしまわないよう一旦私服に着替えた時にもしてしまったソレ。


今は怖くない、けれど…トラウマのように、俺もまた、脱せずに逃れられずに捕えられている。

そっと右腕を庇い、隠しつつ、服を脱いでワイシャツの袖に腕を通した。


ブレザーを着て、鞄を取ろうと机へ歩み寄った。


一番上に引き出し。

見慣れた筆跡の手紙はやはりそこにあって。



ぎゅっ、と、右腕を押さえた。





俺を支配するは、未だ暗闇。