「キャプテン達、もうすぐいなくなっちゃうんだよね…」 そんなの当たり前だろ…という言葉は、喉の奥で突っかかって、出てくる事はなかった。 誠二がポツリと漏らした一言の意味は、深い。 自覚 部活はもう、引退した。 エスカレータ式だからある程度の成績を保っておけば何ら心配はない。 だから結構、自由気ままで楽な生活が続いた。 そんな日々が結構続いて、もう深深と雪が降り積もる季節になっていた。 高等部の寮へ入る手続きを終えた俺は自分の部屋の前、ドアの前で丸まってるソレを見つけた。 確認するまでもなくそれは笠井で。 俺は向かいに座り込んでみた。 「何やってんの?」 「……なに、も…」 そう言う言葉は震えていて、唇も震えていて、感の良い俺様は何となく察する。 「とにかく部屋、入ろうぜ」 ピクリとも動かない笠井を無理矢理立たせて手を引く。 と、ドアの前で立ち尽くす笠井。 目に溜まった涙の量が増えている。 理由は、分かりきっていて。 分かりきっているからこそ、口火を切るのは、辛い。 「…この部屋も、随分広かったんだな」 その言葉に、笠井は遂に溜め込んだ涙を零した。 ぽたりと。 床のフローリングへ、落とした。 滲むことなく、雫として、残るソレ。 たった一滴だったけど、笠井にはそれで充分。 「笠井、寂しいならそう言えよ」 寂しいなら寂しくなくなるまで傍にいてやる 怖いなら怖くなくなるまで手を握っててやる キスして欲しいなら嫌がるまでキスしてやる 会いたいならいつだってどこへだって会いに行ってやる 不安だったらその不安が消えるまで愛の言葉を囁いてやる 俺が何かをする事でそれがなくなるのなら俺は何だってするよ 棒立ちしてグッと涙を耐えている笠井を引き寄せて、そう囁いた。 それから随分間を置いて、キザだなぁなんてそんな憎まれ口が涙を溢れさせたまま苦笑いをした顔で、呟かれた。 震えた声で、我慢しているのは明白で、見ているこっちが辛かった。 「何とでも言え」 そう言って自分の肩に笠井を押し付ければ、そのまま大人しくなって、やがて小さくて静かな嗚咽が漏れ始めた。 ポンポンと背中を優しく叩いてやると、その嗚咽は更に酷くなる。 どれくらい経ったろうか。 辺りは暗くなっていて、でも視界ははっきりとしていた。 「先輩はキザだよ」 突然、笠井がポツリと漏らした。 寝ているもんだとばかり思っていたので、少し反応に遅れる。 「、何?」 「キザで、かっこつけたがりで、…でも、弱っちくて、バカみたいに繊細で…」 「おい待て」 次々出てくる言葉の中には、明らかにからかっているのだろう言葉も含まれていて、俺は笠井を小突いた。 小さく笑う笠井の顔は、肩越しなので本当に笑っているか、分からない。 笠井は続ける。 「それで…人一倍努力家で、そんな影でこっそり頑張ってる先輩が、俺には凄く、誇らしくて、かっこ良くて…」 口元に添えられている手が、ふるふると震えているのが肩越しに伝わってきていて、抱き締める力を強めてやると、ソレは幾分弱まった。 笠井が、ふぅ…と息を吐いた。 「そんな先輩が、好きで好きで、たまらないんです」 グズッと鼻を啜る音がした。 「だから、それが、見れなくなるのは、凄く辛いです…。他の誰かが、それを見るのかと思うと、凄く嫌です」 「笠井…」 「でもそれだけじゃなくてっ、やっぱり応援したくもあるし、重荷には絶対なりたくなくて、でも、でもっ」 寒くて堪らないというように、何かを耐えるように…笠井は震えていた。 「…やっぱり…さびしい、……」 改めてそう言われると、何か込み上げてくるものがある。 一生会えないわけじゃない。 比較的、俺達は近い位置にいる。 会おうと思えば会える距離にいる。 贅沢な悩みなのかもしれない。 それでも『当たり前』がなくなってしまうという事は普通が異常と化し、不自然さを生み出す。 不自然は、不安にしかならない。 「俺も寂しい、かな」 「うそぉ」 「ちょっと待て、何だその意外そうな声は」 身を離して驚いた顔をする笠井に少しだけムッとくる。 「だって三上先輩はそういうの平気な人だと思ってた………俺だけが、寂しがってんだと思ってた…」 違うんだ…と嬉しそうに微笑む笠井にムカついていた気持ちが一瞬揺らいだ。 …ヤ、正確…結構、揺らいだ。 腫れて充血した瞳は痛々しくあるけれど、やはり笑顔は可愛くて…。 そして俺はそれに勝てなくて…。 そっと目尻に唇を落とすと、笠井はピクリと反応したものの、黙って目を閉じた。 「浮気は、許しませんから」 「俺も。…やったらお仕置きだからな」 「好きだぜ」 「好きです」 ふっ、と二人で笑った。 きっと寂しい思いをたくさんするだろう。 そんな時は今日という日を思い出して、貴方に会いに行こうと思います。 |