笠井 + チョコ = ? 1
「お口に合わないかもしれないけど!一生懸命、作ったのでっ…たっ、食べてくれると嬉しいですっ」



瞳に涙を潤ませて、こう…いっぱいいっぱいってカンジで、顔なんか真っ赤になっちゃって手も震えてて…


あの頃は可愛かったのになぁ…とぼんやり思った。

…や、今でも充分可愛いけど、慣れてきた分、生意気度がねー。



「……―――――ッッッ!!!?」



と、まどろみの中にいた俺の鼻腔に、突如として胃の中のものが逆流してきそうな甘ったるい匂いが衝いて、俺は腹筋よろしく跳ね上がるようにして起きた。



「ああ、先輩。おはようございます」



ニッコリと何もなければ愛らしい笠井の笑顔が、目覚めたばかりの俺を出迎えてくれた。

そしてその笠井の手には、俺の大嫌いなにおいを発してる原因であろうソレが大事そうに持たれていた。
笠井 + チョコ = ?
「……か、笠井?」

「先輩、寝てなくて良いんですか?」

「…え?」



くらくらする頭を必死に奮い立たせて笠井の言った言葉の意味を理解しようとする。

が、その頭痛は意外にも酷いもので、俺はふらりとベッドに倒れ込んだ。



「ほら、やっぱり…熱、あるんでしょう?あんな起き方したら眩暈きますよ」

「ん、もうキた…頭痛ぇ…」



笠井は手中にあったソレ、ただのラッピングされた箱なんだけど…を机に置いて、ベッドに沈み込んだ俺の傍へ駆け寄り、布団を肩まで掛けてくれた。



「てーか、何でここに?」

「渋沢先輩からの命令で目が覚めたら動き回るかもしれないから監視してて、との事なので監視しに来ました」



部活も今日は休んで良いぞ、なんて言われちゃうし…どうしてくれるんですかと笠井は口を尖らせた。


渋沢…ねえ…

心配性なアイツの顔を浮かべて俺は苦笑した。



「アイツは俺の母親かっての…」



熱も下がらぬうちから、ふらふらされては治るどころか感染してしまう、との心配での事だろうと思う。


思うけど…ガキじゃねぇっての。



「にしてもわざわざ悪かったな」

「別に、監督もいないし支障は無いですよ。それに折角こうして来たんで、何かあったら言って下さい」

「……さんきゅーな」

「どう致しまして…あ、そうだ。お腹減りません?朝から何も食べてないんでしょ?」

「…あー、言われてみれば…」

「じゃあコレ、食べません?」

「でもダリぃ…動きたくねぇ…」

「……何なら俺が口移しで食べさせてあげます」

「ふぅん……って、え…は!?マジで?!」



信じられない言葉に俺は腹筋よろしく再び飛び起きた。


瞬間、再びくらりと眩暈がして後ろの壁に寄りかかった。

今度のは、風邪だけが原因じゃないと、自信を持って言い切れる。



指差す先には、先程笠井が持っていて、俺の机に置かれていたあの箱だった。

あの、気絶せんばかりのにおいを発すアレを、食えと?



沢山あるんです、と指し示した方を見遣れば、渋沢の机上に今にも床に落ちんばかりの箱が積み上げられていた。



俺の顔面蒼白など知らぬフリで笠井はいつもの落ち着いた声で話を続ける。


ほら、登山するのに、いざって時にためにチョコを持っていくじゃないですか。

チョコって体力回復に役立つのかなー、って、くれる子のを片っ端から受け取ってたら凄い重くなっちゃって。


と話す笠井の顔はとても晴れやかで清々しかった。



冷や汗が、つぅーっ、と背中を流れ落ちて、とても不快だった。



「ソレ、中身…」

「チョコですよー。今日ってバレンタインですからね。俺のと先輩の、合わせて30個は超えてたかなー」



半分以上は先輩宛ですけど…そう言った笠井の表情は少し不貞腐れたような顔だったのだけれど、肝心の俺はその箱にばかり気をとられていて気が付く事が出来なかった。



「…お前、…俺が具合悪いの楽しんでんだろ」

「嫌だなぁ、そんなわけないじゃないですかー。すっげー心配したんですよー?」

「お前、俺が嫌いなの知ってて受け取りやがったな」

「え、先輩、チョコダメでしたっけー。ごめんなさーい」



棒読みで言葉を発して、素知らぬ振りする笠井に俺の中で何かが切れた。


誰だよ、コイツが可愛いとか思ったのは…。



「…今、かなりムカついた」

「え?何です…ぅわあぁっ」



ボソリと吐いた言葉は笠井には届かなかったらしく、俯いた俺を笠井は気遣わしげに覗いてきた。

…どこをどうとっても、お前が悪いだろう。



「先輩」

「あ?」

「ごめんなさ」

「なぁに謝ってんだか俺にはさっぱり分かんねぇなぁ」

「笠井の心配、嬉しく思うぜ」



ありがとうなと優しく髪を梳いてやると、笠井は逃げるようにベッドに沈み込んだ。

覆いかぶさられて、どこをどうしても逃げられないと判断したのか、笠井の表情に後悔の色が浮かぶ。



「わざとでしたごめんなさいもうしませんだからたっけてー」

「もう遅いっての」



わざとらしく笑みを浮かべてやれば、具合の悪さとともに顔に表れたらしく、笠井は目に涙を浮かべた。


俺はまず、手近にあったその箱を乱雑に開け、一口大の大きさに割って笠井の口に詰め込んだ。



「…んぐ、…せんぱ…」

「口移し、してくれんだろ?」



ぺろりと唇を舐めてやると、笠井は頬を真っ赤に染めた。


俺はその甘さに顔を顰めた。



吐き気を催す甘さが、貪りたくなる甘さに変わるまで、付き合ってもらう事にしよう。

くらくらする頭で、そんな事を考えた。



俺を怒らせた罪は重い。