拍手お礼でした
淡々とした無表情から見え隠れする僅かな感情の変化。


淡い微笑みに心を大きく揺さぶられた。

微かな怒りをどうにもできない自分を責めた。

小さな悲哀に俺は…



「決心したよ!」



君を、守りたい…

そう思うんだ。


久々知は掌を、グ と握り締めて意気込んだ。



「兵助、何を決心したの?」

「やめろ雷蔵、時間の無駄だ」



突然放たれた言葉に、雷蔵がのんびりと振り返って反応してみせた。

その後すぐ三郎に頭を掴まれ、また元の方向へと戻されてしまうが、久々知はさして気にもせずに言葉を続ける。



「俺、今日こそ綾部に、こっ、こっ……こ…くはく…するから!」

「現段階で無理だな」

「無理じゃない!」

「頑張ってね、兵助。フラれても豆腐の角に頭ぶつけて死のうなんて」

「思わない!もー、何だよ二人して!」



今日こそ絶対決めるんだ…! と気合を入れて久々知は部屋を出ていってしまう。

そんな久々知の背中を見送ってから、残った三郎と雷蔵は顔を見合わせた。



「「告白できないに団子十個!」」



そんな賭けにならない合い賭け合いをしている合間、久々知は見慣れた背中を発見していた。

ふわふわと揺れるウェーブの掛かった髪、紫色の服。


あれは間違い無く…



「あっ、綾部…!」

「久々知先輩、今日は」

「こっ、今日は!」



くる と振り返ったのは紛れも無く綾部喜八郎その人だった。


無表情の瞳に、じぃ と見つめられ、久々知は後退りそうになるのを寸でのところで堪えて、それから漸く綾部を見据えた。



「あの、…あのさ…綾部…」

「はい」

「……お、」

「お?」

「…っお、俺と…っ!」



じとりと手が汗ばんで、冷たいものが背筋を流れ落ちていく不快感に久々知は眉を顰める。

心臓は今にも二十億回を越えてしまうのではないかというほど早鐘を打っている。


言え、言うんだ久々知兵助!!

君が…綾部が好きだと…

言うって決心したんだろ!?


自分を叱咤して、久々知は俯けた顔をもう一度上げる。

すぐに綾部の真正面の瞳とぶつかって、思わず、ごくり と唾を飲み込んだ。



「……お、俺と…っ!!…っこっ……っこ…っ」

「……?」

「交換日記して下さい……っっ!!」



何を考えているか分からない…とよく言われるけれど、これ…先輩の方が当て嵌まりそうだな…

などと綾部は場違いの思いに思考を巡らせる。



「ハァ?」



綾部なりに努力したつもりだ。


突如として現れた敬愛する先輩の言葉を必死で繰り返し繰り返し、そして繰り返した。

それでもやはり理解し難い言葉の羅列に、綾部はたっぷり五秒ほど間を置いてから語尾上がりの言葉を放った。


その中には、理解に困る意と、そしてもう一つ、期待とはまるで見当違いの言葉への呆れが含まれていた。



「…い、嫌…だよね、ははっ、やっぱ…男同士が…交換日記なんて…そんな」



ごめん、ね… とみるみる曇っていく久々知の表情に、綾部は、しまった と眉を顰めた。



「いや、別に良いですけど」

「だよね、別に良いよね…って、…ええっ!?ほ、ホントに!!?」

「はい」



そうして曇りから晴天、あっという間に快晴へと変わった久々知の表情を、綾部は興味深そうに眺めた。


……分かりやすい…


綾部は、そんな久々知の表情を見つめながらぼんやりとそんな事を思う。


愛しい という事がコレなのかは分からない…

が、こんな風に嬉しそう表情を、他愛ない会話を、いつまでもしていたいな と、いつまでも傍で見ていたいな とも思った。



「じゃ、じゃあ、ノートは今度渡すから」

「はい」

「じゃあね、綾部!」

「え?」



それだけ? という綾部の顔も声も聞こえていないのか…

呆然と立ち尽くす綾部に大きく手を振りながら、久々知は元来た道を走っていってしまう。



「……チッ」



矢張り今回も告白ではなかったと、綾部は盛大に舌打った。


貴方は一体どれだけ私を焦らせば気が済むのか…


はぁ とがっかりが込められた溜息を吐いたところで



「綾部ー!」



と、遠くから久々知がこちらに手を振っていた。

綾部も振ろうと手を伸ばしたところで、遠くからでも分かる喜色満面の声色が聞こえてきた。



「本当に、あ り が と う !」



そう大声で叫んで漸く満足したのか、今度こそ久々知は綾部に背を向けて去っていった。



「………………まぁ…………いっか」



早く貴方の中に私を置いて、私の中にも貴方を置かせて欲しい…

けれど、今はまだ…このままで良いかもしれない。


そんな風に思うのもまた事実。



これが片恋というヤツなのかも知れない…



どうせそう長くはないだろうし… と綾部もその場を立ち去った。